21話 異変
ミナリス王女が司令と准尉を呼んだのは、魔無し部隊の処遇について審議するためだった。
いや、審議というより糾弾と言った方が正しいか。
すでに軍の内情はバレている。
王女陣営はもともと視察が始まる前から密偵を送り込んでいたようだ。
当然魔無しの扱いのひどさも知られている。
というか王女自身が最も近くでそれを見ていた。
もはや言い逃れはできないだろう。
「ですから殿下、これは必要な措置だったのです。魔無しの彼らをこの戦場で戦わせるには射程距離まで敵に接近させるしかありませんでした」
「百歩譲って彼らだけを激戦地へ送っていたことに戦略的価値があったとしても、彼らに対する処遇はあまりに不当です。補給も満足に与えず、怪我人の搬送も許さず、戦死者を正式に弔ってすらいない。挙句、敵の新兵器により壊滅状態に陥った彼らの撤退を許さなかったらしいですね」
「それは、我々も情報が錯綜しており即座に判断ができなかったからです。その証拠に敵の戦力を把握次第彼らには撤退を命じました」
「我々がここに到着することがわかった直後に急遽命じたようですが?」
「そ、それはただの偶然というか・・・」
「偶然ですか。ではついでにもう一つ聞いておきたいのですが、あなた方からの報告書にこの一連の事態が書かれていない理由は?」
「か、彼らの戦略的価値は低く、大勢には影響しないため、とりわけご報告するようなことではないと判断したまでのこと」
「なるほど、笑えない冗談ですね」
ミナリス王女が冷たい視線を送ると、セパ司令は明らかに顔を青くして慌てふためく。
突如設けられた弾劾の場。
自分たちを苦しめた人間が追い詰められている姿を見て少しは気が晴れるかとも思ったが、存外何も感じなかった。
というかなんだこの茶番は。
俺はいったい何を見せられているんだ。
訳も分からず黙って成り行きを見守っていると、同じく状況についてこれていない准尉が話しかけてくる。
「おい、ノーデンス。こりゃどういう状況だ?言われるがままついてきたけど、まったくもって意味が分からん。なんでお前がここにいて、しかも王女様がうちのことでキレてんだよ」
「俺が教官やってたべリスが新兵に扮したミナリス王女だった。俺から言えるのはそれだけだ」
「は?べリスがミナリス王女?何言ってんのお前?頭おかしくなったか?」
「俺の頭は前からおかしいが、今のは紛れもない事実だ。受け入れろ」
「うわぁ・・・。じゃあ何か?お前が王女様に嘆願でもしたのか?そういうのは俺に相談しろよ。必死に王女様に掛け合おうとしてた俺が馬鹿みてえじゃねえか」
「お前そんなこと企んでたのか。というか俺は何もしてないぞ。色々と不運が重なってこうなっただけだ」
「何をどうやったらこうなるんだよ。絶対なんかやっただろ」
「だから俺のせいじゃねえって言ってんだろ」
俺と准尉がそんな小競り合いをしている間も、王女様とセパ司令の攻防は続いていた。
「殿下、お言葉ながら、どうか私の言葉を信じてください。確かに至らぬ点はあったかもしれませんが、そのように最初から黒と決めてお話しされるのは心外です。今日まで我々はこの国を命がけで守ってきました。これではあんまりではないですか」
「私もあなた方の働きには感謝しております。しかしそれとこれとは話が別です。それこそ魔力がなくとも兵士は兵士。皆命を賭けて戦っていることに違いはありません。にもかかわらず、それを不当に扱うようなことがあれば、私はそれを正さなければなりません」
「ですからそれは誤解で・・・」
「配給を渋り、それに抗議した人間を一方的に殴る現場の一部始終を私は見ていたのですが、そこにいったい何の誤解があるというのでしょうか?」
「それは一部の兵士の暴走です。決してそのようなことを許した覚えはありません」
「では私がこれまで見てきたものは全て偶然で、そのような迫害は軍内部に決してないと?」
「はい、誓ってそのようなものはございません」
「・・・なるほど、あくまで認めませんか。ならばもういいです。ただし今後魔力を持たない兵士に対する戦闘命令は許可しません。彼らは本戦闘領域から撤退させ、後方支援に回します。異論はありませんね?」
「・・・はっ、仰せのままに」
苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべながら、セパ司令が頭を垂れる。
ずいぶんあっさりと、裁定は下されてしまった。
ここまでの流れを見ていれば、王女様がこの茶番劇で何をしようとしていたかは明白である。
要するに、彼女はこの沈みゆく船から、俺たちだけでも逃がそうとしているのだ。
事実、これで魔無しの部隊は間違いなく救われることだろう。
ただ一人、俺だけを除いて。
だがまあ問題はない。
まだ手は残されている。
俺がこの戦場で戦い続けるための方法が。
「ということなので、バラクマー准尉。撤退の準備を進めていただけますか?」
「はっ!お任せください」
「お願いしますね。ではそこの二人はもう下がってよいですよ。セパ司令、あなたはまだ残っていてください。今後のことについてもう少し話がしたいので」
「はっ・・・」
対照的な反応を見せる准尉と司令を横目に、俺は一人考えをまとめる。
彼女は俺に逃げろと告げた。
きっとそれは純粋な善意からくるもの。
死を定められた哀れな兵士たちを救うため、少しばかりの手心を加えてくれたのだ。
これで仲間たちは救われる。
それはとても喜ばしいことだ。
でも俺自身が戦場に背を向けることはできない。
それだけは認められない。
だから俺は・・・。
「では失礼いたします」
部屋を後にしようとする准尉の背中を追って、俺も歩みを進める。
もうこれで彼女と関わることはないだろう。
そもそもこんな風に相まみえること自体異常だったのだ。
ここから先はお互い別の道を行く。
分かれた道の先で、どこぞの一兵卒が死んだとしても、彼女の耳にそれが届くことは無い。
そうとわかれば気兼ねなく死ねるというもの。
「ノーデンスさん」
突然彼女に呼び止められる。
それはまるでこちらの暗い思惑を咎めるかのようで。
見透かされてなどいないはずなのにそんな風に感じてしまったのは、彼女の優しさを踏みにじろうとしていることへの罪悪感ゆえか。
しかし今更己の意志を覆すこともできない。
だから俺は何も悟られないよう、努めて表情を殺しながら振り返る。
果たして視線の先にいた彼女は、こちらの予想に反して穏やかな表情を浮かべて微笑んでいた。
「どうかお達者で」
この時、俺はなんと言って返せばよかったのだろう。
これから死にゆく彼女に、“そちらもお達者で”と、そんな皮肉めいたことを言えばよかったのだろうか。
あるいはもっとふさわしい言葉があったのだろうか。
結局答えは出なかった。
というより答えを出す前に、別のものが俺の意識を奪ってしまったのだ。
「・・・」
まだ誰も気づいていない。
だが微かに感じる異変。
それは段々と大きく・・・。
「ノーデンスさん?」
「来る・・・」
「え?」
「敵だ」
俺がそう言った瞬間、激しい衝撃と轟音が辺りを支配した。
突然の出来事に俺以外の全員がその場で態勢を崩す。
ああ、なんていうタイミングなんだろう。
これでは何もかも台無し。
非情にもほどがある。
だが嘆いている時間もない。
絶望は突如として現れるものと相場は決まっている。
俺たちに許されているのはただ抗い、戦うことだけ。
さあ、始まった。
地獄の始まりだ。
もう誰も逃げられない。
ならば今宵こそ、俺は死ねるのだろうか。
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