20話 彼女の目的
「これで良しと」
治療を終えて満足したのか、王女様が俺から離れる。
未だに現状を正しく理解できていない俺は、結局この部屋に入ってきてから無言を貫いていた。
これから俺はどうなるのだろうか。
というかここに連れてこられてきた意味がわからない。
治療だけなら医務室に行けばいいだけの話である。
わざわざ王女の部屋でやることでもない。
つまるところ、この高貴なるお方は何か他に用件があって俺をここに連れてきたということになる。
しかし彼女との話題に俺は心当たりがない。
いや、あるか。
「さて、ノーデンスさん。お呼びした方たちが来るまで少しお話ししましょうか」
「・・・」
「どうかしましたか?」
「いえ、これまでミナリス殿下にしてきた非礼を数えてたら、ここで処刑されるのも仕方ないかなと・・・」
「ふふっ、そんなことを考えていたのですか。別に非礼などありませんよ。あなたはちゃんと私を指導してくれていました」
「それは・・・」
「それに非礼というなら、私の方こそあなたを騙していましたね。その点に関しては謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
「勘弁してください。こんなところ見られたら俺は処刑されます」
普通に頭を下げてきた王女様に俺は顔を引きつらせる。
新兵に紛れていたのもそうだが、この人相当イカれてるのかもしれない。
あまり関わりたくない部類の人間だ。
「しかし残念ですね」
「・・・何がですか?」
「いえ、私が王女であることを明かした時、もっと驚いてくれるものだと思っていたので。あなたときたら終始無表情ですし、今こうして話していても緊張しているようには見えません。少しつまらないです」
「驚いてますよ。ただ表情筋が死んでるのと、現実味がなさすぎて反応に困っているだけです」
「そうですか。でもあなたが私に敬語を使って話しているのが面白いので、とりあえずそれで満足しておくとしましょう」
彼女はそういうと微笑む。
べリスとして振舞っていた頃と比べると少し大人っぽいその微笑は、彼女の美しさと相まって魔性の魅力を秘めていた。
いよいよもって戦場には似つかわしくない。
一刻も早く王都にお帰り願えないだろうか。
「一つ聞いてもいいでしょうか?」
「あら、なんでしょう?」
「あなたの目的は何なのですか?」
「これはまたストレートな質問ですね」
「視察の噂はなんとなく聞いていましたが、どうして殿下自らここへ?それになぜわざわざ新兵なんかに紛れていたんですか。一歩間違えれば、あなたは死んでいました」
「そうですね、あなたの言う通りです。いくらここが安全であろうと、運が悪ければ死ぬことだってあり得ました。私もまさか新兵が最前線に送られることになるなんて思いませんでしたよ。正直言えば、計画の中止も一度は考えたんですよ?」
「ならなぜ・・・」
「どうせ私の命は狙われていましたから」
彼女はそう言うと儚げに笑った。
聞き間違いだろうか。
聞き間違いでなければ笑い事ではない。
命を狙われている?
王女が?なんで?
俺の混乱をよそに彼女は話を続ける。
「先ほどこの部屋にいたリリーという子は私の侍女兼影武者なんですけどね、この砦につくまでの道中と、ここについてからの食事ですでに二回暗殺を仕掛けられているんですよ」
「・・・そうですか、それは災難でしたね」
「ええ、本当に。これでは普通の兵士よりも危ないというものです」
「だからといって前線に来るなんて・・・。そもそも視察自体をやめればよかったのでは?」
「それはできません。私にはどうしてもここに来なければならない理由がありました」
「理由・・・」
わからない。
俺には彼女の目的がわからない。
王女が自らの命を賭けてまで求めるものとは何なのか。
いったいどんな酔狂でこんな地獄の果てにまで来てしまったのか。
その動機に、ほんの少しだけ興味が湧いた。
だから続く言葉を待つ。
でも王女様は困ったような顔をして笑っていた。
それはまるでこの先を続けるべきか迷っているようで。
だがやがて意を決したのか、彼女は一度目を閉じた後、ゆっくりと開いて俺を見据える。
「私はこの戦争を終わらせに来たんですよ」
果たしてその口から零れたのは、そんな言葉だった。
「戦争を、終わらせる・・・?」
この人は何を言っているんだ?
戦争を終わらせるだと?
どうやって?
そもそもあなたに何の権限があるというんだ?
王族とはいえ所詮ただの王女。
この戦争に口を出す力なんて持っていないはず。
それとも何かあるのだろうか。
この状況を覆すに足る、奇跡のような何かが。
「馬鹿げた話に聞こえますか?」
「・・・いえ」
「別に正直に言っていただいてもいいんですよ。こんな話、信じられなくて当然です。そもそもなんでこの戦争がこんなに長引いているか、ノーデンスさんは知っていますか?」
「さあ・・・、私程度にはわかりかねます」
「答えは簡単ですよ。私の父、つまり国王が敗北を認められなくて、悪足搔きをしているだけの話なんです」
「・・・」
「伝統ある我が国の歴史を自身の代で終わらせたくない、処刑されたくない。意固地になる理由は大なり小なりいくつかあるのでしょうが、結局のところ我が身かわいさで戦争をやめられないんです。情けないことにそれを臣下たちも擁護してしまっている」
「・・・」
「だけど戦争が始まってもう一年です。この国の限界も近い。そろそろいい加減覚悟を決めなければなりません」
「殿下は、どうなさるおつもりなのですか?」
「これもまた簡単な話です。我が国にもう勝ち目はありません。ならば降伏する以外に選択肢はないでしょう」
「国王陛下もそれでご納得を?」
「いいえ、父は最後まで私の話を聞いてくれませんでした」
「ならどうやって・・・」
「詳しくはここで言えませんが、方法は考えてあります。そのための準備も進めてきました。あとはそれを実行に移すだけです」
何かの確信があるかのように彼女はそう告げる。
しかし俺からしたら、それはあまり現実味を感じられる話ではなかった。
国王が戦争をやめようとしない以上、彼女にそれを覆すことなどできないのではないだろうか。
仮にそんな方法があったとして、そしてそれが成功したとしても、その結果得られるものは敗戦という名の罪過だけ。
いったい彼女に何の得がある。
・・・いや、そうじゃないのか。
この人は最初から自身の損得なんかで動いていない。
べリスでいた時から、お人好しで、お節介で、まるで自分のことなど顧みていなかった。
さっき彼女は“覚悟”という言葉を使っていたが、なるほど、それはそのままの意味で使っていたのだろう。
だからこんな命がけの状況でも平気な顔をしていられる。
「死ぬ気ですか?」
「・・・」
俺の指摘に彼女は何も言い返さない。
ただその瞳は揺らぐことなく俺を見据えている。
「どうせ戦争に負ければあなたたち王族は助からない。そうとなれば捨て身の作戦にも筋が通るというもの。大したご覚悟ですね。国王陛下は民を犠牲にしてでも長生きしようとしているのに、あなたは自らを犠牲にして民を救おうとしている」
「・・・」
「質問した身でこんなことを言うのもなんですが、どうしてこんな話を私に?」
俺からしたらべリスとして活動していた彼女の目的が純粋に気になったので軽い気持ちで聞いてみただけなのだが、返ってきたのは予想以上に踏み込んだ話だった。
彼女からすればこんな重要な話をわざわざ俺にする必要なんてない。
適当な理由をつけて誤魔化せばよかったのだ。
それなのに彼女は俺にこの話をした。
下手をすれば情報が洩れるリスクまで背負って。
「・・・どうしてでしょうね。まああえて言うなら、一種の親近感のようなものでしょうか」
「親近感ですか?」
「お互い、自ら進んで死のうとしていました」
「それは・・・」
「でもあなたに恐怖はなかった。きっとそれに憧れたんだと思います。臆病な私はまだ死ぬのが怖くてたまらないので」
そう吐露した彼女の肩は小さく震えている。
先ほどまでの威厳はどこへやら、今は年相応の少女がそこにいた。
その姿が遠い記憶の誰かに重なる。
「・・・臆病なんかじゃない。俺なんかより、よほどあなたの方が勇敢だ」
普段は他人にあまり興味がない俺でも、この時ばかりは少し思うところがあった。
それは余計な一言だったかもしれない。
ただ言わずにはいられなかった。
「え?」
王女様が驚いたように顔を上げるが、俺は逃げるように視線を逸らす。
これ以上の会話は不要だ。
今更死にたがりが言うべきこともないだろう。
それに丁度良くお客さんも来たようだ。
この二人だけの奇妙な時間もここまでである。
「殿下、お申し付け通り、セパ中将ならびにバラクマー准尉をお連れしました」
ノックの音とともに、先ほど出ていった侍女の声が聞こえてくる。
王女様はまだ何か言いたそうにしているが、俺は頭を振ってそれをやんわりと断った。
「司令を待たせるわけにはいきません」
「・・・そうですね」
「俺は出て行った方がいいですか?」
「いいえ、この場にいてください」
「承知しました」
俺は椅子から立ち上がると、部屋の隅へと移動し待機する。
もうこれで彼女と話す機会もあるまい。
ここから先は別々の道で、それぞれの死に方をすればいい。
願わくば、彼女の計画がうまくいくことを祈っている。
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