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2話 噂話

「あーあ、また生き残っちまった」

「ノーデンス、お前またそんなこと言ってんのか?」


 昨日と同じように日課のため息を吐き出していると、たまたま近くにいた知り合いに声をかけられた。


 彼の名はニック。

 最近妙によく顔を合わせることが多く、その度に何かと俺に話しかけてくる困ったやつだ。


「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ。罰が当たるぜ」

「罰ねえ・・・。ニック、それは俺を殺してくれるのか?」

「だからその破滅願望をやめろ。こっちまで陰気になる」

「陰気で悪かったな」

「元気出せよ。そんなんじゃこの先やっていけねえだろ」

「ほっとけ」


 当たり前のことを彼は口にする。

 正直言って返す言葉もない。


 だってここは戦場なのだから。


 瞬く間に命が散っていく日常の中で、兵士たちは生き残るために必死で戦っている。

 一日の終わりに生を呪うような不届き者はまずいない。


 だからおかしいのは俺の方なのだ。


「また辛気臭い顔してるぞ。まったく、仕方ねえ。ここは一つ、俺が元気になる話をしてやろうじゃないか」

「なんだ?お前の家族自慢ならもう聞き飽きたぞ」

「そうじゃねえよ。別にそれでもいいが、今回は別の話だ」

「サニーが眼鏡失くして味方を撃ち殺しそうになった話か?」

「それでもねえよ。いや、あれも面白かったけどさ」

「じゃあなんだ?」

「いや、それがな、今日輸送部隊の連中にたまたま聞いたんだけどな、近々ここに国のお偉いさんが視察に来るらしいぜ」

「へえ、ずいぶんと酔狂な奴がいたもんだ」

「しかもな、そのお偉いさんというのがなんと、王族なんだとよ!すごくねえか!」

「すごいな」

「反応薄っ!もっとなんかあるだろ。みんな今この話題で持ちきりなんだぜ」


 よほど興奮しているのか、ニックは俺の肩を掴んでゆすり始める。


 俺の独り言は聞いていて気持ちのいいものではないが、こいつの話も大概だ。


 心底興味が湧かない。


「落ち着け、ニック。何をそんなに興奮してるんだ?」

「だって王族が来るんだぞ。もしかしたら上層部の横暴を止めてくれるかもしれねえじゃねえか」

「横暴ねえ・・・」


 その言葉を聞いて、俺はふと後ろを振り返る。


 視線の先にあるのは巨大な“壁”、グラ砦。


 険しい山脈の谷を塞ぐように建設されたそれは、王国が誇る難攻不落の要塞。

 これまでの長い王国史の中で、敵を幾度となく退け、攻略不可能とさえ言われた最強の砦だ。


 此度の戦争でもその力は遺憾なく発揮されており、数で勝る帝国軍をどうにか食い止めることに成功していた。


 しかしそんな心強い味方も、ここにいる兵士たちにとっては忌避の対象である。


 それも当然。

 俺たちはあそこから追い出されたのだ。


 理由はいたって単純。



 俺たちが“魔無し”だからだ。



 人が当たり前に持つ魔力を持たない者、それが魔無し。


 ただでさえ蔑まれやすい彼らだが、それが戦場となればなおのこと顕著になる。


 現代戦においては魔力をエネルギー源とする武装、“魔銃”が主流な武器として広く使われていた。


 しかし魔無しにはこれが使えない。

 代わりに使っているのは、射程が短く、威力も低い火薬銃。


 当然そんな武器で魔銃と渡り合えるわけもなく、魔無しの兵士は無能の烙印を押された。


 このことが彼らをよりいっそう過酷な地獄へと駆り立てることになる。


 軍上層部は使えない魔無しを寄せ集めた部隊を編成し、要塞の外で戦わせることにしたのだ。

 火薬銃では要塞からだと敵に攻撃が届かないという理由で。


 結果は火を見るよりも明らか。


 自らを守る壁を失った彼らは敵の攻撃に晒され、次々と命を落としていく。


 残酷な光景だった。


 そしてその地獄は、今なお続いている。


 ニックの言う上層部の横暴というのは、きっとそのことを指しているのだろう。


「まあ、はしゃぐ気持ちもわからんではないが、あんまり期待しない方がいい」

「え?」

「上層部の嫌がらせは今に始まったことじゃない。視察一つでどうこうなる問題でもねえだろ。それに視察とか言っても、どうせはるか後方の安全な場所からちょこっと眺めて終わりだよ」

「いや、そんなのわかんねえだろ。そもそも王族がわざわざこんなところまで来るんだ。何かあるに決まってる」

「確かに何かはあるだろう。しかしそれが俺たちにとって都合のいいものとは限らない。俺が言いたいのはな、下手な希望は持つなってこと」

「なんでそんなこと言うんだよ・・・」

「俺はいつだって最悪を想定している。その方がいざという時迷わないからな。戦場における希望なんて、だいたいロクでもねえのさ」

「・・・」


 俺の言葉を聞いたニックは黙り込んでしまう。


 少し可哀そうだが、これくらいがちょうどよかった。


 俺たちには希望なんて必要ない。

 持つべきものは、目の前の現実に立ち向かうための覚悟だけ。


 そうあるからこそ、俺たちは戦えるのだ。


「明日も早い。もう休め」


 最後にそれだけ告げて、俺は瞼を閉じた。


 あちらこちらで聞こえていた話し声もやがて小さくなっていき、今日も一日の終わりが訪れる。


 静寂に包まれた暗闇の中で、そよそよと流れる風の音だけが耳を撫でた。


 そんな風に混じって、ふと小さな呟きが聞こえてくる。


「じゃあいつになったら俺たちは救われるんだ・・・。いつになったら俺は家族のもとに帰れるんだよ・・・」


 それはここにいる誰もが抱いている悲鳴だった。


 蔑まれ、虐げられ、それでも戦い続けなければならない日々。

 そんな彼らが些細な希望に縋ってしまうのは仕方のないことなのだろう。


 だが現実はそんなに甘くはない。

 いつだって残酷なことばかり。


 ならば最初から期待などすべきではないのだ。


 まあそれでも、いつかはこの戦争も終わるかもしれない。


 その時にまだ彼らが生き残っていることを願うばかりである。


 俺がそれを見届けることは、きっとないだろうけど。


@tororincho_mono

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