19話 王女
「我が名はミナリス。ネビラス王国第一王女にして第三王位継承権者、ミナリス・ベール・ネビラスである」
そう名乗った少年、いや、少女に、誰もが言葉を失った。
ありえないことだ。
なぜこんなところに王女がいる。
誰もがそう思ったことだろう。
しかしそんな周囲の困惑など意にも介さず、その人は堂々と歩みを進めてこちらに近づいてきた。
「な、何を馬鹿な!」
「これを見せれば納得しますか?」
俺を殴った兵士が顔を真っ青にして抗議するも、彼女が首元から取り出したペンダントを見せると途端に言葉を失う。
彼女の手に握られたそれは鷹の紋章が彫られたもの。
国民の誰もが知る、王族のみに所有を許された、王族たる証。
それを彼女が持っているということが、彼女の名乗りの真偽を明らかにしていた。
「偽物だ!ミナリス殿下がここいるはずがない!」
「ならどうしますか?王族の偽称は重罪。この場で私を捕えてみますか?」
「そ、それは・・・」
「文句があるならいつでもどうぞ。ただ私は今忙しいので用が無いなら下がってください」
とてもではないが、普通の少女が放てるような威圧ではない。
その冷徹な瞳に見据えられて、彼は震えあがり、今度こそ口をつぐんだ。
それを見て彼女は興味を失ったのか、今度は俺の方に視線を移す。
「・・・」
彼女の綺麗な瞳と目が合った。
どうしよう。
俺もやばい気がする。
仮に彼女が本当にミナリス王女だとすると、そんな彼女の教官を数日間引き受け、偉そうにものを教えていた俺は不敬以外のなにものでもない。
結構厳しく指導もしたし、怒ってるんじゃないだろうか。
「ノーデンスさん」
そんなことを考えていると彼女が俺の傍までやってきた。
そしてそのまま右手を差し出すと俺の頬に添える。
「少し腫れていますね。治療をします。執務室まで来てください」
「は?」
「行きますよ」
彼女は俺を立ち上がらせると腕をつかんで歩き出す。
すべてを置き去りにして。
「あ、あの・・・」
「なんですか?」
「ちょっと頭が追い付いてないんですが、とりあえず本物のミナリス殿下ということでいいですか?」
「あなたにまで疑われるとは心外ですね。まあ仕方ありませんか。とりあえずその話は後でしましょう。今はあなたの治療が先です」
有無を言わさぬその背中に、それ以上何も言えなくなる。
どうしてこんなところに王女がいるのか。
どうして新兵なんか演じていたのか。
どうして今正体を明かしたのか。
ああ、わからない。
これは俺の許容範囲を超えている。
なんか考えるのも面倒になってきた。
もうこのまま流れに身を任せてしまってもいいだろうか。
「どうすんのこれ」
「ん?何か言いました?」
「いえ、何でもないです」
もはや思考を放棄して、俺は彼女に導かれるまま歩き続ける。
途中すれ違う兵士が驚いた表情をしてこちらを見るが、足早に歩き去る彼女を呼び止めるものは誰もいない。
やがて見張りがいる大扉にたどり着くと彼女は躊躇いなくそれを押し開いた。
止めようとした見張りが彼女のペンダントを見てギョッとしたのは言うまでもない。
「誰ですか?ノックもせずに」
豪華な執務室で俺たちを出迎えたのは、ミナリス殿下と同じ銀髪の女性。
書類仕事をしていたのか手元の書類に目を落としていたようだが、顔を上げ俺たちの姿を確認すると彼女は驚いたように目を見開く。
「殿下!これは失礼いたしました。お戻りになられたのですね。心配いたしましたよ」
「リリー、留守番ありがとうございました。早速で申し訳ないのだけれど、救急箱はありますか?」
「どこかお怪我をされたのですか!?」
「怪我をしたのは私ではなく彼です」
そう言ってミナリス殿下は俺を指さす。
リリーと呼ばれた人間はここで初めて俺の存在を認識したようで、目が合った瞬間胡散臭いものでも見るかのような視線を向けてきた。
「どなたですか?」
「私が視察中にお世話になった方ですよ」
「はぁ、そうですか。見たところただの魔無しのようですが」
「リリー、彼に対する無礼は許しません。早く救急箱を用意しなさい」
「失礼いたしました。すぐにご用意を」
ミナリス殿下に叱られそそくさと棚から箱を持ってきた彼女は、それを無造作に俺に渡してくる。
あとは自分でやれと視線だけで告げられたので箱を受け取ろうとしたのだが、横から伸びてきた手にかっさらわれてしまった。
「私がやります。ノーデンスさんはそこに座っていてください」
「お待ちください、殿下。殿下のお手を煩わせるなどとんでもございません。それくらいなら私がやりますので」
「いいえ、私がやります。そんなことよりリリー、あなたには少しお使いを頼みたいのですが」
「お使いですか?」
「ええ、呼んできてほしい人が二人いるの。一人目は私が所属していた部隊の部隊長、名前は確かバラクマー准尉でしたね。そしてもう一人は司令官のセパ中将よ」
「かしこまりました。かしこまりましたがその者と殿下を二人っきりにするのは・・・」
「心配は無用です。いいから行ってきなさい」
「か、かしこまりました。それでは失礼いたします」
リリーとかいう侍女が部屋を去り際、射殺さんばかりの視線を俺に浴びせてくる。
威嚇のつもりなのだろうが、心配せずとも何も起こりはしない。
というよりここまで訳も分からずついてきたが、いよいよ自分の立ち位置がわからなくなって困惑しているところだ。
いったいミナリス殿下は何を考えているのだろうか。
「さ、ノーデンスさん。そこに座ってください」
ただ一人悠々とした仕草で俺を従える彼女だけが、どこか怪しい微笑みを浮かべていた。
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