18話 諍い
べリスを残して争いの場へゆっくりと近づいていく。
当事者でもないのに肌で感じる悪意に、思わず俺は顔をしかめた。
「どうした?何かあったのか?」
なるべく驚かさないよう穏やかな声で仲間の背中に声をかける。
だいぶ熱くなっていた彼らは最初鬼の形相でこちらに振り返ったが、俺の顔を見るや安心したようにその表情をやわらげた。
「ノーデンス、いいところに来た。聞いてくれよ、こいつらが補給物資を渡そうとしないんだ。お前からもなんとか言ってくれ」
「へえ、そいつは変な話だな」
そう言って俺は正面に立ち塞がるいけ好かない兵士へと視線を移す。
その男は敵意を隠そうともせず、こちらを睨みつけていた。
「なんだ貴様は」
「この者たちの上官です。補給物資を取りに行ったきり帰ってこない彼らの様子を見に来たのですが、これはいったいどういう状況なのでしょうか?」
「どうもこうもない。貴様らに渡す物資が無いというだけの話だ」
「変ですね。今日は配給日で間違いないはずです。何か手違いでも?」
「手違いだと?何をぬけぬけと。無駄飯ぐらいの魔無し共が」
「発言の意図がわかりかねます。我々が魔無しであることと今回のことに何か関係が?」
「貴様らのような何の役にも立たないゴミどもに食わせる飯は無いと言っているのだ!」
あー、はいはい。
いつもの嫌がらせですね。
わかってますよ。
テンプレすぎて、逆に安心してしまうレベルだ。
これはどうしようもないな。
今日は飯抜きということで皆には納得してもらおう。
もちろん、ただで帰るつもりもないが。
「なるほど、よくわかりました。あなたの言う通り、確かに我々は役立たずの無駄飯ぐらいだ。返す言葉もありません」
「はっ!わかったのならさっさと・・・」
「でもそれはあなたたちも同じでしょうに。なんで自分たちだけ無駄飯食べようとしてるんですか?」
「・・・なんだと?」
「おや?何か間違ったことを言いましたか?だってそうでしょう?帝国軍に負け続けた挙句、こんなかび臭い古城に引き籠ることしかできないあなたたちが、役立たずじゃなくて何だと言うんですか?」
「貴様!死にたいのか!」
安い挑発に乗って顔を赤くした男が、持っていた銃に手をかける。
そのまま銃口を俺に突き付けてくるが、これっぽっちも殺意なんて感じない。
撃つ度胸もないくせによくやるもんだ。
間抜けな奴め。
「てめえ!」
だがこちらの連中も相当頭に血が上っていたようで、同じように銃を取り出したもんだから、互いに銃口を向ける構図が出来上がってしまった。
君たち血の気多すぎ。
なんですぐ戦おうとするの?
ちょっとからかっただけじゃん。
「貴様ら、私に銃を向けるということがどういうことかわかっているのか?」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろうが!」
「どちらが仕掛けたにしろ処罰されるのは貴様らの方だ。今引けば罰を受けるのはこの無礼者だけで済むぞ」
「ふざけんな!」
盛り上がっていく場の中心で、唯一非武装である俺は軽く口元を歪める。
後ろの連中が銃を抜いてしまったのは少し誤算だったが、おおむねこちらの意図したとおりの展開になっていた。
俺たちに嫌がらせをしようとしたこの男は、何がどうなろうと自分が罰せられることはないと踏んでいる。
だからこんな横暴な態度を平気で取れるし、実際これまでだったら多少魔無しをいじめたところで問題にはならなかった。
だが今に限って言えばそれは違う。
今は厄介な視察の最中。
上層部の連中はなるべく問題が起きないよう細心の注意を払っているはずだ。
そんな中騒ぎを起こせば当然奴らは激怒する。
おそらく関係者全員処罰されることになるだろう。
今回はちゃんとてめえにも痛い目見てもらうぞ。
しかし後ろの連中も巻き込んでしまったのは誤算だったな。
できれば俺とこのクソ野郎だけで事を済ませたかったんだが。
まあ勝手に銃抜いたのもお前らだし、自業自得ということで我慢してくれ。
これからの飯のためだ。
「お前たち、銃を下ろせ」
「でもノーデンス!」
「命令だ、銃を下ろせ」
そろそろ観衆も増えてきたし、騒ぎを聞きつけた偉い人たちが止めに来る頃だろう。
その時互いに銃を突き付けているのは絵面的によろしくない。
そう思って、俺は後ろの連中をたしなめる。
彼らは一瞬文句を言いたそうな表情を見せるが、俺が目だけで訴えると大人しく身を引いた。
よしよし、いい子だ。
あとは正面のお前だけだが・・・。
「アンタもこれを下ろす気はない?」
「笑わせるな。貴様を連行する。我々への侮辱、部下の反逆行為、貴様にはこの場で起きたことの責任をとってもらうぞ。武装を解除し、両手を頭の上に置いて膝をつけ」
「・・・憂さ晴らしも結構だが、ほどほどにしておけ。これ以上は冗談じゃ済まなくなるぞ」
「黙れ!魔無しの分際で私をコケにした罪は償ってもらう!」
やれやれ、ここまで馬鹿だと救えないな。
まあいいか。
狙いは俺みたいだし。
俺は言われた通り、肩にかけていた銃を地面におろす。
そのまま両手を頭の後ろに回すと、大人しく膝をついた。
それを見て満足したのか彼は構えていた銃を振り上げる。
「がっ!」
いきなり銃床で顔面をぶん殴られたせいで、俺は何の抵抗もできずに吹っ飛ばされた。
「てめえ!」
「よせっ!」
すぐに怒った仲間が再び銃に手をかけようとしたが、俺はそれを止める。
別にこの程度どうということはない。
こいつの立場が悪くなるだけのことだ。
そう思って俺は、目の前で再び振り上げられる銃をただ眺めていた。
その暴力が俺の頭蓋を割ることを少しだけ期待して。
だが・・・。
「そこまでです」
それは誰が発した声だろう。
どこかで聞いたことがあるような、でも少し違和感があるような。
なんだかよくわからない。
だが一つだけ確かなことがあるとすれば、その声には聞いた者を震え上がらせるだけの圧がある。
その証拠に、振り上げられた銃は俺の目の前で止まっていた。
「このような非道、許されるわけもありません。あなたはそれでも誉ある王国軍の兵士なのですか?」
声のする方へと視線を向ければ、そこには意外な人物がいた。
べリスである。
ああ、なんだ、お前か。
というかお前だったのか。
なんかいつもと印象が違うけど、どうしたんだろう。
俺が妙な違和感に首をかしげていると、ようやく衝撃から復帰した兵士がべリスを睨みつけて口を開く。
「な、なんだ、小僧。でしゃばるとお前も痛い目見るぞ」
「今すぐその銃を引きなさい。これは命令です」
「口の利き方には気をつけろよ。何様のつもりだ」
「何様のつもり、ですか・・・。面白いことを聞きますね。ええ、良いでしょう。わからないのなら教えて差し上げますとも。ただし理解したのならすぐに引いてくださいね。そうじゃないと、私、本当に怒ってしまいそうです」
そう言ってべリスはいつも被っていた軍帽に手をかける。
そして次の瞬間、脱ぎ捨てられた軍帽から、美しい銀糸がこぼれ出た。
「我が名はミナリス。ネビラス王国第一王女にして第三王位継承権者、ミナリス・ベール・ネビラスである」
皆がその美しさに目を奪われる中、俺がよく知る少年べリスは、高らかにそう名乗ったのであった。
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