17話 面倒事
「ノーデンスさんはいつからこの戦争に参加してるんですか?」
「なんだよ、藪から棒に」
「いえ、少し気になったので」
いつものように一日の仕事を終え、待機部屋で休憩していると急にべリスがそんな話を振ってきた。
もう教官としての関係は解消したというのに、相変わらずこいつは俺に絡んでくる。
まったく、困ったやつだ。
「・・・たしか、ちょうど一年くらい前だったかな」
「一年?それってほとんど最初からじゃないですか」
「ほとんどじゃなくて俺は最初からこの戦争に参加してる。なにせ出身が開戦の地、トラストだからな」
「え?トラスト!?トラストって敵に包囲され、全滅したんじゃ・・・」
「ああ、だが俺は色々あって逃げ延びたんだよ」
「そうだったんですか・・・」
「気づけばずいぶんと遠くに来たもんだ。最初は辺境で始まった戦火が、今や王都の目と鼻の先まで近づいてきている。王城でふんぞり返ってた王様もさぞかしビビってるんだろうな」
「・・・」
「お前も運が悪い。その年なら本来徴兵なんてされなかったはずだ。よほど国も切羽詰まってるんだろうよ。これはいよいよ敗北が近くなってきたな」
「・・・ノーデンスさんは、もしこの国が戦争に負けたらどうなると思いますか?」
「さあな。まあでも帝国は植民地にそこまで無茶苦茶なことはしないらしいし、悲惨なことにはならないんじゃないか?それこそ今の王政よりはマシになるかもな」
「・・・今の王政は、そんなに悲惨ですか?」
「むしろこの戦況を見て何を擁護すればいいんだ?」
「・・・そうですね」
今日のべリスはなんとなく元気がない。
いつも上機嫌で鬱陶しいのだが、これはどうしたことか。
「べリス?」
少し気になって声をかける。
しかし急に騒がしくなった周囲の空気に、俺の声はかき消されてしまった。
「おーい、誰か補給物資の受け取りにいった奴ら知らねえか?まだ帰ってきてないみたいなんだけど」
「あー、そういえば見てねえな。どうしたんだろ」
「あいつら帰ってこないと今日の飯が無いぞ」
「誰か見て来いよ」
どうやらお使いに行った奴らが行方不明らしい。
飯の時間に飯が食えないのは別にどうでもいいんだが、仲間が迷子になっているというのは問題だ。
ここには魔無しのことを良く思っていない連中が多い。
油断すれば理不尽な目に遭うこともあるだろう。
皆そのことを重々承知しているから、こういうことが起こると何かあったんじゃないかと心配する。
とはいえなかなか自分から様子を見に行くとは言えないのだから情けない話だ。
「ノーデンスさん、どうしましょう?」
「なぜ俺に聞く」
「心配じゃないんですか?」
「・・・はあ」
思わずため息が出る。
こういう時余計なお節介を焼くのがべリスという人間で、その結果貧乏くじを引かされるのが俺という人間だった。
もはやこのお人好しに付き合う義理もないはずなのだが、ここでべリス一人に勝手に動かれるとろくなことにならないのもまた事実。
誠に遺憾ではあるものの、ここは俺が引き受けるべきだろう。
「おい、お前ら。俺が少し様子見てくるからちょっと待ってろ」
「あ、待って。僕も行きます」
仕方なく名乗りを上げれば、すかさずべリスが追従した。
皆がすまなそうにしながらも、どこか安心したような表情を見せるのを尻目に、二人して部屋を後にする。
「別にお前はついてこなくてよかったのに」
「いえ、もとはと言えば僕がお願いしたようなものですし、ついていくのは当然かと」
「いらん気を遣う必要はない。どうせ俺が行かされてたさ」
「確かにそうかもしれませんね」
そう言ってべリスはクスクスと笑った。
まったく、本当に困ったやつである。
お前みたいなお人好しが、戦場では真っ先に死んでいくんだよ。
もう少ししたたかにならないと、この先やっていけないぞ。
まあ言っても聞かないだろうけど。
そんなことを考えながら歩くことしばらく。
すれ違った何人かの兵士に悪意ある視線を向けられながらも、どうにか俺たちは配給所へとたどり着くことができた。
しかし残念なことに平穏無事でいられたのはそこまで。
「だから貴様らに渡すものなどないと言っている!大人しく戻らんか!」
「ふざけんな!こんな横暴が許されてたまるか!」
どうか何も起きてませんようにというこちらのささやかな祈りを嘲笑うかのように、視線の先では厄介ごとが待ち構えていた。
うわー、あれ絶対揉めてるじゃん。
面倒くせえな。
行くしかないけど。
「お前はここで待ってろ」
俺はべリスにそう告げると、騒動のただ中へと一歩足を踏み出す。
どうやら無事には帰れなさそうだ。
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とろりんちょ