16話 独り立ち
俺たちがここに来てから今日で二週間。
だいぶ空気も緩んできた。
皆戦場から離れて安心しきっている。
これはよくない。
事態は何も好転していないのに、研いだ牙だけが錆びついていく。
新兵に至ってはまだ戦場すら知らない状況だ。
もし准尉が失敗し、この部隊が再びあの戦場に戻ることになれば、今度こそ俺たちは全滅する。
もうあまり時間は残されていない。
だからやるべきことはやっておかなければ。
「べリス、ちょっと来い。大事な話がある」
「どうしたんですか?」
「お前、今日で卒業な」
「はい?」
こちらの意図が伝わらなかったのか、べリスはきょとんとした表情を見せる。
少し言葉足らずだっただろうか。
もっと喜ぶと思ったのに。
「いや、だから卒業だよ。これで今日からお前も一人前だ。おめでとう」
「何言ってるんですか?」
「わからん奴だな。もう俺から教えるべきことはないということだ。あとは好きにやれ」
「普通に意味不明なんですが。というか嫌です。僕まだわからないことだらけなんですけど」
「大丈夫だ。お前要領いいからあとのことはたぶん自分でなんとかできる」
「昨日まで散々ボロクソ言ってたくせに、急に評価変えないでください」
ジト目でこちらを睨むべリスは俺の話に聞く耳を持とうとしない。
まあ確かに昨日まで散々ボロクソ言ってたのは事実だが、あんなもんちょっとした冗談じゃないか。
本気にしないでほしい。
しかし困ったな。
これは予想外の反応だ。
いつも文句ばっかり言ってたし、卒業と聞けば喜ぶかと思ったんだが。
仕方ない。
方法を変えるか。
「そうだな、正直に言うと、べリス、お前はクソ雑魚だ。弾込めは遅いし、撃っても狙いがあさっての方向に飛んでいくし、そもそも体力と筋力が足りていない。ついでに言うと、上官の俺に対する遠慮も足りていない」
「急にボロクソ言わないでください。普通に傷つきます。あと最後のは関係ないです」
「とにかく、お前はまだまだ半人前だ。できればもう少し教えたいこともある」
「なら・・・」
「だけど時間切れだ。詳しく説明するつもりはないが、おそらくこの先俺はお前の面倒を見てやれなくなるだろう」
「そんな・・・」
「だからこれからは自分の身は自分で守れ。そのために必要なことは教えたはずだ」
「い、いきなりそんなこと言われても・・・」
「いいか、べリス。お前の覚悟なんて誰も待っちゃくれないんだよ。できなきゃ死ぬだけ、ただそれだけの話だ」
「・・・」
俺が冷たくそう言い放つと、べリスは何も言わずに俯いてしまった。
少しかわいそうだが、こんなこと戦場ではよくあることだ。
受け入れてもらうしかない。
「・・・つまり、もう僕にはかまってられないということですか?」
「まあそういうことだな。理解が早くて助かる」
「・・・わかりました」
俯いたままボソボソと反応を返すべリス。
その表情をこちらから伺い知ることはできないが、おそらく眉をひん曲げていることだろう。
もともと良くは思われていなかったし、いよいよ軽蔑されてしまったかもしれない。
まあ実際無責任なことをしている自覚はあるので、どんな風に思われても受け入れる所存だ。
そう思ってべリスの様子を窺っていると、やがて彼はゆっくりと顔を上げた。
「じゃあもういいです。好きにやります。卒業でいいです」
「そうか、なら・・・」
「なので今後ともよろしくお願いしますね、ノーデンスさん」
「・・・は?何が?」
意外なことを言われた気がして俺は思わず聞き返してしまう。
そんな俺に対してべリスは鼻息荒く、続く言葉を口にした。
「別に守ってくれなくても結構です。いちいち教えを乞うつもりもありません。ただ僕はノーデンスさんと一緒に行動します」
「なぜそうなる・・・」
「好きにしろって言ったのはそっちですよ。文句はないはずです」
「・・・俺と一緒にいたら、ほぼ確実に死ぬぞ」
「大丈夫です。ノーデンスさんが危ないことをしようとしたら僕が止めますので」
最後にそう言って彼はニヤッと笑った。
よくわからん。
なんでそんな結論になる。
死にたがりなんかと一緒にいても得なんてないのに。
そもそもそんなに懐かれていなかった気がするのだが・・・。
マジでなんなのこいつ。
頭痛くなってきた。
「はぁぁ、もういいや、勝手にしろ。ただしどうなっても知らねえからな」
考えるのも面倒になった俺はぶっきらぼうにそう言うと、彼から目を逸らす。
別にいざとなればこいつを出し抜くことくらい造作もないことだ。
大切なのは、俺が死ぬときにこいつを巻き込まないこと。
そのための布石はこれで打てた。
あとは心置きなく死地へと赴けばいい。
ああ、この地獄が終わるまで、あと少しの辛抱だ。
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とろりんちょ