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14話 不眠

 べリスの指導を始めてから数日が経った。


 相変わらず息が詰まるような平和な日々が続いている。


 いったいいつになったら俺は死ねるのだろう。

 このままだと頭がおかしくなりそうだ。


 誰か、早く俺を殺してくれ。


「ノーデンスさん」


 俺がいつもの発作に襲われているとも知らずに、べリスが無邪気に話しかけてきた。


 正直今それどころじゃないので放っておいてほしいのだが、無視するわけにもいかず仕方なく返事を返す。


「なんだ?」

「ちゃんと寝てます?」

「・・・急にどうした?」

「急というか、前から気になってたんです。いつも目のクマすごいですよ。顔色だって悪いですし」

「そうか?別にいつも通りだぞ。それにちゃんと睡眠もとってる」

「昨日は何時間寝ました?」

「んー、どんくらいだったかな。30分とか?」

「分!?ほとんど寝てないじゃないですか!」


 しまった。

 適当に会話してたら口が滑った。


「大丈夫なんですか!?」

「俺はそれで十分なんだよ」

「いやいや死んじゃいますって。今すぐ寝てください!体壊しますよ?」

「余計なお世話だ。というか大きな声を出すな。頭に響くんだよ」


 最近べリスがうるさい。

 あれほど上官には逆らうなと教えたのに、なぜか俺に対してだけは遠慮がなくなってきている気がする。


 育て方間違えたかな。


「お前たちまたやってるのか」


 べリスが騒いだせいで仲間の兵士が様子を見に近づいてきた。


 その表情がニヤついているのを見るに、からかいにでも来たのだろう。


 ああ、面倒くさい。


「アッシュさん、聞いてください。ノーデンスさんが昨日30分しか寝てないとか言ってるんです」

「あっはっは、そいつからしたらいつものことだろ。べリス、いい加減諦めな。そいつには何を言っても無駄だよ。なにせ“死にたがりのノーデンス”だからな」

「おい、余計なこと・・・」

「何ですかそれ?」

「毎日死にたい死にたいって独り言を呟いている、常に最も危険な戦場に喜んで飛び込んでいく、寝ない、食べない、休まない、こいつの奇行を挙げ始めたらキリがない。そんなんだから俺たちに“死にたがりのノーデンス”なんて呼ばれてんだよ」

「・・・へえー」


 こんな話を聞いたらべリスが黙っているわけがない。

 念のため確認してみたが案の定ジト目でこちらを睨んでいる。


 せっかく最近は表に出さないよう抑えていたのに台無しだ。


 べリスに余計なことを吹き込んだこの馬鹿には後でお灸を据えてやらなくては。


「この前なんてよ・・・」

「おい、それ以上無駄口叩いたら眉間撃ち抜くぞ」

「ひえー、そんなおっかない目すんなよ。最近暇だったからちょっと世間話でもしようとしただけじゃねえか」

「暇ならまた塹壕にでも連れてってやろうか?付き合うぜ」

「じょ、冗談でも勘弁してくれ。悪かった、俺が悪かったから」

「ならさっさとどっかいけ。次はないぞ」


 俺に一睨みされたその馬鹿は慌てたように逃げていく。


 だが時すでに遅し。


 不気味な笑顔をたたえたべリスがすぐ傍まで近づいてきていた。


「ノーデンスさん、さっきの話はどういうことなんでしょう?」

「アッシュのちょっとしたジョークだろ。真に受けるな」

「・・・わかりました、とりあえず今は何も言いません。その代わり今すぐ寝てください」

「断る」

「じゃあまずは食事からですか?」

「さっき一緒に食ったろ」

「僕より少ない量でしたけどね」

「俺はあれで腹一杯なんだよ」

「じゃあやっぱり寝てください。本当に倒れちゃいますよ」

「これまで同じようにやってきて問題なかったから心配するな」

「こういうのは蓄積なんです。これまで問題なかったからってこれからも大丈夫とは限らないんです」

「あーもう、うるさい。余計なお世話だっつーの。俺にかまうな」

「でも・・・」

「俺は寝なくても平気だ。そんなことよりまずお前は自分のことを心配しろ。昨日教えた銃の分解はできるようになったのか?」

「いえ、まだ・・・」

「だったらそれをやれ。いいな?」

「はい・・・」


 なんかこいつが来てから余計に疲れるようになった気がする。


 もっと鬼教官になってビシバシやった方が静かになるかな。

 いや、意味なさそうだな。


 とりあえずさっさとこいつを一人前にしてお役御免になればいいか。

 あるいはどちらかが死ぬかだな。


 まあこの状況じゃ後者には期待できまい。


 となるとやはりこいつには早く独り立ちしてもらわなければ。


「あのー、ノーデンスさん」


 そんなことを考えていると、またべリスが話しかけてきた。

 今度は恐る恐ると言った様子で。


「なんだ?」

「分解できたんですけど、戻せなくなりました」

「・・・はああ、こりゃまだ時間がかかりそうだな」

「何がですか?」

「いや、こっちの話だ。ほれ、貸してみろ」

「はい、お願いします」


 中途半端に組み立てられた銃を受け取り、状況を確認する。

 まだ半分くらいしか戻せていないようだ。


 俺は残りの工程をべリスに説明しながら終わらせると、元通りになった銃を彼に返す。


「もう一回自分でやってみろ。またわかんなくなったら聞け」

「はい」


 べリスは戻ってきた銃を言われた通り再び分解し始める。


 俺はなんとなくその光景をしばらく眺めていた。


「・・・」


 ああ、眠い。

 死ぬほど眠いぞ。


 今なら目を閉じた瞬間に意識を失う自信がある。


「どうしてノーデンスさんは寝ないんですか?」


 睡魔と戦っているとべリスがまたさっきの話を蒸し返してきた。


 もういい加減勘弁してくれと思ったが、その声音には存外先ほどのような圧はない。


 どうやら今のは俺にどうこうしてほしいからというわけではなく、単純に気になったから聞いてきただけのようだった。


「無理に寝てくださいとはもう言いませんけど、理由がわからないんです。どうして寝ようとしないんですか?眠くないんですか?」

「どうしてお前はそう他人のことばかり気にするんだ?」

「目の前で人が倒れそうになっていたら誰だって気にするでしょう。それが自分の教官なら尚更です」

「ここは戦場で、皆いつだって死にそうになりながら戦ってきた。ちょっと体調悪いくらいで心配してたらお前の身がもたないぞ」

「たとえそうだとしても、今この瞬間に限って言えば、あなたを心配するくらいなんの負担にもなりません」

「あ、そう。お優しいことで」


 確かに、彼の言う通りこれは心の余裕の問題なのかもしれない。


 こいつはまだ戦場を知らない。

 地獄を味わってきた俺たちとは根本的に考え方が違うのだ。


 俺たちが他人を心配するのはそいつの体に風穴が空いた時だけ。

 死が鮮明に浮かび上がったその時にだけ、かろうじて自分ではない誰かを認識する。


 薄情と言われても仕方ないが、そうならざるを得ないほどこれまでが過酷だったのだ。


 当然べリスはまだそんな地獄を知らない。

 だが十中八九、いずれ知ることになるだろう。


 ならば今のうちにその片鱗だけでも教えておいてやるのも悪くはないか。


「そんなに俺が眠らない理由が気になるか?」

「はい、気になります」

「そうか。なら教えてやるよ。なに、簡単な話だ」


 これまで散々渋っていた俺が急にそんなことを言い出したもんだから、べリスは思わず手元の作業を止めて視線を上げる。


 俺はそんな彼から視線を逸らして、虚空を見つめながら続く言葉を放った。


「俺は夢を見たくないのさ。眠ればきっと悪夢を見る。誰かが死ぬ光景が蘇る。それが嫌で、俺は眠らない。いや、眠れないんだよ」


 俺の話を聞いたべリスは驚いた顔をして口を閉ざす。


 これでいい。

 地獄を見たことがないのなら、言葉にして聞かせてやろう。


 そしていつかお前がそこに堕ちた時、俺の言葉を思い出せ。


 何も知らずに放り出されるよりは、幾ばくか心に余裕が生まれるかもしれないからな。


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@tororincho_mono


とろりんちょ

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