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13話 新兵訓練

 今俺たちがいる戦場はそれほど絶望的なものではない。


 食糧、弾薬がなくなればすぐに補給できるし、寝るときなんて壁と天井がある。

 なにより敵の弾丸がほとんど飛んでこない。


 さすがはネビラス王国最強のグラ砦。

 帝国軍との圧倒的な兵力差を覆して今なお戦況を拮抗させるだけのことはある。


 これだけ堅牢だと新兵を前線に連れてきても特に問題はなかった。


「弾の装填は素早く、落ち着いて、丁寧にやれ。ここでもたつくと一方的に撃たれるぞ」

「はい!」

「弾を込めたら構えてみろ」

「はい!」

「そうじゃない。体全体で銃身を固定するんだ。そして脇は閉めろ」

「はい!」

「照準を覗くときは軽く頬付けする感じで。片目は閉じるな。使ってない方の目で周りを見ろ」

「はい!」

「よし、構えはそれでいい。撃鉄を起こせ」

「はい!」

「撃ってみろ」

「はい!ただ敵が遠すぎてよく狙えません」

「敵なんか狙わなくていい。どうせ届かねえし。的が欲しいならその辺に転がってる石ころでも狙え」

「はい!」


 べリスはそう返事をすると、引き金を引く。


 瞬間、破裂音とともに銃身が火を噴いた。


「はにゃっ!」


 それと同時に変な声を出してべリスがひっくり返る。


 どうやら発砲の反動に耐えられなかったようだ。


 華奢なこいつにこの銃は少し大きすぎたか。


 まあ残念ながら我々魔無しに支給される火薬銃はすべて同一規格で作られているので、小さいサイズとかは存在しない。


 これでなんとか頑張ってもらうしかないのだ。


「大丈夫か?」

「大丈夫です。少しびっくりしましたけど」

「撃つときはしっかり踏ん張れ。あとは慣れだな」

「はい」

「よし、続けるぞ」


 べリスに再び射撃準備をさせつつ、今度は俺も自らの銃に弾を込める。


 隣で手本を見せられるよう二人並んで銃を構え、しばらくの間射撃訓練を続けた。


 最初の方こそ覚束ない仕草で銃を取り扱っていたべリスも、何度か繰り返すうちに徐々に慣れてきたようで、無駄な動きが少なくなっていく。


 それなりに要領は良いようだ。


「ところでノーデンスさん」


 しばらく無言の時間が続く中、ふと自分の顔面に運よく弾丸が飛んでこないかなと考えていると、べリスが声をかけてきた。


 何か問題でも発生したのかとそちらを見れば、彼の手が止まっている。


「どうした?」

「これ、何の意味があるんですか?」

「これとは?」

「この虚空に向かってやってる射撃のことです。ほかの人たちも同じことしてますけど・・・。確かこの銃の射程ってせいぜい三百メルくらいですよね。敵までの距離はどう少なく見積もっても五百メルはあります。絶対届かないじゃないですか」

「ああ、そうだな」

「そうだなって・・・。これ何の意味があるんですか?」

「意味はない」

「え?」

「強いて言うならそうしろと命令されたからそうしているだけだな。昨日教えただろ。上官の命令は絶対。たとえ無駄とはわかっていても黙って従うのが立派な兵士ってもんだ」

「なんですかそれ。そんなのおかしいです」

「ああ、そうだな」

「・・・これが役立たずと言われる理由ですか?この部隊はずっとこんなことをしてきたんですか?こんな無意味なことを」

「いや、そうでもない。ほんの数日前まで俺たちはちゃんと戦場にいた。ほら、外に塹壕が見えるだろ。俺たちはあそこで戦っていたんだ」

「え?」

「これがくそったれな戦場でな。毎朝こっちの弾が届くところまで走らされるわ、補給は来ないわ、雨が降れば寒いわで散々だった。挙句の果てに最後は敵の新兵器のせいで部隊は壊滅。撤退も許されず、ただ死ぬためだけに戦場を走らされたものさ」

「・・・」

「だが妙なことに三日前、急に撤退命令が出た。それ以降俺たちの部隊は無駄飯食らいの無駄撃ち部隊としてここに配属されたのさ。いったい上層部は何を考えてるのやら。奴らの気まぐれに付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだ」

「・・・」

「さて、べリス。お前はさっきこの戦いを無意味なものだと言ったな。全くその通りだ。俺もそう思ってる。なら、一度あの地獄に行ってみるか?お前が望む意味のある戦いとやらができるかもしれないぞ」


 そこまで言ったところで俺は止めていた手を再び銃にかける。


 べリスの言う無意味な作業を再開するために。


 ついでに黙り込んでしまった彼にありがたい教えを授けることにした。


「べリス、昨日も言ったが、お前にできることなんてないんだ。だから自分の命をまず第一に考えろ。やらなくていいことはやるな。勝てないと思ったら逃げていい。そして救えない味方は見捨てろ」

「そんなの、嫌です。僕は・・・」

「別にこれは命令じゃない。ただの心構えの話だ。だから必ず守れとは言わないが、それでも頭の片隅には入れておけ」

「・・・」


 きっと今彼の目には俺がとても薄情な人間に見えていることだろう。

 実際その通りだし、否定する気もさらさらない。


 俺は正真正銘、血も涙も枯れてしまった薄情者だ。


 だがそのことをあえて口にしてでも、この少年に伝えておきたかった。


 この戦争に自らの命を賭ける価値などない、と。


 もう死ぬのは俺だけでいい。


 心からそう願っている。


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とろりんちょ @tororincho_mono

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