12話 二人の始まり
新兵が入ってきたことでにわかに部屋の雰囲気が賑やかになった。
最近はやることもなく手持ち無沙汰だったので、他の兵士たちにとっては丁度いい仕事だったのだろう。
皆熱心に新兵を教育している。
本当によくやるものだ。
「あのー、ノーデンスさん」
「なんだ、べリス」
「これ、どういう状況なんでしょう?」
「どういう状況って、休憩してるだけだが?」
寝っ転がって天井を眺めているとべリスが顔を覗き込んできた。
自分だけ何も教えてもらえず放置されているからだろうか、その目には少し困惑の色が浮かんでいた。
別に心配せずとも、意地悪をしてるとか、俺のやる気がないとかそういうわけではないんだけどな。
ただ単にどうやってこれからこいつの世話をしようか考えていただけだ。
「僕も他の人たちみたいに何か教えてほしいです」
「何かって?」
「えーと、そうですね、銃の使い方とか?」
「そんなもん基礎訓練で習っただろ」
「基礎訓練ですか?」
「徴兵された後一か月くらい訓練期間があっただろ。そこで銃の撃ち方とか教わったはずだ」
「・・・そんなのなかったですよ?」
「・・・マジで?」
「はい」
ここにきて衝撃の事実が明かされる。
どうやら彼ら新兵はまともな訓練も受けずに前線へ送られてきたようだ。
何も教えず戦争に駆り出すとは、上層部はいったい何を考えてるのだろう。
気でも狂ったか?
こんなもんほとんど自殺行為と変わらないじゃないか。
戦場にこれ以上“死にたがり”はいらないぞ。
「なるほど、つまりお前は何もわからないままここに連れてこられてきたのか」
「はい、すみません・・・」
「別にお前を責めてるわけじゃない。ただ新兵の育成もろくにできないなんて、この国もいよいよ終わりだなと思っただけだ」
「兵士不足で仕方なかったんだと思います。それに僕だってこの国のために戦えるのなら多少の無理は受け入れます」
「へえ、国のためね・・・」
無垢な瞳で健気なことを言う彼の姿は微笑ましいものだが、同時に滑稽でもある。
どうやらこいつはまだ自分の立場というものがわかっていないらしい。
まあ来たばかりで訓練も受けてないというのだから仕方がないか。
ならまず最初に教えてやるべきことはそこからだろう。
いたいけな少年の夢を壊すようで心苦しいが。
「べリス、何を勘違いしているのか知らないが、この戦争でお前にやるべきことなんて何もないぞ」
「・・・それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。お前がどれだけ頑張ってもこの国のためにできることは無い」
「な、なんでですか!?確かにまだ何もできないのは認めますけど、すぐに戦えるようになります!」
「そういう問題じゃないんだ。いいか、べリス、よく聞け。お前が配属されたこの部隊は、軍に見捨てられた部隊なんだ」
「見捨てられた?」
「そうだ。ここにいるのは全員魔無しで、大した戦力なんかになりはしないし、そもそもそんなこと期待されてもいない。だが無能を理由に兵役免除なんかにしたら他の兵士たちの反感を買うから、こうして一か所に集められて、大した戦果も挙げられないのに戦わされているのさ。だからお前含め、俺たちがいくら努力したところで役立たずの烙印が消えることはない」
「そんなことありません。僕だって、いや、皆さんだって立派な兵士じゃないですか。頑張ればきっと何かの役に立てるはずです!」
「やる気があるのは結構なことだが今すぐその認識は改めろ。でないと死ぬぞ」
「もとより命を賭ける覚悟はできています。僕はこの国を守りたいんです。そのためにできることなら何でもやります」
「・・・」
これは困ったな。
この少年は典型的な愛国者のようだ。
国のことなんかどうでもよくて、自分が死ぬことしか考えてない俺とは相性が悪い。
このまま下手に言い聞かせてもどうせ逆効果にしかならないし、今は一旦放置でもいいか。
どうせ後々嫌でも思い知らされることになるんだから。
この地獄の惨状を。
「・・・わかったよ、お前の希望は理解した。そんなに国のために戦いたいなら好きにしろ。俺も最低限のことは教えてやる」
「はい、ありがとうございます」
「よし、じゃあ話はここまで。今日はもう寝ろ」
「この後何もしないんですか?」
「明日に備えてゆっくり休め。疲れてるだろ?」
「大丈夫です!まだ全然元気です」
「いや、無理しなくていいって」
「本当に大丈夫です!」
無駄に食い下がってくるべリスに俺は呆れた表情を向ける。
頼むから早く寝てくれないだろうか。
今は新しい環境にきて興奮状態にあるから気づいてないのかもしれないが、お前相当疲弊してるぞ。
たぶんここまで来るのに結構歩かされて疲れてんだろ?
こっちも親切で言ってんだから素直に休めよ。
無理をして倒れられでもしたらそれこそ困る。
仕方がない。
ここは多少強引にでも寝かしつけるか。
「そんなに何かしたいのか?」
「はい!」
「そうか、ならまず一ついいことを教えてやろう。いいか、べリス。軍人なら上官の命令には黙って従え。余計な口をはさむな。質問は許可が出たときだけにしろ。これは大事なことだからよく覚えておけ」
俺が容赦なくそう告げると、べリスは驚いた様子で口を噤む。
まさかこんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
こっちだってこんな威圧的な態度はとりたくないが、言ってわからないなら無理やり従わせるまで。
まあ多少嫌われるくらいはかまわないさ。
「わかったか?」
「・・・」
「返事は?」
「・・・はい」
「よし、ではさっそく命令だ。今日はもう寝ろ」
「それは・・・」
「質問を許可した覚えはない。寝ろ」
「・・・はい」
不満を隠そうともしない表情で返事をしたべリスだが、俺の冷めた視線を浴びると大人しく引き下がり、渋々といった様子で横になった。
やれやれ、ようやく落ち着いた。
それにしてもこいつどうしようかな。
なんか放っておいたらすぐ死にそうな気配がする。
多少の面倒は見てやるつもりだが、俺も死ぬのに忙しい身だ。
いつまでも一緒にはいてやれない。
ならさっさと独り立ちしてもらうとするか。
それが互いにとって一番いい。
「せいぜい頑張るがいいさ」
それほど時間もかからず眠りへと落ちてしまったその小さな背中に向けて、俺は精一杯の激励を送る。
この先彼が死なないことを祈るばかりであった。
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とろりんちょ @tororincho_mono