11話 遠ざかる死
俺たちの部隊が敵に背を向け砦の中へと逃げ込んでから二日が経った。
今のところ、ひどくぬるい日常を過ごしている。
ここでの戦闘はあまりに安全だ。
敵の弾丸は頑丈な石壁が防いでくれるし、砲弾だってここまでは届かない。
ただ漫然と虚空に向かって銃を撃ち続けているだけで、平和な一日が終わっていく。
飯はボソボソの携帯食料なんかじゃなくて、パンとスープが食べられる。
雨が降っても屋根があるから凍える心配もない。
なんて素晴らしい環境なのだろう。
というよりこれまでがクソ過ぎただけか。
もっと早くこうなっていれば、救えた命もあっただろうに。
まあ今更そんなことを言っても仕方ないか。
結果はすでに出てしまっている。
生き残ったのはわずか2割。
ほとんど全滅と言っていい数字だ。
かろうじて生き残った者たちも傷つき、疲弊していた。
もはやこの部隊は戦える状況にない。
そういう意味では遅すぎたとはいえ、撤退命令が出たのはよかったと言うべきなのだろう。
これで彼らは救われた。
だが一方で、俺は今窮地に立たされている。
このままでは死ねない。
俺が求めているのは心安らぐ安寧なんかじゃなくて、血の凍るような戦場だった。
死が目の前にあるからこそ、俺は生きていられたのだ。
このままここにいたら、俺はきっと狂ってしまう。
そうなる前になんとかしなくては。
だがどうしたらいいのかわからない。
現時点では持っている情報が少なすぎた。
かといって情報収集のために砦内部を自由に歩き回るわけにもいかない。
唯一それができそうな准尉はこういう時に限っていねえし。
ああ、マジでどうすればいいんだろう。
「ここだ、入れ」
俺が一人頭を抱えていると、急に部屋の扉が乱暴に開かれた。
何事かと思ってそちらに視線をやれば、結構な数の兵士がドタドタと部屋に入ってきているではないか。
休んでいた仲間の兵士たちも突然の闖入者に驚いている様子だ。
「相変わらず空気の悪いところだな」
現れたのは本陣の兵士たち。
彼らは不機嫌そうな表情を隠そうともせず、俺たちの寝床である大部屋に視線を巡らせている。
これはまた面倒な客が来たものだ。
というか会うたびに彼らが俺たちに嫌味を言うのは何かの様式美なのだろうか。
もはやこちらも慣れてしまったので今更どうこう言うつもりもないが、毎度毎度絡んでくるところを見ていると逆に哀れに思えてくるな。
「お前らに朗報だ。今日は新入りを連れてきてやったぞ。役立たずのお前らでも、数がそろえば肉壁ぐらいはやれるだろ。よかったな、王国の役に立てて。まあ短い付き合いにはなるだろうが、同じ“魔無し”同士、せいぜい仲良くやってくれ」
息をするように毒を吐いたと思ったら、彼らはさっさと部屋から出ていってしまう。
あとに残されたのは、所在なさげに佇む新兵たちだけ。
非常に気まずい空気が流れていた。
「・・・あー、どうする?」
しばらくの沈黙の後、誰かが口を開いた。
どうするもこうするも、新兵が来てその世話をしろと言われたのならそうするしかないだろう。
ただ少し気になることもある。
やけに若い兵士が目立つのだ。
というか若すぎる。
どう見ても十代半ばくらいの若い少年が、ぶかぶかの軍服に袖を通してここに連れてこられていた。
いよいよ王国の人材不足も深刻になってきたようだ。
彼らもこの年齢で徴兵されることになるとは思っていなかっただろう。
かわいそうに。
「准尉が戻るまで待つか?」
「いや、新入りが来たときのやり方は決めてるだろ。状況は特殊だがいつも通りやるしかない。二人一組で指導しよう」
「まあそれでいいか。准尉にはあとで説明すればいいし」
そんなやり取りを皮切りに、皆が緩慢な動きで移動し始める。
「お前はこっち」
「お前は俺と組むぞ」
「お前、名前は?」
「これからよろしくな」
適当に割り振りが進んでいく中、俺は我関せずと虚空を眺めていた。
わざわざ“死にたがり”の下につきたい新兵もいないだろう。
俺もできれば深入りはしたくない。
そう思って黙って眺めていたのだが、先の戦いで壊滅的被害を受けた我らの部隊は致命的なまでに人手不足だったらしい。
「おい、ノーデンス。お前も一人受け持ってくれ」
やがて教官候補がいなくなったのか、俺に白羽の矢がたった。
目だけで拒絶の意を示すも、笑顔で見つめられると断るに断れなくなる。
ここで自分だけ嫌だというのも少し我がままか。
「わかった、連れてこい」
仕方なく俺が応諾の返事をすると、彼は嬉々として一人の新兵を連れてくる。
新品の軍服に身を包み、軍帽を目深にかぶったそいつは他の新兵と比べてもずいぶんと華奢な印象を受けた。
少し緊張している様子の彼に向かって俺は声をかける。
「お前、名前は?」
「べリスです」
「そうか。俺はノーデンスだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
どうせ短い付き合いになる。
適当に流すとしよう。
この時の俺は、本気でそう思っていた。
この偶然の巡り合わせが、二人の運命を大きく変えるとも知らずに。
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とろりんちょ @tororincho_mono