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10話 呼び声

「生きろ、ノーデンス。生きて戦え。あとはお前に託す」


 やめろ。


「ノーデンス、どうか無事で。体には気を付けるのですよ」


 やめてくれ。


「じゃあな、ノーデンス」

「死ぬなよ、ノーデンス」

「頼んだぜ、ノーデンス」


 もううんざりなんだ。


「死なないで、お兄様」


 どうしていつも、俺を置いていく。


 もうこの先には、何一つ救いなんて残っていないのに。


―――――


「ノーデンス!」


 誰かに呼ばれて目が覚める。


 どうやら不覚にも眠っていたようだ。


 俺としたことが油断した。


 おかげで見たくもない夢を見る羽目になった。


 気分は最悪である。


「ノーデンス、起きろ!」


 もう一度誰かが俺を呼ぶ。


 悪夢を止めてくれたことには感謝しているが、寝起きに大声を出すのはやめてほしい。


 頭に響く。


 誰か知らんが少し文句を言ってやろうと思い顔を上げると、そこには眉間にしわを寄せた准尉が立っていた。


「やっと起きたな」

「・・・なんだ、准尉か」

「ずいぶん呑気に寝てたじゃねえか」

「なんか用かよ。俺は今気分が悪いんだ。急ぎじゃないなら後にしてくれ」

「そうはいかねえ。俺は、今、てめえに話があるんだよ」


 強引な物言いの准尉に、俺は顔をしかめる。


 その態度が気に食わなかったのか、彼は余計に眉を吊り上げた。


「お前どういうつもりだ。なんであんな勝手な行動を取った」

「何の話だ?」

「お前が敵陣に単身突っ込んだ話だよ!一歩間違えれば死んでたんだぞ!」

「ああ・・・、そのことね」


 ここにきてようやく状況を理解する。


 どうやら先ほどの戦闘のことで准尉はご立腹のようだ。

 こうなるとこいつはしつこい。


 さて、どうやって誤魔化そうか。


「ちゃんと説明しろ。自殺行為はしないと約束したはずだ」

「そうだな。だから死んでねえだろうが」

「それはただの結果論だ。俺はなぜあんな無謀なことをしたのかと聞いている」

「これはまた異なことを言う。無謀というならそもそもこの戦い自体が無謀じぇねえか」

「それは・・・」

「俺は命令通り前進し、敵と遭遇した。立ち止まって撃ち合えば負けは必須。かといって後ろに下がれば撤退とみなされ処分対象になる。あの時俺の取れる選択肢は前進しかなかった」

「ならせめて味方と・・・」

「周りに味方はいなかった。砲撃でまとめて吹き飛ばされないよう、兵士をバラバラに動かす作戦を考えたのはお前だろ」

「・・・」

「俺がこれまでお前との約束を破って自分勝手に死のうとしたことがあったか?確かに日頃の口癖が悪いのは認めるが、それでも俺はお前との約束を守ってきたつもりだ。こんな風に非難される筋合いはない」

「・・・なら、今回のお前の行動には、何一つ後ろめたいことはなかったと?」

「ない。俺は最善を尽くした」


 険しい表情を見せる准尉に、俺は平然とそう答える。


 別に嘘は言ってない。


 俺はあの後、結局死ねなかった。

 あれだけ死ねそうな状況だったのに、生き残ってしまった。


 それが約束を破っていない何よりの証拠。


 だからこんな風に責められる謂れはないのだ。


「・・・そうか。それならいい。怒鳴って悪かった」


 准尉はまだ納得していない様子だが、それでも渋々引き下がる。


 そうだ、それでいい。

 文句なんて言わせない。


 というか文句があるのは俺の方なのだ。


「おい、准尉。そういえば俺も聞かなきゃいけないことがある」

「なんだ?」

「なんで撤退命令なんて出した?あれが無かったら俺は死ねてたんだぞ」

「お前さっきと言ってること違うじゃねえか。死ぬ気はなかったんだろ」

「死ぬ気がなかったなんて言ってねえ。死ぬしかなかったと言ったんだ。せっかく大義名分を得て死ねるはずだったのに、あの笛のせいで全部台無しだ。命令を出したからには納得のいく説明はあるんだろうな?」

「お前を止められただけでも十分意味はあっただろ」

「寝言は寝てから言え。冗談でも笑えねえぞ」

「本気で言ってんだけどな」


 真面目な顔してふざけたことを抜かす准尉を、俺は容赦なく睨みつける。


 こちとら人生最高の瞬間を理不尽に奪われているのだ。

 なぜこんなことになったのか、その理由を聞く権利ぐらいあるはず。


 だから俺は視線だけで准尉に先を促す。


 しばしの沈黙の後、ようやく観念したのか彼は肩をすくめて口を開いた。


「別に大した話じゃない。本陣からの命令があったから、俺は笛を吹いただけだ」

「は?命令?あり得ないだろ。俺たちを見捨てたのはあいつら自身じゃねえか。今更何だってんだ」

「知らねえよ。俺にあいつらの事情なんてわかるわけねえだろ。だが命令は確かにあった。俺はそれに従ったまで」

「意味がわからん」

「同感だ」


 どう考えても今このタイミングで本陣が撤退命令を出すのはおかしい。


 俺たちを見捨てたんじゃなかったのか?

 なぜ今になって撤退させる?


 意味が分からない。


 こんな不合理に、俺の悲願は邪魔されたというのか。


「ついでに言っておくと、塹壕陣地での戦闘は現時点で終了だ。俺たちはこれから砦に入ることになる」

「・・・何を言ってる。そんな馬鹿な話があるか。いったい奴らは何を考えてやがる」

「だから知らねえって。ただこれも決定事項だ。1時間後には陣を引き払う。お前も準備しておけ」

「ふざけんな。それじゃあ俺は・・・」

「よかったな、ノーデンス。生き残る道ができて。まさか命令を無視してまた敵陣に突っ込んだりなんかしないよな?」

「・・・」

「よろしい。では撤退の準備を」


 准尉は最後にそれだけ言って、俺に背を向ける。


 そこに容赦なんてものはない。


「そんな・・・」


 もし砦になんて入ってしまったら、次死ねる機会はいったいいつになるのだろうか。


 1週間後か、はたまた1か月後か、あるいはもっと先か。


 少なくとも、すぐには死ねなくなった。


 その事実が、ひどく俺を苛む。


 まだ続くというのか、この地獄は。


 ああ、最悪の気分だ。

 なんでいつもこうなる。


「誰か、早く俺を殺してくれ」


 いつものように吐き出された呪いの言葉は、いつもよりひどく滑稽で、あまりに脆く霧散してしまうのだった。



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とろりんちょ @tororincho_mono

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