孤児院時代
テスト投稿です。
「へっへっへ」
進藤が汚いダミ声で不敵に笑う。淀んだ瞳に、上がった口角は悪魔を連想させる。歳不相応に老けた顔面も、奴の醜悪さを助長させていた。
――固定王様ゲーム。
それが進藤の暇つぶしのために考えられた鬼畜じみたゲームだ。
ルールは簡単で、王様が進藤で固定の王様ゲーム。
それ以外の者が一ターンごとに割りばしに数字を書いたものを交換し、あとは進藤が好きな番号に好きなことをさせる、ただそれだけの遊戯。
そこに面白さなど何一つない。
ただ、進藤の愉悦のためだけに考案された悪魔のゲーム。
俺たちは三歳差の進藤に逆らえないでいた。また、進藤は恰幅も良かった。筋肉質でレスラー体型の進藤は、若干小学六年生で体重は七十キロに達していた。
そんな進藤に誰一人として勝ち目がなかった。
だから、今日も観念して降伏するしかなかったのだ。
「今度は、一番とぉ! 三番がぁ! キスをしまぁす」
一番は俺で、三番は皐月だった。
ただただ皐月に申し訳なかった。小学三年の俺には、まだ恋の熱さも、愛の重さも解らなかったけれど、ただ複雑な感情を抱え、結局進藤に抵抗できない自分に苛立っていた。
皐月の瞳を見る。
皐月は恐怖に怯える瞳をしていた。申し訳なさのあまり地べたに座ったまま両手の拳を握る。
「おい。早くしろよ」
短気な進藤のヤジが飛ぶ。進藤の眼光は肉食獣のそれであり、俺ら弱者の戯れを高見から見物する眼であった。
……殴られる。
言うことを聞かなければ、殴られる。
これがいつものパターンだった。
殴られるのが俺だけであれば、まだ耐えられた。
しかし、進藤は女に対しても容赦なく殴るのだ。
それが看過できなかった。
仕方なく、俺は皐月のところまでにじり寄る。
そして、恐怖に震える皐月の唇にそっと蓋をするように、軽く自分の唇を合わせた。
皐月にキスをする傍らで、亜須香の方を見ると泣いていた。
堪えきれない涙を必死に両手で拭っていた。
亜須香は俺より一つ年下の最年少であり、一番弱かった。
「けっ。やっぱり男と女のキスは面白くねえなぁ。普通だもんなぁ」
「命令したのは進藤さんでしょ」
「あ? でも、面白くなかったもんは面白くねえんだよ。じゃあ、次は男と男でキスしろ。こっちのが面白えだろ。お前とお前だ」
そうして指さされたのは俺と新だった。
進藤の命令は絶対だ。男とキスをするのは抵抗があったが、服従する以外方法がなかった。
だかた、新と軽いキスをした。
不快ではなかったが、やはり違和感があった。
新も同様のことを考えていたのか、ついに進藤に対して不満を露わにした。
「いい加減にしてくれよっ!」
「ああ?」
「なにが、面白いんだ……」
至極真っ当な発言だった。
いじめをする者、それを傍観する者は面白いかもしれないが、いじめられている側からすると、ただただ苦痛で仕方がないのだ。
短気な進藤は額に青筋を立てて詰問した。
「貴様、俺に逆らうってのかぁ?」
「もう、辞めてくれよ……」
新の眼は、今にも悔しさで涙が溢れそうだった。しかし、進藤は歯向かわれることが一番嫌いなのだ。
「ふざけんじゃねえぞっ!」
新のところに近づくと躊躇なく顔面めがけて拳を振るった。
新は両手でガードするものの、力の差でそのまま地面に吹き飛ばされた。
地面に突っ伏した新の上に進藤が跨り、お構いなくそのまま二発、三発、新の顔面に鉄拳を入れる。
唇を切った新の唇からは、鮮血が滴った。
とうとう見ていられなかった俺は後ろから進藤に蹴りかかった。
しかし、進藤の背中はびくともしなかった。当たり前だ。体格差が約二倍くらいあるのだから。
進藤は激昂して、逆に高らかに笑った。
まるで敵ではない俺の身体を一瞥した進藤は、遊具を前にしてはしゃぐ子どものようであった。
「なんだ。貴様も反抗するってかぁ? おい!」
そのまま距離を詰めて殴られた。
新同様に後方に吹き飛ばされる。隣にいた皐月が俺を庇おうとするように手を伸ばしかけるが、進藤が瞬く間に俺のところに来て同じように鉄拳を振るう。
隣にいる皐月が悲鳴を上げる。
「――もう嫌っ!」
きっと、その場にいる全員が同じことを考えていたに違いない。
もう嫌だった。
しかし、孤児院にいる限りこの地獄の日々は続いていくのだろう。
圧倒的な暴力に挫けた俺は、力なく無機質な天井を仰いだ。
――俺たちは、いつになったらここから解放されるのだろうか。