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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
20年後
9/29

第7狂・弱味に対する切り札と狂気





______循環器科・医局。



「御影先生」


あれから湊太は、御影純架の主治医である、

透架に必要以上、話しかけてくる様になった。


それは、主治医の権利を自分自身が持ちたいばかりに

透架の首を縦に振らせるのが、目的だ。

幼い頃から自身の望むものは、絶対手に入れてきた。


「なんでしょう。例の件なら、私は承諾致しません」

「これを見ても?」



調査表。


【対象者 氏名 : 御影 透架】


生年月日:19xx年 12月11日 血液型:AB(Rh+)

(現年齢:30歳)

在住地:東京都 ◯◯区 ハウス ノーブル 609号室


身長:162cm

職業:女医

参考:一瀬循環器病メディカルセンター 循環器科勤務。


〈家族構成〉

御影 純架 (一卵性 双生児) 〈妹〉29歳。




「やっぱり繋がってたんじゃないか。

まさか双子の妹だったとはね。

通りで名字も同じで、名前も似通っているんだ。


これは、職権乱用ではないか?

君も物静かなふりをして(したた)かだね」



透架は動じない。

それどころか弱味を握ったとばかりに嘲笑し

マウンテンィグを取っている青年を軽蔑していた。


己の欲望の為に、怒気を心に宿す事が出来る人間。

凍り付いた透架には無理だと感じた。


(人は己の欲望の為ならば、我を失う程に感情的になれるの)


湊太の躍起になる姿を見て、

透架は、“あの大人達”を思い出した。

何処までも残酷に己の欲望の沼に溺れる身勝手な人達。


(………単純な人。

それに、闘志を燃やして何になるの?)


「悪い事は言わない。

姉妹である事を隠しているんだろう?

………主治医の権利を僕に譲れ。


この病院になんの関係もない

ただの素人が主治医になっているより、

未来の主治医である僕が相応しい。

それに職権乱用の事も黙ってあげようじゃないか」


欲望の為ならばこんなに、しつこくなれるのか。

こんな土足で人の領域に踏み荒らす事は大嫌いだ。

弱味を握れた、と湊太は有頂天なのだろうが……。

医局には二人意外、誰もいない。





透架は切り札を取り出した。

まるで警察手帳を掲げる様に、無表情な顔付きで。


「これが、何か分かりますか?」

「…………ICUレコーダー? なんの………」


と言いかけて、湊太は言葉を飲み込んだ。

気付いた時に御影透架を見ると、

その無表情の中に何処か勝ち誇った様にも見えた。

遅かった。相手の方が上手だった。

あの時の会話は、全て物理に納められていたのだ。


(何処までも読めない、侮ってはいけない奴だ)


冷や汗が止まらない。


そうだ。透架は純架のベッドに

予めレコーダーをセッティングしていた。……何かあった時の為に。

周りは敵だ。危険人物しかいない、この世界で安堵なんて出来る筈がなかろう。






「あの日のやり取り、全て此処にあります」

「それをどうする気だ?」鼻で笑い、見下している。

「……… 一瀬先生。己の野望の為に何も見えていなかったんですね。

此方の音声は院長に直接、お聴き頂こうと思います」

「…………止めろ!!」


切り札を出した途端に頬を紅潮させ

威勢に満ちていた医師が顔面蒼白となっている。

それでも強がりか。椅子から立ち上がった透架に、

湊太は罵声を飛ばした。

自信家の湊太の自信たっぷり表情に、焦燥感が宿る。

透架からICUレコーダーを取り上げようとしたが、

呆気なくかわされて空回りになっていた。


「………弱味を握れた、と思えたでしょう?」


「…………」


〈嫌いな奴のものを、奪えたと思っていたのに)


湊太は落胆した。


「もうバレてしまったら、仕方ないですね。

これは警告と忠告です。御影純架に近付かないで。


“彼女は私の患者様”ですから。

今度、何かしたら容赦しないですよ?」



あの無表情の御影透架が微笑みを浮かべた事

その冷悧な声音にはドスの効いた何かが込もっている。

見た事がなかったその表情に、湊太は背筋が凍り付き、

肝が冷える感覚を覚えた。


無意識に額には、冷や汗が浮かぶ。

軈(やが〉て、湊太の携帯端末が震えた。


“今すぐ、院長室にこい”


「………あ、」


透き通った声が、呟きの様に空に消える。


「言い忘れておりましたが、此方は事後報告でした。

院長にはもう伝わっておられるかと思います」

「…………」


(己の野望だけに、目先の欲の為に

純架を傷付けようとした、でしょう)

(絶対に、漸く手に入れたこの切符を渡しはしないわ。

誰にも。そうすれば、純架は………)






(御影透架は、冷酷で無慈悲だ)



______数時間前。院長室


控えめで慎ましやかなノックをしたら後に

院長室に透架は現れた。

律儀にお辞儀をする。其処には品性が備わり、

薄幸めいた雰囲気は何処かの深窓の令嬢を連想させる。


「お忙しい中、

お時間を割いて頂きありがとうございます。突然訪れましてすみません」

「いや構わないが。

患者様の相談と言われると私も見過ごせないからな。

………で、御影先生、何があったんだ」


循環器科の実力者として知られている透架は、

院長である一瀬誠治からは一目置かれていている。


どうぞと手招きされた場所は、応接間として機能している。

高級なレザー調の調度品のソファーと、硝子をベースとしたテーブルがある。

互いに向き合う様に腰掛けると、


「会堂病院から、転院された御影純架さんの事です」

「……君が主治医の……どうしたのかね」

「此方を」


透架はコピーした御影純架のカルテ、

そして隣にはICUレコーダーを置いた。

先ずは御影純架のカルテを目を通して貰い後、ICUレコーダーの聞き取りに移る。

それは昨夜の、一瀬湊太の身勝手な言動や、

患者である御影純架が追い詰められている所が切り取られてある。

我が息子の傲慢と横柄さの言葉に、

院長である一瀬誠治はどんどん顔面蒼白になってゆく。


「御影さんは、

PTSD〈心的外傷後ストレス障害〉の後遺症により

男性の方に対して恐怖感と不安感を抱かれております。

そんな中、一瀬先生がこの様な行動に移された事は

主治医として見逃せない、と判断致しました」


誠治はこめかみに手を当て、頭を抱えた。

しかし刹那に姿勢を変える。腿に手を付き、そのまま頭を下げた。



「………うちの愚息が済まない。御影さんの容態は」

「一時期はバイタルが不安定でしたが、現状は落ち着いております」

「ありがとう。愚息にはしっかり咎めておく」


(貴方の息子さんは己の野望だけに、目先の欲の為に

純架を傷付けようとした、でしょう)

(その事については、許しません)



____現在、院長室。





「この身の程知らずが」


院長室には、怒声が残響する。

院長専用のデスクテーブルの前には、小さくなった湊太が居た。


「循環器科医局にも確めたが、

貴様、御影先生に主治医の権利をを自分自身に

寄越せと言っていた、と……呆れて言葉も出ない」


誠治は頭を抱えた。

湊太は思い込み体質が玉にキズであり

それ故に走りがちで、誠治の悩みの種だった。



(やが)てこの病院を受け継ぐ立場の者が、

この様な言動と行動をするとは………見損なったぞ」

「ですが院長。僕の方が、相応しいと思いませんか」

「………なに?」


まるで、

演説を始める様に胸に手を当てて熱弁を震い出した。


「僕はいずれ、貴方の跡目を継ぐんです。

心臓移植を待つ患者様の主治医をしていた、という事は

院長になった時、経験値として最大の武器になるのでは」

「黙れ。その口を慎め」


必死に取り繕おうと

言い訳と偉大さをアピールしていたが、

誠治の威厳ある声音に湊太は固まった。


「いずれ院長になるのはいえ、今は昨夜の問題の事を言っている。

お前の身勝手な思いが患者様を傷付けた。それは紛れも事実だ。

それに御影さんは……PTSDの後遺症により

男性恐怖症だと伺っている。

それなのに。目先の事ばかり目に入らないのは、

お前の悪い癖だ。………反省しなさい」

「…………っ」


御影透架め。

屈辱感に晒されて、湊太は白衣の生地を強く握った。






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