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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
20年後
8/29

第6狂・恐れていた事

いよいよ。




……………そっか、転院するんだ。

…………一瀬循環器病メディカルセンター、に行くの

_________解った。隙を見て会いに行くよ








_____拝啓、篠宮


便箋に宛名にそう書きかけて、腕が震え出す。

純架は震え出した腕を掴みながら、テーブルの上に項垂れた。

夜は感傷的になって代わりに頭が冴えるのではないかと深夜、こっそりと綴ろうと思っていたのに。


いつも此処で書きかけて、止まったままだ。

“あの刹那”の情景が脳裏を余儀って手の震えが止まらない。

迫る刃、衝撃、熱さ、痛み。_____そして、忘られない双子の姉の表情。



(…………私はまだ、貴方から、何も聞けていない)

(聞く権利はある筈よ。だって私、

貴方の娘で、被害者だもの)




憂いた瞳で純架は、ぼんやりとする。


率直に真相が知りたい。

何故、双子の姉を、殺めようとしたのか。

何故、双子の姉・透架が標的となったのか。

姉妹の平穏を奪ってまで、成す事だったのか。




黙秘権を良い事に彼は、動機も経緯も口にしていない。

精神鑑定にもかけられたらしいけれど、

自首した点も情状酌量とされ刑事責任能力は有りとされた。

御影家の人間は、嘲笑っていた。


刑期は25年。

純架と透架は、犯罪者の、曰く付きの娘。




(嘘偽りなく、その思いを吐露してくれればいいのに)


何度も手紙を綴ろうとした。

聞きたい事も問い詰めたい事も山という程にあるのだ。

それを冷静を文に綴り、問いかけたい。

そして知りたい。


まるで種を蒔き、

それが芽吹くのを現れるのを待つ花のように。



(そうすれば、心は、軽くなると思う)


けれどもいつも名字を書き終えると、手が震え出して

綴れなくなってしまう。フラッシュバックに襲われ

何も出来ないまま、同じ事を繰り返し何十年も過ごしている。


(貴方のせいで、私達は離れ離れになったのに)


無慈悲。

母親を自死に追いやり

透架の消息は闇に葬られたまま、はっきりしない。


父親である篠宮貴宏は何もかも、純架から奪い去って

娘に傷を残したまま、のうのうと息をしている。

傷付いた心臓と光りの差さない暗闇の中での

孤独な闘病の中で、全ての奪い自身を傷付けた奴を、

もう父親と呼ぶには怒りと憎しみが募るばかりだ。


きっと篠宮貴宏のした事は、轢き逃げと変わらない。

都合悪いものを消したら、後は黙秘権行使。

もう語る意味はないと言わんばかり。


(………卑怯よ)


(貴方さえ、全てを壊す事を真似をしなければ……)

(透架と一緒に、過ごせたのかも知れない)



「______御影 純架さん」


はい、と言いかけた。

けれど刹那に、背筋が凍る様な感覚を覚えた。

独特の低い声。男の人の声___。


恐る恐る顔を上げる。

其処には居たのは、自分自身と同じくらいの青年。

白衣を纏い、その一癖ありそうな面持ちをした独特の雰囲気。


「………あ、の………」


思わず声が、震える。


心臓の鼓動が、早くなっていく。

心電図モニターの数字が狂い始めて、極端な波形がモニターに浮かぶ。

純架の脳裏に(よぎ)るのは、自分自身を襲った。闇の中での男の姿。


迫る刃の光り、痛み………それが昨日の様に思い出されていく。


息苦しい。純架は次第に過呼吸になり始めた。

カニューレタイプの酸素が外れている事すら

気付く余裕も無くなり、動悸や冷や汗が止まらない。

機械と自身が繋がれている事から身動きが取れず、

此方に近付いてくる青年。


「…………こ、こないで!!」


心がどす黒く、言い知れない

意に知れぬ恐怖と不安、焦燥と共に純架の声音を上げた。

静寂な個室に悲鳴とも取れる、懇願が残響する。

青年はぴたりと、足を止めた。




「_____君、“御影透架”さんの双子の妹だよね?」


息が出来ない中、純架は固まった。


(………御影透架。

何故、見知らぬこの男が、姉の名前を口にしている?)


発作と動悸が治まらない中、

呼吸が出来ない息苦しい中で、恐る恐る青年を伺い見た。


(顔付きの雰囲気は違うが、顔立ちはそっくりだ)





発作と動悸が治まらない中、

ベッドに背を預けたまま、

ナースコールを押そうと手に取ったが指先が震える。

不安と息苦しい中で視線を遣ると、

戦々恐々とした面持ちの能面の青年が、せせら笑っている。


「この僕を、拒絶するなんてあり得ない」


冷たい声音。呼吸は苦しくなるばかりで、


「………どう、し……て、

姉を………し、知って、いるの…です……」


意識が朦朧とする。

拒絶する心。小説と底のない焦燥感と恐怖心の

(ヴェール)かかった様に霧を生み出していた。


苦悶の表情を浮かべながら、純架は問いかける。

にやりとした粘着質の微笑みが戦慄が走っておぞましい、とすら感じた。

青年はにやり、と笑いながらながら、告げた。


「_____何故、御影透架を知っているかって?

御影さん。貴女がこう言えば、教えて上げましょう。

〈主治医を一瀬先生に変えて欲しい〉とね」

「…………い、や………来ないで……」


そう言った刹那、湊太の瞳に怒気が宿った。


「僕を……拒絶するな!! 言え!!

〈主治医を御影透架から、一瀬先生に変えて下さい〉と言え!!」

「……い、や………」


(…………え? 御影透架が、私の主治医?)


自分自身の主治医は、賀川智恵ではないか。


純架の瞳が揺らいで脳裏は混乱の渦に巻き込まれていく。

双子の姉が、自分自身なのか?

彼女が近くに居る?



そう盛大に、湊太は威勢を張っていた刹那。

腕を掴まれ、途端に呪縛される感覚に言葉に表せぬ襲われた。

絞め技に遇ったのだと気付いたのは、意識が朦朧として事だ。

しかし、


「私達を邪魔するなら、容赦しはない」


耳許に下りたそうドスの効いた冷悧な囁きの声音。

湊太はそのまま、少しばかり気を失う。



空手技が飛んできたと悟り、

両手で顔を覆いながら、次第に息苦しさに

朦朧としながら現実との境界線が曖昧になる。


華麗な空手さばきを見せたのは、女性だろうか。

好奇心から指先を少しずらして視界を、現実を見た。

意識は朦朧として、視界はぼやけていく。


しかし、

朦朧としていた意識の中で見たものに、純架は驚きを隠せない。

さっきの青年を押さえ込んで、“彼女”はこちらを向いたからだ。


その横顔は自分自身と瓜二つ。

背中までの長髪。物憂げな顔立ち。

白衣を纏っている姿は凛々しく、似合っている。



(………透架……?)


自分自身が、見間違える筈がない。

ずっと思いを馳せ続けた双子の姉。彼女が其処にいる。

しかし呼吸も限界度までに酸素が足りない。

朦朧とする中で純架は瞳を閉じて、涙が一筋頬に伝う。


警告を鳴らすアラーム。

乱れたバイタルの数値を表す画面。



素早く透架は彼女に近寄り、

カニューレタイプのチューブを鼻許に備え直すと、

胸に備えている人工心肺と、空気駆動装置コントローラーを確認する。

電子モニターをこの上ない事を凝視し続けた。

PTSDの症状が現れた事をモニターの数字は正直に示している。

危うい状態だ。一瞬も目を反らせない。


凝視していると、不意に華奢な手に掴まれた。

視線を向けると、苦悩の表情ながら

純架が安堵した様な柔らかな表情を浮かべている。


「………貴………女、透架………で、しょ、う?」

「……………………」


意識はまだ朦朧としている。

大人になった双子の妹とは

皮肉にもこの瞬間が10年ぶりの再会だった。

大人になった顔立ちに柔らかな表情。あの頃からひとつも変わっていない。


(ごめんなさい、純架)



「………おやすみなさい」


そう呟くと穏和に、透架は微笑んだ。

純架の幸せを願うのならば、他人のふりをし続ける事だ。



アラームは止み、酸素飽和度が安定し始めた。

酸素が固定し安定し始めたが、予断は赦されない。

いつの間にか純架は眠っていた。それを傍で見守りながら、透架は腰を抜かして佇んだ。


間に合った。応急処置に。

純架の手首と首筋に触れると、

弱いものの、脈が、息遣いが確認出来た。



その後は生きた心地がしないまま、

傍らに傍に居、カルテに目を通していた。



不意に後ろの窓硝子に

視線を寄せた。夜景に映る自分自身は、

この上ない冷酷な顔付きをしていた。


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