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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
20年後
7/29

第5狂・抱えた思い、閉じられた言葉

純架サイド




「純架ちゃん、初めまして」


年は30歳半ばだろうか。

童顔のせいか若々しく、気さくで優しい雰囲気を持った女性だった。


白衣を来た女医が、

此方を見て微笑んで左胸にあるカードを見せた。

新田(にった) 葉子(ようこ)と書かれてあるそれを見詰めながら


「純架ちゃんはね、心臓に怪我をしてしまったの。

心臓が治るまで、私と頑張ってくれるかな?」


優しい声音。

ぼんやりとした思考と、何処と無く感じる息苦しさはそのせい。


嗚呼。

刹那的に悟った。

あの時の透架を庇った時に感じた酷い痛みは、

心臓を怪我してしまったせいなんだ。

何処と無く感じる息苦しさや胸の痛みはそのせいなのだ。




息が苦しい。胸が痛い。

朦朧としぼんやりと瞳を開けると、白い天井が見えた。

はっと気付くと張り詰めた心配そうな面持ちで、

新田が此方を見直している。


「せん………せ………い」

「………私は此処にいるから」


新田はそっと髪を撫でると、

(やが)て華奢な純架の手に己の手を重ねた。

この病院に入院した時から主治医である新田葉子は絶えず傍に居、

その温かな手は、途方のない暗闇をさ迷う純架に安心感を惜しみ無く与えてくれる。


何も言わずに、見守り傍に居てくれた。

けれど何処で思ってしまう。


(透架も、傍に居てほしい)


大好きな姉。優しい姉。もしも透架が現れたら、

この胸を締め付ける様な感覚も和らぐと思うのだ。

けれどもどれだけ願いを込めても、姉の姿は何処にもいなかった。



不意に目が覚めた。

胸の苦しみはないが、まだ見慣れない天井。

時計を見てみると、消灯時間は過ぎている。

また眠りに付こうと目を閉じた。

だが、何故か意識に溶け込めない。




「日記、書いてみない?」

「…………………」


主治医である新田から

プレゼントされたのは、淡いパープルの分厚いノート。


「純架ちゃんが思う事を、自由に書いてみて」


それから365日、

欠かさずに文字を、誰にも言えない思いを書いた。

他愛のない日常の事、心臓の事、悩みや思い。


_____どうして、会えないの?


姉に。

孤独な闘病を過ごす少女の思いは積もり積もって

年齢と共に変化していくけれども

ひとつだけ変わらない。



______透架は、どうしているの?

______透架に会いたい。ママに会いたい。


最初は、その言葉に埋め尽くされている。



_____“透架”。姉の漢字。

学校ではまだ習っていなかった。

けれど母親に教えて貰ったと言われてから、

いつしか透架は名前を漢字で書くようになっていた。


姉には敵わない。叶わない。

なんだか先を越された気がしてならなかったけれども、

透架なら、と納得している自分自身がいた。


同じ日に生まれた姉妹。

双子だが、人間一人一人、

人格が違う様に、透架と純架の性格も正反対そのものだった。


「純架の漢字も教えて貰ったんだ。


「スミカはね、「純架」って書くんだって」



紙にお手本を見せて、透架は微笑んでいる。

純架にぴったりで似合う、と付け足して。

微笑んでいた。


記憶力が良くて聡明な姉は、何でも覚えてくる。

それは本人には自然な事なのだろうけれど。

透架を見る度に背伸びをしたくなる気持ちは、拭えない。


純架の日記は、

必ず、何処かに【透架】の名前がある。

10歳の時に行き別れた双子の姉の姿を求めては、

見えずいない筈の後ろ姿を追っている事に気付いた。


(透架は、どうしているのだろう?)


あの日を境に一度も、純架の前に姿を現さぬ透架。

“あの時”庇った姉は、無傷だった筈だと思っている。

_____けれども違うのだろうか。


疑心暗鬼になりながらも、気持ちは変わらない。

いつしか日記は、双子の姉へ思いを馳せるものになっていた。





透架はどうしているのだろう。

同じ生年月日、双子だから、自身と同い年の筈だ。

けれども透架と生き別れ病院の箱庭で過ごし始めた

10歳から、

双子の姉の消息は掴めていない。

現に大人は誰も、教えてくれなかった。

御影純架という名前だけを与えて、たまに面会に訪れる大人は、素っ気ない。


不意に窓にやる。

都心部のネオン街が眩しくて、眠らないと宣言している様だ。

窓鏡となって、純架を鏡の様に写す。

カニューレタイプの酸素を付けて、

呆然としている自分自身が、其処には居た。




透架は、何をしているのか。

どう過ごしているのか。


“______透架。

貴女は、今、何をして、どう過ごしていますか?”


“私は貴女と話がしたい。19年間、どうしていたの”


答えのない自問自答。見えない双子の姉の姿。

彼女はどんな大人になっているのだろうか。

生憎、純架にはまだ想像が着かない。


“私は貴女と再会をしたい。

あの頃の様に戻れるのならば、

私にとっての幸せはこの上ないでしょう”


この19年間の空白を埋めれるのならば、

透架とまた微笑んで平和に暮らせる日が来るのなら

純架はそれ以上は何も望まない。


双子の姉と過ごした日々が、

今では幸せそのものなのだから。



「純架ちゃん、到着したよ」

「…………そう。良かった。よろしくね?」


透架は、告げる。

機械の設置も、本人のバイタルも変化はないという。

パソコン作業を続ける透架の横顔を智恵は伺いながら告げた。


「ねえ本当にいいの? 会いにいかなくていいの?」

「…………」


透架は、硬く沈黙し、ぴたり、と指先が止めた。

俯いているその横顔は物憂げさと切なさを写す。


「……いいの。

私の存在を口にしたり悟らせたら駄目。……お願い」


(やが)て顔を上げると、

いいの、と切なげに微笑んだ。






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