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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
20年後
6/29

第4狂・名無しの主治医



景色は、流石に地方都市という事もあり

窓から見えるビルや建物、景色は鮮やかだった。

病室は個室でかなり広く、シャワールームや洗面台、全てが備え付られている。


純架は、

(ようや)く一息をつき、枕に背中を預けた。


(願わくは、透架に再会出来るといいな)


思いにふけて景色を見詰めながら、微笑んだ。



スライド式のドアを開けて、個室の病室に踏み込む。

ベッドに座っていた彼女は、

窓を見詰いて視線を此方へ向けた。

頬をこほろばせ、彼女は告げる。



「御影 純架さん。

初めまして。主治医の【賀川 智恵】と申します。

これからよろしくお願い致します」


賀川 智恵。

賀川はそう告げると、律儀にお辞儀した。


(………良かった。女の人だ)


純架は心底、安心した。

あの日から男性を見ると心が拒絶し、我を喪ってしまうから。

恐らくこの拒絶は“あの人”が原因なのだろうけれど。



「御影 純架です。よろしくお願い致します」


純架はお辞儀して、微笑んだ。

一卵性双生児の影響で透架とそっくりな印象を思わせるが


違うのはミディアムのセミロング。

透架よりも顔立ちは柔らかく、純粋無垢と言った印象を受けた。

カニューレタイプの酸素チューブを付けている。


例え一卵性双生児で同じ顔立ちだとしても、

置かれた環境や状況により顔付きは変わっていくものだと学んだ事がある。


当たり前だ。

透架と純架は、10歳から生き別れとなって、

多感な年齢の時に、違う環境下にいた。

当然、人間関係も、足枷となった諸事情も、何もかも違う。




智恵はあの会話が、脳裏を掠めた。


「貴女が、表向きの主治医になって欲しいの」


「………は?」


透架の真剣な面持ち。

解っている。彼女は冗談を言う子ではない。

でも言わずには、尋ねずには、居られない。


「_____それって私は事実上名前だけの主治医で、

貴女は影武者になる。そういうよね」

「………そういう事になる、ね」


透架は俯きながら、頷いた。

二人は十年来の親友であり、共に医学の道に進んだ身だ。

それでも透架の言葉に智恵は唖然としてしまう。


御影純架の転院の話は、彼女の主治医から、

一瀬循環器メディカルセンターに相談されたもので

主治医は、循環器科の実力のエースと噂される

御影透架にすんなりと決まったのだ。

____そして今に至る。


「やっと、再会できるのよ。

純架ちゃんに。チャンスは巡ってきたのに。

正々堂々と再会したら、と私は思うけれど」


(…………そうしたら、どんなに幸せだろうか)


透架は、そう言い切れる智恵が清々しいと思った。


10歳の時に生き別れた妹。

彼女の事は一日も忘れた事はなかった。

けれども再会する事が、彼女を苦しめる結果と

なってしまったら、と透架は危惧しているのだ。


思いは透架の一方通行で、

純架はどう思っているのか。

________自分自身の将来を奪った相手を。


純架は透架を見て

あの頃を思い出して、苦しむかも知れない。

果ては憎んでいるかも知れない。

もう会いたくないと思っている相手かも知れない。


挙げればキリはないけれど

それに透架は、純架に会わす顔がない、というのが本音だ。


自分自身が呑気に構えてしまったばかりに、

純架を心身共に酷く傷付けて、その将来を奪ってしまったのだから。

そもそも透架は自分自身が息をしている事、

それ自体にも嫌悪感と憎悪を抱いているというのに。


(私のせいで。私が生きているばかりに………)


長く沈黙している透架に、流石に智恵も落ち着いた。


「私はおすすめしないわ。本当にそれでいいの?

………透架は」

「………いいの。

私にとって純架を傷付けてしまう事が重罪だと思っている。散々、苦しんできたあの子をまた苦しめる形を招きたくない。


「………お願いします。

主治医として名前を借りさせて下さい」


深い張り詰めた表情とその律儀さ、

切実な気持ちに、智恵は(おのの)いた。



(これが姉妹を思う気持ちだとして、

姉妹愛と言うのなら“切なさ”しかない)





「………どうかしました?」


控えめがちに尋ねる純架に

はっとして、智恵は我に返った。


「ごめんなさい。ぼうっとしてしまって。

綺麗な方だな、って見惚れていたんです。

………バイタルを確認させて下さい」


純架のベッドの傍らには

体外設置型の補助人工心肺と、

空気駆動装置コントローラー。

バイタルは安定している。到着時に確認したが安定していて安堵した。



会堂大学病院から送られた御影純架のカルテ。

透架は封を明けると、それを吟味する様に見る。


カルテ番号


御影(ミカゲ) 純架(スミカ)/29歳 女性

生年月日:19XX/ 12月11日


主治医 : 新田 葉子 (循環器科主任)

病名 : 心筋梗塞、心房中隔欠症(ASD)

参考 : 心臓移植ドナー待機

10歳の時、拡張型心筋梗塞を発症。


PTSD〈心的外傷後ストレス障害〉

男性恐怖症と思われる。


カルテを見た刹那的に、

心臓を掴まれる感覚がしたのは気のせいではない。

これが御影純架の全て、純架が背負ってしまう事になった全て。


(ずっと純架は苦しんできた)


PTSDの症状は、きっとあのせいだ。

あの事が影響しているのならば。







カルテを一通り目を通した後に

パソコンに御影純架の情報を入力し、

主治医である新田葉子へアドレスへ返信を返した。


〈一瀬循環器病メディカルセンター

循環器科の御影透架と申します。

御影純架さんの主治医を担当致します。


そして私事で大変恐縮、致しますが

私は、御影純架の双子の姉です。


カルテの送付ありがとうございました。

感謝を申し上げますと共に、新田先生から

受けたまったものを慎重に

大切に引き継いで参りたいと思います。


そして19年間、妹を救い、

お世話になりました事を

謹んで感謝を申し上げます。

本当にありがとうございました。〉


一瀬循環器病

メディカルセンター循環器科 御影 透架〉





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