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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
20年後
5/29

第3狂・「ユリの姫君」優しい留め金

純架サイド


数話を間違えておりました。

混乱わ招く形となってしまい申し訳ございません。



的に呼吸が苦しくなる、

頭が絞め縄で縛られる様な感覚。

不意に目の前には、微笑みを浮かべるピエロがいた。

それは不気味な微笑みを浮かべながら視界ごと、ぐにゃりと歪んでいく。





「いやあああ______!!」


悲鳴が轟き、個室の病室に木霊した。

それ同時に、硝子が割れる様な音がして担当医である女医と看護師が、見るとベッドの上で過呼吸を

繰り返し瞳の据わった彼女が其処にいた。


ベッドの傍らには、粉々割れた花瓶は粉々になり、

水と共にサザンカの花が横たわっている。


「心臓に悪いわ。どうしたの?」

「助けて……助けて……。あの人がくる………」


何かにすがる様に、懇願する様に。

弱々しい声音で、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、

担当医である新田の腕にしがみついている。

新田は嗚呼、と出来事を悟りながら、


「鎮静剤、早く」

「………は、はい」

後ろ手にいる看護師に間髪入れずに小さく呟く。

そして新田は純架を労る様に抱き締めながら、背中を叩いた。


「大丈夫よ。誰も来ないわ。

先生がいるから、休みましょう」


彼女は、軽く嗚咽が混じっている。

悪夢を見た。まるで子供の様だが、

“彼女にとっては簡単な話ではない”。


鎮静剤投与後、

その後のバイタルを新田は険しい面持ちで見詰める。


変動は無さそうだ。

鎮静剤の影響か純架は落ち着いて、

夢と現実の境界線があやふやになっている様だった。

彼女は穏やかな表情を浮かべている。


先程の弱々しい子猫様な、

硝子を割った時に見せた鋭い目付きはまやかしだと言わんばかりに。

ゆっくりと瞼が上下し、瞳が虚空を見詰めていた。

そんな中で、不意に



「………と、か」


「………?」

「透架………透架………」



そう呟きながら、彼女の意識は闇の彼方へ落ちていく。


「大丈夫よ。

透架に会えるわ。また戻ってきたら、お話聞かせてね」


まるで赤子をあやす様に、

新田はとんとん、と純架を(なだ)めた。

長年、彼女の担当医を任されてきた新田には慣れっこだ。






_____会堂大学病院、廊下。



“会堂大学病院の、ユリの姫君”。


それが、御影純架の噂される名前。

ユリの花言葉は「純粋」「無垢」そしてもうひとつある。


循環器科で在籍している彼女を、皆、そう噂した。

その端正な顔立ちと穏和な純粋さのある何処か幼い顔付き。

気遣い屋の素直の性格は、人を和ませる。


純粋さと無垢さ、その穏和な人柄に、

新田はぴったりな噂で、彼女を現した人物像だと思った。



「あの……透架、って誰なんですか?」

「………ああ、貴女はまだ知らないわよね」


怪しそうに言う新米看護師に、新田は告げる。


「純架さんの双子のお姉さん。透架っていうみたい。

ただ、純架さんが入院したのを境に会っていないみたいでね………」



透架。

落ち着いている時、新田は純架から聞いた事がある。


「透き通る十字架」と書いて

透架という一卵性双生児の姉がいること。


純架によれば、物静かだが聡明な子だという。

姉の事を話す彼女は穏やかで、嬉そうだった。


ただ

入院したのを境に離れ離れになってしまったこと。

確かに、現にその“透架”が、現れた事はない。


双子の姉どころか、

純架を看病する者や見舞いに訪れる者すら、

長年、彼女の主治医である新田は見た事がない。


(純架はどうなっているのか)



純架は恐らく、姉の事が大好きなのだろう。

「透架」の話をする純架の表情は穏やかだ。

それに姉が、精神安定剤の様にも受け取れる。


「純架さんは、どうして……あのような……」

「PTSD (心的外傷後ストレス障害) よ」


心疾患とPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えている。

無論、彼女の理由と動機を考えれば無理もないだろう。

普段は物静かで穏やかなのだけれど、

時折に現れる悪夢を見、魘されては、

PTSDの症状に苦しみ、発作を起こしてしまうのだ。





____病室。



この箱庭で暮らす事になって、

もうどれくらい幾月が計画したのだろう。

個室の窓を見詰めながら、窓の向こうの情景は、

穏やかで非現実の様に思える。


スライド式のドアが開くと、

主治医である新田と新人看護師・石川が並んで現れた。


「………昨日は、ごめんなさい。私、また……」

「気にしないでいいの。ごめんなさいは無しよ?」

「………ありがとうございます」


あ、そう言えば、と

新田が思い出した様に言葉を口にした。

パンフレットを渡しながら、新田は威厳ある面持ちで


「………1日から貴女の、

一瀬循環器病メディカルセンターへ転院が正式に決まったわ」

「………そうですか」


彼女は頷くと、

窓からの景色を見詰めたまま、呟いた。

今日は陽射しが暖かそうで、空模様も晴天だった。

この白い部屋にいると、四季折々が理解出来たとしてもその四季に触れる事が出来ない。窓から見える景色が幻想的で、夢物語にも似た幻覚を見ているのでは、と錯覚してしまう。



前々から新設された

一瀬循環器病メディカルセンターに

転院をして治療を、との話が出ていた。



パンフレットには真新しい巨大な洋館の様な建物。

それを青空の下を背景にして、(そび)え立っている。



循環器専門の病院と医師が集まり、

最前線の治療が受けられる場所だという。

10歳からずっとこの会堂大学病院の箱庭に居たからか、

去るのは名残り惜しくも、寂しくも感じるけれども、

新田達が懸命に考えてくれた結果を、仇には出来ない。


「………分かりました」


彼女は静かにそう呟いた。


「では、バイタルと検温を取りましょうね」


主治医の隣に居た、石川は春の陽の様に微笑んだ。


酸素飽和度と体温を計り、

胸に授けられた生命維持装置を女医は確認をする。



「御影 純架さん。29歳。

拡張型心筋症。心臓移植を待っている方、ですよね」

「確か小児病院からの患者様だとか……」

「そうですね」


小児病棟を15歳で去り、

今は一般病棟にて闘病している。


重度の拡張型心筋症、

彼女の心臓の病を完治するには心臓移植しか光はない。

ただ移植ドナーを待つ者は多い。

新田も祈る様に純架に対して心臓移植が訪れる事を願って彼女にはまだ光りが差さない。


「一瀬循環器病メディカルセンターは、

心疾患に力を入れているわ。

心臓専門の外科医も多い事でしょう。

今よりも最新の治療を取り入れている場所なら……」








最後に

自由に歩く事が出来たのは、いつだっただろうか。

あの日から純架の命は、生命維持装置、機械が握っている。


悪夢のあの日。

自分の胸に掲げられた心臓を見た時、

全てはまやかしなのではないと思った。


“貴様はこれから、病と付き合っていかなければならない”



(私の心臓はあの日を境に、眠りかけているらしい)




“姉”は、どうしているのだろう。

純架には、一卵性双生児の姉がいる。

けれど、10歳の時を境に“あの日”から生き別れも同然のままだ。



あの日、意識を取り戻した時、

母親と姉の姿はなく、代わりに居たのは

スーツに包まれた女性。

彼女は父親が逮捕された事、母親が自死した事、

これから自分自身は「御影純架」として生きていく事を告げた。


父親の事よりも、

母親がこの世から望んで去った事が

衝撃だった事を覚えている。もう二度と母とは再会出来ない悲しみに暮れた。

そして、


「透架は、何処にいるの?」


『_____貴女のお姉さんは、記憶喪失になったそうです』


そんな絶望的な言葉を聞いた時、

母親と同時に、双子の姉まで喪ったと思ったのは否めない。

母親の実家である御影家が引き取られたと聞いたけれども、

それからは禁忌のパンドラの箱だと言わんばかりに

誰も何も、教えてくれやしない。


(大人はどこまでも、無慈悲だ)



そして自分自身は、心臓の致命的な病により、

10歳からこの会堂大学病院にてずっと闘病し、

過ごして行くのだと。


母親の実家から訪れた彼女は厳しいものだった。

父親が姉を殺めかけ、逮捕する事に至った理由も

母親が苦悩の末に自ら、この世を去った理由も。

“貴女達のせいだ”と。”貴女達さえ居なければ”と。


純架と双子の姉を責めた。


(______“貴女達”というのは、透架と自身の事か)


何故か、理由を問うと、

“元凶である自身が解っている筈だ”、と

彼女は理由を話さず、感情的に決め付けていた。



あの日、何故、父は強行に及んだのか。

双子の姉が殺められるという理由は、何を意味している?


(パパは、透架を恨んでいたの?)



闘病の中で、

不意に気になるのは、双子の姉・透架の事ばかり。

一体、彼女が何をしているのか。どうしているのだろう。

御影家は明らかに何かを知っている。


(私達を元凶と言った御影家は、姉を赦さない筈だ)



でも、純架は、

彼女が誰かから恨みを買うとは思えなかった。



物静かで聡明で

気遣い上手な優しい姉の事を、純架は大好きだった。


あの時、姉を庇った事を、純架は後悔はしていない。

聡明で何処までも優しい姉を庇った事も、

それに従って負った傷も純架は、誇らしいとすら感じていた。


パンフレットをじっくりと見ていると

一瀬循環器病メディカルセンターがある場所は

同時に御影家の実家がある県だと気付いた。



(………もしかしたら、再会出来るのかも知れない)


夢見がちで、空想だけれども。


この20年、

ただ双子の姉である透架に思いを馳せる事で

なんとか生きて来られたのだから。

いつだって純架にとって、双子の姉の存在が心の支えだった。


(もしも、会えたら、聴いてみよう)


そしてこの、20年という空白を埋めるのだ。





翌日。ドクターヘリにて、

一瀬循環器病センターへ転院する事になった。


久しぶりに外の肌触り、優しい風が淡く頬を撫でる。

山間部にあるこの場所の空気は、心地好くて優しい。

ぼんやりと景色を見詰めていると、少し物寂しい。


担架が動き

ストレッチャーで横になっている純架が乗る。

傍らには主治医である

新田葉子が付き添いとして同乗していた。




「………先生」

「なに?」

「………私、透架に会えるかしら?」


新田はきょとんとした表情を浮かべた後、

微笑んで純架の手を握った。

いつも通りの温かな手。




「会えるわよ」



純架は、微笑んだ。






【年齢・月日についての補足】


事件から20年、彼女達は30歳となります。

ただ12月生まれの設定であり、まだ誕生日を

迎えておりません。


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