第24狂・絶望の名前は孤独感
純架目線。
無機質な機械音。独特の酸素の音。
様々な管に繋がれ、時折にして人工心肺の確認と消毒、ケアは欠かせない。
モニターを確認しながら、
透架は憂鬱めいた双瞳を伏せて、彼女へと遣った。
透架にまた、会ったら伝えなきゃ。
大切なこと。あの秘密____。
あれから数日。
純架は危篤の状態のまま、意識不明のままだ。
この集中治療室の患者はたった一人。
まだ一瀬循環器病センターの認知度は低く、
循環器系の病を抱える患者の最後の砦と言われているそうだ。
白い世界にいた。
何処までも白い、一面の白の世界は浮いている様な気がする。
身体が軽くて一歩、歩いてみると、不意に霧が霞んで見える。
目を細めながら、
その向こう側にいた人間に純架は丸い切れ長の目を見開いた。
自分自身と同じ容貌、同じ容姿。
(透架だ。透架がいる)
透架は、何処かもの悲しく、
悟りを開いた表情と物憂げな雰囲気を佇ませている。
その顔立ちに浮かぶのは悲哀と薄幸さ。
霧が包んだ距離は遠くて、彼女はくすんで見えた。
「透架、待って!! 伝えなければならない事があるの」
悲哀の操り人形。彼女の表情は変わらない。
(透架に、会ったら伝えなきゃ)
大切なこと。あの秘密。透架は知らない。
走っている筈なのに姉に近付けない。どんどん距離が離れていく様にも思えた。
「何故、妹さんの為に必死になるのです? 主治医でもないのに」
「…………彼女は当院の研究の対象者患者です。
私は循環器科の主任として伝え、観察する者でもありますから」
嘘八百。
目を伏せながらも、未だに双子の妹から視線を離さない。
それは執着なのか、罪悪感から来る贖罪なのか。
ただ言葉じりは酷く冷たい。
「では妹さんを、道具としか見ていない。という事ですね」
「………………」
玲緒の言葉に、透架は安堵した。
この心は見透かされていないのだと。自分自身だけのモノだと。
けれども玲緒の紬ぐ言葉じりは全て的を外れていて、酷い検討違いだ。この心の思惑を悟られては死んだも同然。
例え、酷いと思われても、この透架の心を見透かされては
終わりだから、突き放した。
「反論出来ないでしょう。
貴女にとって御影純架は、最高の人形。
彼女を踏み台にして貴女は医師としての階段を上がる事には代わりない筈です」
「…………もし、そうなったら、貴方はどうしますか?」
え、と玲緒が戸惑いの表情を浮かべた刹那に、困惑させる。
将来のレールに医師を選んだのも、全て純架に関わる為。
透架はあまり医師の地位や権利は執着はない。
(_____全ては、純架の為に)
“全てが終わったら”、
透架は、医師の地位や権利を捨てるだろう。
「教え子なのでしょう?
教え子が医術の踏み台にされる現実を、貴方はただ傍観している。
助けも出来ないのに、無力の癖に
口だけ挟んでお偉いさんになった気でいるのは止めてはどうですか?
誰もヒーローにはなれない。例えそう思えても自分自身に自惚れているだけです。
………貴方の様な人を見ると、私は反吐が出そうです」
白衣を翻して、透架は集中治療室に入って行く。
その背中はもの寒々しくて何処か悲しい。
(………透架は、変わってしまった)
誰にも、御影家にも見棄てられた、と悟ってから、
自分自身の事は孤児だと思い込んできた。
壊れ物は御影家には要らない。
病室で暮らすうちに、そう冷たい空気が針の様に刺す。
御影家は自分自身を見棄てた。だから、姉の事も教えてくれなかったのだ。
あの頃は透架といつも一緒に過ごしていたから分からなかった。知らなかった。
自分自身がこんなにも孤独感に耐えられない人間だと言う事を。
御影純架は、小宮純架の記憶を持った人形。
その寒々強い孤独感を味わう度に自らの生命維持装着を引き千切って、全てを投げて打ってしまいたかった。
絶望感は全てを奪い、純架の心を荒ました。
早くお迎えが来てほしい____そんな時、あの青年の言葉に出会った。
双子の姉を知る者。
透架、という文字に、
それまで荒んでいた世界のコントラストに色着いた。
透架を知る者。
誰にも見棄てられた自身に優しくしてくれる玲緒に甘えて
執着していたのかも知れない。それに_____。
(…………透架の事を知るまで、離さない)
透架の今を知るまでは、離さない。
絶対にその口から吐かせてやる。双子の姉の事を。
そして 同時に思ってしまった。____今の自分自身には、この人しかいないだと。
(私の事を優しくしてくれている人はたったこの人だけ)
人恋しさ。
ひとりぼっちは、孤独感は、もう味わいたくない。
この冷たい心の拠り所を求めて孤独感を感じない一時を埋めるのは玲緒だけだ。
勉強の理由をつけては玲緒を引き留めた。
御影家から見棄てられて、透架の行方は分からない。
だから玲緒は依存の様な気持ちを抱いてしまったのかもしれない。
玲緒は不思議な、人間だった。
男性に対して恐怖を抱いている純架に対して、
人間の性を消している様な、生気の消している様な、
その空気や景色に溶け込んで込んでしまう。
透架を見詰めていて、どれくらい、たっただろう?
透架との距離は変わらなくて、
彼女の悲哀と薄幸に満ちた表情はそのままだ。
純架には、透架がどうしてそんな悲しい顔付きをしているのか分からない。
そして気付いた。透架は幻影。
この白い空間では自分自身は、ひとりぼっちだ。
純架はしゃがみ込んで耳を塞いだ。刹那に襲うのは孤独感と虚無感。
(お願い、答えて……透架………)
胸が苦しい。
闘病よりも、このひとりぼっちを突き付ける、心が。
(…………透架、貴女は、どこにいるの?)
耳に聞き慣れた酸素の音が聞こえる。
意識朦朧としながらも、ゆっくりとその瞳を開けた。
視界には見慣れてしまった顔立ちが見えて、分かりますか?と尋ねられた。
智恵だ。
「………意識が戻ったのね、良かった………」
「……………」
智恵は安堵した様に、告げた。
アイコンタクトの後に少し頬を緩めて純架は腕を伸ばす。
「………あの、」
「………どうしたの? 苦しい?」
「………手を、握ってくれませんか。落ち着くので……お願いします……」
智恵は、そのまま微かに驚いて、
けれども、しっかりと純架の手を両手で包んだ。
智恵の手は生命の息吹を感じられる程に温かく、安心感を与える。
「苦しいところはない? 何かあったら、言うのよ」
「………大丈夫です」
あの虚無感の夢の中で、ひとりぼっちでいるよりも、
心疾患を抱え苦しくともも誰かが傍に居てくれた方が、安堵感を覚える。
天涯孤独、の言葉が余儀って、透架の身元が心配になった。
(………あの子の手は、冷たかったから)
不意に双子の姉を思い出した。
透架の冷え性でいつも冷たかったから、自分自身が手を包んでいた事を。
まだ透架___双子の背中を追い求めている。




