第23狂・霊の憑依した生ける屍(しかばね)
空っぽなのだと、自らを嘲笑う。
絶望した刹那、
心が無くなった刹那に、透架の意思は消えた。
意見とは何か。自らの意思とは何かと思うけれど、
その意見や意思は浮かび上がらない。
休憩の為に上がった屋上は、まるで庭園の様だった。
いずれ国際的循環器病センターとして有力視されているこの病院だ。
「______浮かない顔ですね」
「…………?」
透架は固まった。
目の前にいるのは、あの純架の家庭教師だと言うのだから。
「世間は狭いですね。
まさか双子のお姉様が勤める病院に、純架が転院する事になるとは。
______ですよね、御影透架さん」
見バレしたのだと気付いた。
年は童顔のせいか、あまり分からないが、
ダンディーな紳士的な振る舞いを持つ
軽やかに謳う様に、青年は告げる。
硬い面持ちのままの透架とは反対に余裕綽々に微笑む青年の意図は読めない。
双子の姉だと明らかになるのは仕方がない。外見や顔立ちは瓜二つなのだから。
ついでに言えば名前も似通ってせいもあるだろう。
妹がお世話になっているというのなら、姉として挨拶しなければ行けない。
だが。
「似てないですね」
「………」
「外見も中身も正反対だ。加えて言えば、人生も」
バッサリと、青年は言い捨てた。
透架は軽く傾けると
「『心臓にしかマリオネット』_____。
人間味が薄くて、何処か凍り付いた、機械的な人間。
見て驚きました。純架とはちっとも似ていなくて、
私には何かの霊が憑依した生ける屍の様に伺えますが」
丁寧な口調で告げる割には言っている事はゲスい。
しかしながら彼が告げた事が図星で、
自分自身そのもので、透架は鼻で自身を嘲笑った。
青年の告げた“何かの霊が憑依している屍”という面白い話も一流あるのかも知れない。
(人間らしさ、なんて何処かに棄てた)
あの忌まわしい澁谷家の記憶。
人並みの感情や感性に振り回され揺さぶられて、
傷付くだけなのなら、それは透架にとって要らないものだ。
感情は麻痺して固く凍ったまま雪融けはもうこない。
この心は誰にも心を赦さない。
だからこそ、空っぽになったこの身に。
はっきり申して、“透架は純架の事しか興味がない”。
純架の為に、双子の妹の贖罪の為だけに生きていればいい。
遅くなってしまったが、
純架を引き取り、取り戻した。
御影に連れて来られたあの日。
絶望と諦観の心が、染み着いて離れない。
淡々と過ぎ行く日々。
色を失ったモノクロームの視界。
地位と権力、純架の平穏無事を願いながらもその容体、
多額の医療費を彼女の面倒を全てが賄える様になった現在は他者に興味がないに等しい。
そして、“純架によって”
たった一つだけの、自身の生きる意味。
(そうでもしないと
空っぽの自分自身は、本当に無力で生きている意味がない)
純架が居なければ、
自分自身は本当に無意味な生ける屍。
ある意味、透架は純架に生かされているのではないか。
(私自身の身体に憑依したものなら_____純架への贖罪?)
空っぽの屍に憑依したのなら、それでもいい。
しかし言葉が言葉故になんと返せば良いのか分からない。
「嗚呼、薫さんの事は思い出しました?」
何故、薫に拘るのだろう。
ただ一つだけ解るのは、
この青年は平気で人の傷口を抉る人間なのだと。
警戒心が蠢いた。
胸の携帯端末が震えた。
『御影先生、早く来て』
智恵からだった。
何処か張り詰めていて、何処かすがる様な。
「………どうしたの?」
『純架ちゃん、先程、喀血 したわ』
…………喀血。咳と共に吐血する。
それを聞いて背筋が凍る程の衝撃だった。
意識を失い智恵は、手術に運ぶから来てほしいと冷静沈着に言う。
透架は屋上から手術室まで急ぎ足で、地を蹴り続けた。
手術室に駆け込むと、オペ着を着た智恵が先にいた。
頭上のモニターには心電図として、純架のSPO2の数値が現れている。いつもより低い。
「賀川先生」
「検温をする為に訪れた看護師が発見、その先にはもう喀血し意識不明だったそうよ。
その際にはもう酸素濃度も低かった、と聞いてる。
ナースコールで連絡を受けて私が着いた時にも
酸素濃度は更に低下し始めていた。一応、ルート(血管確保)と気道確保はしたわ」
「OK。ありがとう。心エコーに移る。要因は何処か…………」
眠り姫の様に目を閉じて動かない純架の顔色は悪かった。
ぐったりとしていて、口許にはうっすらと血の痕がある。
チアノーゼ反応は現れていないが、青白く、
今にも何処か現実離れした面持ち。
「………どう?」
「見つけた。肺炎を起こしてる。
痰を上手く吐き出せなかった為、
気管支が傷付いている数ヶ所、箇所見られる。と推測。
酸素濃度低下に従い、心臓の動きも鈍くなっている」
モニターをしらみ潰しに見詰める透架。
心エコーは智恵が担当している。
「酸素濃度に気を配るわ。後は輸血も見据えたいのだけれど」
現実に肺は白く染まっている。肺炎の症状だ。
一瞬、心臓破裂のしたのではないかと背筋が凍ったものの
心臓は鈍くも確かに鼓動を繋いでいる。
ICU 〈集中治療室〉へ移送と決断した後に、智恵から輸血の申請があった。
一卵性双生児、細胞も血液型も同じ。
透架の輸血からならば拒否反応も出ないだろうと見据えていた。




