第21狂・決別と夜明け
透架の過去編、最終話です。
・過激なのでお気をつけて下さい。
(一部・暴力・流血シーンがございます)
苦手な方はブラウザバックを推奨、
ここからは自己責任にて閲覧をお願い致します。
宏霧の、透架への見る目は変わって行った。
自らの存在と薫の陰謀により、人生のレールを引かれた哀れな少女。
透架を変えたのは自身と母親のせいなのは如実だ。
「僕、医師になる気になんて無いんだ」
生前、父は好きな事をして生きろと言っていた。
跡目は継がなくて良いから、その成長した、夢に達成した姿を見せてくれと。
医師に拘っていたのは、母親だけだった。
もしこれを聞いてしまったら
透架は固まって、茫然自失するだろうか。
自身の犠牲者となり生きている彼女的にとっては絶望的な宣告だろう。
けれども
(一卵性双生児でない限り、替え玉受験なんて有り得ないだろう?)
透架とは性別も生い立ちも何もかも違う他人だ。
だったら、透架のそのまま権利を譲るのは、筋だろう。
否。元々、全ての努力も透架のもので彼女は報われても良いと思うのだ。
「ねえ、」
薫は、煙草を吸いながら、此方に顔を向けた。
あの頃の面影はない。
場違いにも、薫の面影を消した透架を疎んだでいたか。
「透架を、追い出してよ」
「……………」
薫はまた決まって怪訝そうな面持ちを浮かべる。
「駄目よ。まだ国家資格取得合否が届いていないわ。
あいつだから大丈夫だろうけど、万が一の事があったら……」
「落ちてたよ」
「は?」
「国家資格取得出来なかった。医師になれなかったんだよ」
「なんですって?」
薫の眉間の縦皺が濃くなっていく。
宏霧は嘲笑う様に愉しげに告げると、役立たずだったね、と
告げた。刹那に感情的な薫の心に火が灯る。
(透架が、国家試験に不合格だった、なんて)
曰く付きの娘でも、役に立つならば、と引き取って
医師免許取得させる為に時間も勉強も惜しまずやれ、
それが存在意義だと言い聞かせて来たのに。
なのに。
見立てを、期待を裏切られた気持ちで心は満たされ、否定された様に思ってしまう。
(曰く付きの娘は、出来損ないだった_____)
ふら、と無意識に立ち上がり、地下物置部屋へと行った。
______地下室、物置部屋。
急にがちゃり、と乱暴に扉が開いた。
不意に視線を向けると其処には朝帰りの薫が、仏頂面のまま立っていた。
名前を呼ぼうした刹那、
頬に強烈な衝撃が加わり、そのまま座り込む。
しかし透架の華奢な身体を、薫は持ち上げると、そのままマットレスに投げた。
そして馬乗りになるとそのまま、透架の胸ぐらを掴んだ。
思わず、透架は凍り付いた。
其処にあるのは鬼の形相、般若の形相。煙草独特の吐息が、苦しい。
「この出来損ないが。
やっぱり曰く付きの娘なんて引き取るんじゃなかった。
少しばかり頭が良いから期待してあげて、面倒を見てやったのに」
透架は何が起きているのか、分からない。
地下物置部屋で薫が荒れ狂う中で扉の外側に、ゆらりと青年の姿が見えた。
軽蔑する様な、冷たい瞳。
「この役立たず。
医師免許取得しなさいとあれだけ口を酸っぱく言って来たのに。
なのに不合格ですって? ふざけないで頂戴!!
あんたに期待をしたのが馬鹿だったわ、あたしの期待を裏切って
宏霧ちゃんの将来を潰した女!!」
透架の髪を引っ張りながら、薫は発狂する。
宏霧の将来、薫の期待。それらの裏切りへの怒りの矛先も止まらない。
透架は国家試験の合否について、
疑問符が浮かぶが、今、そんなの考える思考が回らない。
「結局、あんたは曰く付きの娘___犯罪者の娘以外でも
何者でもないのよ!! 人を不幸に出来ない女。
ねえ、あたし達の時間を返して!!」
嗚呼。
この舘に居座るのは間違いだったたのかも知れない。
確定のない夢に、欲望の為に、生きてきたのは
間違いだったのかも知れない。
(純架を、救えない………)
だったら。
もう、
どうでもいい。
薫は泣き喚きながら、透架を責め続けている。
張り手を何度も下し、透架を胸ぐらを掴んだまま揺さぶっていたが。
ぬるり、としった独特の嫌な肌触りを覚えた瞬間。
「母さん、止めてくれ!!」
宏霧が薫を止めた。
刹那、薫は腰が抜けて動けなくなって、宏霧も顔面蒼白になり固まっている。
生気のない瞳。
マリオネットの様に軸を失った身体。
いつの間にか手に握られていたのは、挟。
白い腕が赤に染まり、それらは腕を伝い落ちて床を深紅色に染めている。
驚いたのはそれだけではない、
腕に浮かぶ何十もの線リストカットの薄い線の傷跡。
潜めた悲哀と狂気の傷跡に、薫と宏霧は戦慄し軈て
「きゃあああああ!!!!」
渋谷邸の地下室から、絶叫と悲鳴が響いた。
「この役立たず!!
ずっと恨んでやるわ!!この詐欺師!!」
薫は般若の形相でそう叫ぶと、庭に透架自身と、
透架の荷物であるボストンバックを投げて、
その怒号を吐くとそのまま踵を返して家の中へ入っていく。
まだ夜明け前
まだ春先の朝の空気は冷たく、空っぽの心に隙間風を曝す。
無表情まま、無感情のまま、立ち上がる。
(私を何をしていたのだろう)
人様の将来を預かって起きながら、台無しにして。
純架を救う切符さえ自分自身でも掴み取れないまま、終わった。
医師にはなれない。
そう思っていた時だった。宏霧が飛んできたのは。
「……大丈夫?」
「…………」
視線だけ合わす。
そのまま項垂れた様に頭を下げると、宏霧は透架の肩を掴んだ。
「“_______嘘だよ”」
「………え」
人形の様になってしまった透架は、固まる。
「………本当は国家試験、受かっていたよ。本当に」
「…………」
(なら、どうして、薫は荒れ狂うのか。不合格だったと)
「これが証拠だ」
賞状の様な形態には、確かに“御影透架”とある。
“______国家資格に合格した事を認証し、
“______よってこの証を交付する”
「これを持って、早く出て」
「…………でも、これは、宏霧さん、の」
ようやく追い付いた思考で、ぽつりぽつりと呟く。
「俺は医者になんてなりたくない。
能力もなかったけど、ずっとこれがプレッシャーだった。
だから気にするな。
ずっと昔からそうだったんだ。俺には夢がある。
それに他人同士の替え玉なんて無理に決まってる。
これは今までこの家に縛られていた分のご褒美だと思えばいい。早く行って」
やっと目が覚めた。
(…………そうだ。純架)
純架を呼び寄せて、純架を救う事。守る事。
ずっと目標だったじゃないか。今、その証が此所にある。
これで双子の妹への贖罪を果たさなければ、償いをしなければ。
自立しなければ。
「…………ありがとう」
まだ完全に陽が昇らない内に、逃げる様にして、
透架は澁谷家から去った。
はい。
数話は中途半端となってしまいましたが
透架の過去編は、この話にて終了とさせて頂きます。
意外とハードボイルドだったな……と思い返して
います。
透架に対する薫の愛憎が、と今思えば
少しは私自身の原点復帰出来たかな、と思います。
また最後になりますが
お気を害された方々、本当に
申し訳ございませんでした。




