第20狂・生き別れた中での再会
山間部は更に冷え込むと聞いていたが、
身を凍り付つく寒さに透架は、
マフラーに顔を竦め悴んだ指先を絡めた。
背に流した長い髪に触れた雪は触れると、そのまま溶けていく。
震える指先で、
指先には、病院のパンフレットと、
この地域にある循環器科の病院の名前と住所が記載されたメモ帳。
在来線を乗り継いで、3時間。
此処のホームに降り立ったのには、理由がある。
______双子の妹、純架を、純架を探す為に。
生き別れの双子の妹の事を捜し始めたのは、16歳になり
家庭教師のアルバイトを始めた頃だった。
資金源はアルバイトで貯めた貯金。
御影家は、純架の事はまるで、
タブーだと言わんばかりの様に、誰も何も教えてくれない。
ならば自分自身で調べるしかないのだと思い、
大人が闇に葬る双子の妹の存在を独自で追いかけ始めた。
キーパーソンは、循環器科のある病院。
心疾患で闘病している純架は、必ず其処にいる筈だ。
大人が純架の存在を消し忘れたとしても、
ずっと脳裏に霞んで思い浮かぶ心に留めた純架の面影は透架には消す事が出来ない。
(この世に生まれ落ちる前から一緒だった少女の事を)
駅のプラットホームを見詰めると、忌々しい記憶が佇む。
何故か10歳以前の記憶は、遥か彼方の闇に堕ちて思い出せない。
どう過ごしていたのさえ、透架には未知のものだ。
(…………私は、逃げている)
記憶に蓋をした。
どう足掻いても思い出せない記憶を闇に追いやったと、
自分自身が逃げた為に、としか透架は思えなかった。
脚が棒になろうとも、
思い当たる病院をメモ帳に記載し
病院を一軒一軒、1日かがりで訪ね回る。
毎回は結果は惨敗のまま帰宅するのだが諦めるという選択肢はない。
彼女のお詫びも、贖罪もまだ果たしていない。
それに医学を学んだ今の透架ならば、
少しばかり純架の抱えているものを飲み込む事が出来る。
純架に再会したとしたら、御影家から純架を離し、自身の元で面倒を賄える様になりたい。
そして、最終的には_____。
自分自身だけのうのうと生きていくつもりはないのだ。
それに純架がどんな環境下に敷かれているのかは分からなかった。
御影家の人間に何かされていないか、冷遇を受けていないか。
御影家は巧妙に、妹の存在を隠している。
心が折れそうな時もあったが諦める選択肢は殊更に無かった。
透架が自力で捜し始めて、3年が経過した冬の日。
それは大学入試を終えて、合否を待ち震えている最中だった。
ようやく純架の居場所を突き止めたのだ。
会堂大学病院。
それは昔、住んでいた生家から隣町にある小さな大学病院。
ナースステーションの看護師は透架を見た刹那に絶句していたものの、自身が訪ねてきた事は言わないで欲しいと釘を刺していた。
(………私は、貴女を傷付けた)
血眼になって純架の居場所を突き止めたのに、
いざというときに優柔不断で臆病になってしまう自分自身が嫌いだ。
不意に冷静になった時に、生き別れた双子の妹は、
自分自身の事をどう思っているのか気になって、足がすくんだ。
純架は、あの出来事をどう思い感じているのだろう。
双子の姉である自分自身の事は。
会いたくないのかも知れない。
会えばまた、あの出来事がフラッシュバックして苦しむのかも知れない。
妹に苦しみを与えたくない。苦しんで欲しくない。
(純架の居場所を、知れただけでいいじゃない。
これ以上、何を望むの)
人間、知らない事がいい方が良い事もある。
透架は自分自身にそう言い聞かせて、会堂大学病院の共有スペースの屋上の休憩所に足を運んだ。
見晴らしがとてもよい場所だった。
鮮やかな茜色の空が、眩しい程で、手を翳す。
優しい陽の光りが暖かさに冬の季節を忘れてしまう程に。
けれど。
(もうそろそろ、帰らないと)
最終列車の時刻が迫って来ている。
純架の居場所を知れただけでも良かったと、ようやく肩の荷が降りた様だった。
踵を返した時、透架は不意に立ち止まった。
「_____いい日頃ですね」
懐かしい声音。
不意に翳した手を下ろすと、透架は呆然と立ち尽くした。
セミロングの髪。温かな微笑みを讃えた柔らかな優しい横顔。
大人になった姿の純架が、其処にいた。
それへまるで冷たいモノクロームの世界観に、純架の居る場所だけが
本来の温かな色合いを灯しているみたいに。
時が止まったようだ。
けれども
カニューレタイプの酸素、
人工心肺、空気駆動装置コントローラーに繋がれている
双子の妹を見て彼女の置かれている現実を思い知った。
(私のせい)
(私があの時、呑気にしていなければ)
胸を締め付ける、あの日の記憶。
あの時の純架の姿が重なり、透架は無意識的に
自分自身を責めては軽蔑の眼差しを送る。
純架は様々な場に置かれているのに、
自分自身が普通に息をしている事を責めては、
あの日の自分自身を恨んだ。
(純架を傷付けたのは、私の重罪だ)




