第16狂・自身に流れる血
残酷・流血表記有り。
“夜は、感傷的になる”
脳裏で、いつか、誰かが言っていた台詞を思い出す。
御影家の大人達の為に作った部屋はお飾りでしかなくて、
澁谷家での本当の透架の部屋は、地下室の物置小屋だった。
闇しか佇まぬ、この部屋。
澁谷家から隔離された闇夜の箱庭に閉じ籠もり、
独りぼっちになってもこの館にいる限り気は抜けない。
闇夜が部屋を包む。
簡単なマットレスと、机。
ランタン型のランプは淡い茜色を灯す。
光がささない闇夜に、
マットレスに人形の様に無機質に横たわる。
この暗闇は透架の冷たい心を突き動かして、止めどない感傷が、溢れてくる。
半面がちな物憂げな双眸。
その瞳には生気はない。
今は御影家が求める子女の像。薫の世話を体現しなければ。
そしていつか、
医師になれるだろうか。
純架と再会し、彼女の助けになれるのか。
この時、今、純架はどう過ごしているのだろう?
闇夜に横たわると将来の不安と、純架の事ばかりが浮かぶ。
何処か息苦しく感じるのは、きっと気のせいじゃない。
いつもそうだ。この闇夜は
張り詰めていた糸が緩んで、無慈悲な不安へと誘う
透架の不安を見透かす様な灯りがゆらゆら、と揺れていた。
自身の描いた理想に生きれないのが、現実だ。
じっとして、茫然自失とする。
この身体も、この性格も、“御影透架”という人間が大嫌いだ。
憎たらしくて、恨めしくて、何処までも卑怯な女。
許せない。赦せない。
不意にランタンに、刃が映った。
無意識にあててみると、手首に白い肌に冷たい感情が伝う。
ただ見詰めていた。ぼんやりとした現実の輪郭とは違い
自身への明確な殺意。
伏せられた瞳、心は物憂げなまま、そのまま_______。
雨音が、鼓膜を揺さぶる。
痛みは感じない。
それは既に心が、生き絶えているせいか。
細い華奢な腕には深紅が伝い歩き、留めを知らないまま溢れている。
無意識に伏せた瞳でそのまま、腕に伝う深紅を舐め取ってみる。
(これが、罪ある者の血)
全てを壊し歯車を軋ませた男の血。
憎たらしい血が体に流れている、というだけで憎悪が走る。
そう思うと軽蔑にも似た感情を覚え、心が冷たくなっていく。
_____しかし、気付いた。けれどこれは。
瞳に生気はない。
けれども、瞳は少しばかり潤んでいた。
(この身体には、純架と同じ血が流れている)
一卵性双生児は、元々、一つの細胞。
純架と繋がっている証拠だと思い知らされた刹那的に、
透架は止めのない罪悪感に襲われた。
愛しい双子の妹の血、憎らしい父の血。………複雑な心境だった。
だが、
(…………いや、私も同罪だ)
不意に余儀った、あの記憶。
あの時の妹を抱えた時、
あの時の、鮮血の感触は昨日の様に覚えている。
(……純架は、傷付いたのに、どうして)
無傷ノママ、ノウノウト生キテイルノ?
夜は感傷的な気持ちに誘う。
けれどもこの純粋な血を穢した一因は自分自身にもあるのではないか。
愛しい双子の妹、
憎い父親の思いがぐちゃぐちゃになりながら
透架は自身を責めた後に、酷く軽蔑して、憎しみ抜いた。
切り裂いた腕を手拭いで巻いてから、
透架は茫然自失としてマットレスに横たわる。
何処かで自分自身を嘲笑う。乾いた笑いを浮かべた。
夜は眠れなくなってから、どれくらいの時が経つだろう。
軽蔑された眼差しも浴びるのも、この境遇も、全て当たり前。
将来を奪われた純架にとっては、こうして生きている事は
失礼で、贅沢な事なのかも知れない。
そう思うと
自分自身の心の中で、冷たい憎悪が沸き上がる。
自分自身を酷く軽蔑した感情で見詰めていた。
受けて当然の報いだ。
けれども、
こんな思いを抱いて不安がるのも、
こんな思いを馳せるのも純架には失礼で贅沢だと感じた。
孤独感の佇む澁谷家で、
皮肉にも透架の日課は読書だった。
物語の世界観に浸っている時だけは全てを忘れられる。
本だけは手放す気にはなれなかった。医学部志望だったのもあり、受験期には医師が登場する医療関係の小説をを意識して読んでいた。
御影家の使用人は、
月一度、透架の様子を見る為に訪れる。
澁谷薫が虐待していないか、
透架はどうしているかの様子観察である。
例え“曰く付き”の娘だとしても、
御影家の子女である事には変わらない。
御影家の末裔の片割れとして、有力視されている様だった。
御影家では、曰く付きとはいえ、
透架が優秀な才女だと認められつつある。
どれだけ酷い扱いを受け、罵詈雑言の毎日だとしても、
透架は薫を聖母の様に唄った。
今の生活が壊れるのも、薫からの風当たりが変わるのも
大人達の事情の事を荒立てるのは、面倒臭い。
この破天荒な養母に振り回されながらも、
自分自身のペースで過ごせている平和な今がいい。
それに、
(犯罪者の娘である、私がこれ以上の生活を望む事は
求めてはいけない罪なのだから____)
(身の程を弁えて、分不相応な生活を送ればよい)
御影家の人間も、薫も、宏霧も
透架が眠れない夜を過ごし、自傷に依存して生きている事は誰も知らない。
物語の構成上ですので
主人公の行為を助長する意図は全く御座いません。
またご気分を悪くされた方々、
大変、申し訳ございません。
重ねてお詫び申し上げます。




