第15狂・求める贖罪の為に
特待生であり続け、
成績優秀の才女と噂される逸材だった。
いつも成績は学年トップを守り続けていたのは、
薫の言い付けと御影家の人間達を失望されない為に。
利害の為に生きている屍と、自身で嘲笑う程に。
けれども自身の可愛い一人息子よりも
優秀な透架を薫はよく思っていなかった。
ある朝。
学校に向かう朝、玄関に仁王立ちしていたのは薫だった。
軽い挨拶を済まし顔を上げると、薫は不機嫌な面持ちを
している。
透架の髪を摘まむと
見定める様に、透架の顔立ちをまじまじと見詰める。
幼さの殻を置いてきぼりにして、美しく聡明な気品のある顔立ち。
その何処かで影を佇ませる薄幸な面持ち。
女性として同等の立場として
彼女を見てしまうが故に薫にとって透架の成長は、恨めしい。
その真っ直ぐな黒髪も
学校校指定のセーラー服が、彼女の清楚さを連想させる。
容姿端麗、品行方正の才女として育つ透架を見る度に、
薫は、ハンカチを噛んで引き千切るばかりだ。
宏霧に対しては感情的に教育ママとしての一面を覗かせる。
誰よりも感情的な彼女は、
自身の可愛い一人息子よりも犯罪者の娘の方が
秀でているのは認めたくない現実で、屈辱的で、許せなかった。
「また100点を取って!!」
広いリビングに渇いた音が残響する。
高得点を取って怒られる、というのはあまり聞いた事がないが、
薫にとって見下し続け、軽蔑の眼差しを向ける透架が、
宏霧より優秀である事は自身の気高いプライドをへし折られ続けた。
透架とは違い、
宏霧はどれだけ赤点をとっても、我が子の事は褒めている。
そして労る様に抱き締め、媚びた声音で此方を睨む。
「宏霧ちゃん。可哀想に……屈辱的よね。
あんな邪魔者がいるから」
薫は女としても、宏霧に勝っている透架を敵視するが
透架にはどうでも良かった。
一度抱いた目標を現実化する為には、今を耐えないといけない。
若い頃の苦労は勝手でもしろ、という言葉を心に抱いて奮い立たせた。
(将来、医師になって、
純架の助けになる。ただ、それだけ)
渇望した心に、一筋だけ潤った雨粒。
利害関係人として薫とは生きて共存しているつもりだ。
国家資格取得のその時まで静かに待つ。今は耐えればいいのだ。
『気味が悪い子。まるで、機械みたいな子。
人間味もないし、ただ気持ち悪いわ。人の心もなさそう
流石 犯罪者の娘、曰く付きの娘』
そう言ってウィスキーを煽り、煙草の数は増す。
白かった筈の天井はいつしかヤニに、黄ばんでいた。
(私は、そんな事を言われて当然の立場だ)
(抗うな。忠実に生きるのが、私の役目だ)
薫の嫌味を耳にする度に、
そんな不滅の感情が心から沸き上がる。
犯罪者の娘だから、曰く付きの娘だからと突然の受け入れた。
反故する気にもなれない。
その度に自身が背負った十字架を思い知らされるのだ。
純架を傷付けたのは、紛れもない自分自身なのだと。
それに純架への贖罪を果たす為には、この澁谷家に執着しないといけないという思いも分かっている。
国家資格、医師免許。
透架が、純架への贖罪の為に求めているもの。
人間関係を省けば、それらが取得出来る事は約束されている。
(純架への贖罪への対価は、安易過ぎる。
もっと私は傷付いてしまえばいい。……取り返しの付かない程に。
それが私に下されるべき罪なの)
法が裁いてくれなくとも、
自分自身が鬼となり、自身に裁きを下せばいい。
純架は苦しみの中にいる。それに値するものを……。
嫌味を含み、透架を妬みながら薫の嫌味は、度を増す。
透架が相手にしないのも面白くないのだろう。
心動かされる事も疲れて、
涙腺すら遮断してしまう程に。
心を殺せばもう何者にも振り回されず、自分自身の信念だけを置き去りにして、感情を追い出してしまえばいい。
(純架の助けになる事以外ならば、もうどうでもいいの)
穢れた大人も、御影家の事も、澁谷家の事も考えたくない。
だから信念と双子の妹の事しか脳裏に置かない。
そうすれば少しばかり生きやすくならないだろうか。
ショートカットの眼鏡をかけ、いつもおどおどしていて
薫が下す透架への仕打ちも口を挟めない程に、傍観視していた。
薫に敵わないというのが正解で、
薫が敵視する透架に関わりを持っては反感を買うだけだと、悟っている。
だから、現に何も言わなかった。
でも、ある時に、宏霧が、呟いた事がある。
「シンデレラ、みたいだ」
薫が撒き散らしたグラスの破片を片付けている時、宏霧はそう呟いた。
御伽話のシンデレラ。
けれども自分自身はそんな綺麗な人間じゃない。
双子の妹を貶めた、最低最悪な女。
人を傷付けておきながら
何事もなかった様に過ごしている、
どうしようもない、裁く事も出来ない、罪深き女。




