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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
封じられた過去____form“透架”
14/29

第12狂・御影の娘

3話程、(集中的に) 透架の過去編となります。





あの悪夢の

次に目を覚ましたのは、和風の世界だった。

緑々とした畳、鮮やかな襖。そして布団に横たわる自分自身。



「目が覚めたかね?」


その一言で、一気に現実に戻される。

視線だけ向けると袴姿の見知らぬ男性が此方を見ている。

厳しい面持ちは、何処か威厳のある面持ち。年は50代半ばくらい。



あの出来事は夢だったのだろうか。

純架は? と問いかけたかったが、上手く声が紡げない。

喉元に手を当てながら、透架は傍らに正座している男に視線を向けた。



「_____麗香に似ているな」

「______…………」


麗香は、母親だ。

理恵もどうしているのだろう。

全て喉元まで止まった言葉達は、透架に思考回路の疑問ばかり出てくる。


透架の傍にいた男性は、硬く頷くとそのまま告げる。


「己の身の程というものは、知っておくべきだ」



母は、御影家の期待の子女だったという。

御影は母親・理恵の実家であり、御影家は地元の地主であり名士だという。

母の素性を、母の生家というものを初めて思い知った。



その娘は、

大人を失望させぬように、振る舞い続ける。

だから透架も試された。御影家に似合う子女かどうか。

テストと表して、透架は立ち振る舞いや礼儀、マナー等を叩き込まれた。


黒子の様な、スーツ姿の大人は、

透架を軽蔑し嘲笑うかの様な軽薄な眼差しで見続ける。


大人が待つもの、求めるものを体現しなければ。

純架が傷付かぬ様に済むなら、幾らだって我慢する。


“御影家の娘なら、こうあるべき”

“御影家の娘として相応しい振る舞いを“


「物覚えが良さそうだ。

御影家の娘として相応しい振る舞いをする様に、ではなく

御影家の娘として生まれ落ちたからには、

貴様は御影家に尽くすべきなのだ」


嗚呼。

母親は何処か影を感じさせる儚げな人だった。

彼女は何処か自棄的だった。今、思い返せば、

何処か影がある人である理由を、解ってきた。




(やが)て呼吸する様に

大人の表情を機敏に感じ取る様になった。

この人達が求めるのは、

御影家の子女・娘としての相応しい振る舞いと存在。

それ以外は本当に何も要らない。どうでもよいのだ。


(この人達の言う通りにしていれば、純架に害は及ばない)


それに反比例する様に、透架の感性や感情は、

静かに心から溢れ落ちていき、自分自身を見失っていた。





「いいか。“御影透架”。それが、君の名前だ。

御影家の子女として相応しい振る舞いとすること。いいな。

それ以外に(うつつ)を抜かすな。双子の妹の事も忘れなさい」



両肩を激しく掴み、威厳ある言葉で、そう宣告した。

少女を底無しの絶望の縁に突き落とした男。


「………はい」


その少女は人形の様だった。

微動打もせず、瞳にも生きる力を感じられず、何処か物憂げなもの。


(______もう、誰も信じられない)


心に佇む闇が、

心を腐食し、感情を奪っていて、

この頃の透架は、もう何も感じなくなっていた。

心はどんどん熱を失い氷の様に凍り付き浸食してゆく。


あの時、目覚めた時に、身の程を知れ、と宣告された。

それはまだ幼げな少女にとって冷酷と夢から現実に引き()り下ろすには、十分過ぎる薬。



_____お前の父親は、犯罪者となった。妹を殺めようとしたんだ。

______犯罪者の娘として、曰く付きの娘として、それ相応に生きなさい。


父親は犯罪者となって、逮捕された。

犯罪者の娘、曰く付きの娘……幼心に刻まれた現実は

少女の心から感性を奪い、人格を奪い削ぎ落としてゆく。


ただ、父親の事等、どうでもよい。


純架は、双子の妹は。


____君の片割れは、重度の心疾患を発病した。

病院の鳥籠から出られないだろうな。


(_____私のせいだ)



足許から何かが崩れていく感覚。

あの時、もっと警戒心を抱いていたら。

庇われても彼女が傷付かないように、出来ていたら。


全部、自分自身のせい。

あの時、自分自身が殺められ潔く消えた方が良かった。

だったら純架は傷付かずに済んだというのに。

頭の中は次第に後悔、懺悔、自責に苛まれていく。


(私が生き残っても、意味なんてない)

(ただ大切な人を傷付けただけだ)


自分自身も

あの男と等しいくらいの、ナイフを持っていた。


御影家の人間達の白い目。蔑む様な、軽蔑する様な。

そうなって当たり前だと透架は視線を伏せながら俯く。



(どうして、私が生き残ってしまったの)


そう思うと、

心臓が鷲掴みされ、締め付けられる感覚に陥る。

そして同時に余儀ったのは、父に対する、深い嫌悪感と憎しみ。

純架を傷付けて、自分自身はのうのうと息をしている。

奴はどう思っている? 何を思って、息をしているのか。



(…………許さない。貴方を)




平和で心優しい日々を壊したのは、あの男。

正気を喪わなければ、起こる事のなかった悲劇。

純架が苦しむ事も、母が悲観の末に己から消える事を選ぶ事はなかっただろう?


(私は全て壊されて、奪われた)


そう思う事は贅沢なのだろうか。

父親への憎しみを抱く事すら、

自分自身には赦されない気がしてもどかしい。

ただ透架の中にあるのは、父親への憎しみ、

そして、双子の妹への取り返しの付かない懺悔。



(私が生き残ったばかりに、純架を苦しめる形に為ってしまった)

(________ごめんなさい)








「いくら御影の娘とはいえ、“曰く付き”の娘を、

由緒正しき御影に置いて置く訳にはいかない」

「御影家が穢れてしまいますわ」


御影家の人間達の白い目。蔑む様な、軽蔑する様な。

そうなって当たり前だと透架は視線を伏せながら俯く。




子供だから分からない。だから何も言っても構わない。

そう思い込んでいるのは大人だけで、

子供には意外にも過敏に感情を見透かしている。

ちゃんと少女の心には届いていた。____言葉のナイフとして。


そんな罪の擦り付け合い。

曰く付きの娘を、早く御影家から追い出してしまいたい。

そんな御影の大人達が出した結果。






「その子が、透架ちゃん、ですか」


御影家と懇意に交流している

澁谷家へ引き取られたのは間もなくの事だ。

澁谷 薫は、医師の夫に先立たれた未亡人の女だった。


「ああ、そうだ」

「まあ、御影家のお嬢様の養育という機会を与えられた事は光栄です」


薫は明るく告げる。

明るいトーンのショートカット、

上品の雰囲気、はきはきとした女性だった。

その微笑みに癖がある、と思ったのはきっと気のせいだろう。




少女を絶望へ突き落とした男は、かがんで、

少女の両肩を掴み目線を合わすと静かに告げた。


「“御影の子女”としての意識を失わぬように、振る舞いなさい。

それが君が御影家に対して出来る唯一の償いだ。

我々を失望させぬ様に。………分かったな。御影 透架」

「………はい」


もう、自分自身は、篠宮透架ではない。

______御影透架だ。


(……………私なんて、もうどうなってしまっても、いい)


か細く、透架は頷いた。

罪ある者の娘。それらは闇に葬った上で生きるのだ。

あくまでも御影家の子女・御影透架として。


それよりも、

純架を傷付けた十字架が、

透架の背中に張り付いていた。






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