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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
20年後
12/29

第10狂・秘密を握る青年





その年の学級教師は、たった一人。

男性教諭、だと聞いて純架は後ろ向きに思っていた。

あの日の悪夢の影響を思い出せば自分自身は、

自分自身が正気で居られなくなる事も承知だったからだ。


自分自身が、男性恐怖症だと自覚を覚えている以上

相手に迷惑をかけるかも知れないという事は目に見えている。


名前は、高梨玲緒という青年。

院内学級に通う事は諦めよう、と思っていたのだが

その高梨玲緒という青年から直筆で届けられた手紙には、目を疑う者だった。




『純架さんに伝えないといけない事がある。

透架さん、君の双子のお姉さんに関する事だ』


双子の姉、というワードに

釣られそうになったけれど、きっと出任せに決まっている。

だって、透架の行方も消息を牛耳っているのは、御影家だ。

こんな青年が双子の姉の事を知っている訳も理由も何処にもない。


(…………疑心暗鬼させて、釣ろうって?)


大人は嘘を付きたがるから、

きっと。こんなの嘘だと相手にしなかった。

勉強なら御影家の後見人としてたまに訪れるあの女性に頼めばいい。


けれども、疑心暗鬼に思う。

純架が一卵性双生児である事、姉である透架という、

あまりない名前を知っている事が脳裏に引っ掛かったのだ。


(怖いけれど、聞きたい)

(あなたが、私達にとって、嘘ではない何かを知っているのか)




何故、純架を、

純架の双子の姉がいて、名前を透架だと知っている?


「新田先生、高梨先生と話をさせて下さい」

「………え、でも……」

「………はい。解っています。もしも発作を起こしたら

ナースコールを押すので」

「………大丈夫?」


心配そうな面持ちで新田は見詰めてくる。

大丈夫と言われて、純架は何も返せなかった。


(_____正気で居られる保証がないから)


けれども双子の姉の消息を辿れないまま、

疑心暗鬼になって疑い続けてしまうのも疲れてしまう。

姉の名前まで知っているのなら、青年は何かを持っているのではないか。


当日、スライドドアの前に

青年は立って貰う形で対面する事となった。

現れた刹那に動悸がして、恐怖心を拭えないまま、視線を持たせる。

そんな震えている時間に対して、柔く頬をほころばせると

両手を上げた。



「何も持っていない。何処にでもいる普通の人だ。

………そうだな。落ち着くまで待っているから」


青年は、その穏やかな雰囲気が印象的だったが

端正な面持ちに落としている影が、

なんとも言えなかった。


恐怖心をアラームの様に告げる、

心臓の動悸の存在感に苦しみながら思う。


(やっぱり、会うべきではなかった。

………透架の事で、私の興味を引いたのでしょう?)


(私が馬鹿みたいに姉を恋しがるから、それを利用したの?)


「………何故、透架を知っているの?」

「………覚えていないのかい?」


姉妹共に救急搬送されたんだよ、と聞いて絶句した。


「純架さん、君は身体的なダメージを、

透架さんは心身的なダメージを追っていた。記憶が欠落していたんだ。君は心臓が、彼女は心が不安定だった」


(透架も、救急搬送されていた? ………一緒にいた?)



そんなの初耳だった。記憶喪失になっている事は

あの御影家からの後見人の女性に教えられていたのだけれど。


その言葉は、心臓の動悸を上回る程の衝撃だった。

透架もこの病院に運ばれたという。……だが。


「ある日、何もかもなくなっていたんだ。

透架ちゃんの存在ごと、何もかも。誘拐って……解るかな。

透架ちゃんは、誰かに拐われたんだ」


透架も純架と一緒に救急搬送された。

理由は、重なる様に倒れ伏せていた事

服にも鮮血が着いていた事から彼女も負傷したのでは、という先入観によってだ。


透架は無事だったが、

彼女の取り乱しようは半端なものではなく、

その記憶が欠落している点でも、心理的な治療が必要だと判断された。


「………なぜ、それを、………知っているんですか?」


「嗚呼、僕の身分を明かすのを忘れたね。

僕は高梨玲緒。新田先生が心臓を見るお医者さんなら

僕は心を見るお医者さんなんだ」


ある日、透架の病室は、もぬけの殻になっていた。

病院の付近を捜索してもいなかった事から

隙を見て誘拐されたのだと気付いた時には、皆、凍り着いた。


(………透架と、一緒にいた?)


____貴女達のせいだ。

____貴女達さえ居なければ。

____元凶である自身が解っている筈だ。



(まさか、あの人が……)


大人は欲望の為ならば、

何処までも残酷になれる生き物だ。

御影家の後見人と名乗った女性が、透架を拐ったのか。


御影家が、純架から、双子の姉を奪ったというのか。

噛み砕いて飲み込んだ事情に、

大人の思惑に対して気分が悪くなる。


(………なら、私は?

あの人は私から大切なものを奪っていくぱかり)


御影家は自棄に透架を恨み、憎しみを抱いていると思った。

自分自身は父親のナイフによって傷付いた、と思われて同情を買われているのだろうか。

父親によって形を違えど、姉妹は同等に傷付いたというのに。


純架を孤独に置きたがるのは、

ある意味、御影の復讐なのかも知れない。


(大人は身勝手で、欲望に満ちた自己満足的な人間ばかりだ)


目の奥が熱くなる。

全て奪われていく。御影家によって。


透架はどうしているのだろう?

目を擦り、(ようや)く青年の方に向いて、目を合わせた。



「………何故、私に近付くんですか?」

「皆、透架ちゃんを守れなかった事を悔いている。

だから皆、純架ちゃんの事を守りたいと思っているんだ。

だから。たまに此処に来ていいかな?」


その刹那的な漆黒の瞳の奥には、闇を潜んでいる。

それは悲壮感にも受け取れたのは気のせいだろうか。


院内学級を責任者、心療内科医の青年はそう告げた。




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