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ナズナの十字架  作者: 天崎 栞
20年後
10/29

第8狂・十字架の行方、絶望の中での軸




(あれは、夢だったのだろうか)


窓から見える景色を見詰めながら、純架はぼんやりとする。



あの夜。

意識朦朧としていた時、現れたのは確かに双子の姉だった。

忘れず筈がない。昔も今も、姉の存在に焦がれている。

あの時に見た。自分自身と同じ顔。白衣を纏っていた。


けれども遠退く意識の果ては

思考がぼやけて記憶が酷く曖昧になり、酷く確証が取れない。


「はい。バイタルも平日運転ね」

「………ありがとうございます」


補助人工心臓のケアが終わり、

主治医である智恵は純架に微笑んだ。

主治医の欄には【賀川智恵】と記載されている。

けれども自身を苦しめたあの青年は、

“透架が主治医”だと豪語していた。


(…………どうなっているの?)


ただ、

あの青年が口にした『透架が主治医』だというなら

彼女は医師となりこの病院にいるという事になる。

世の中は案外、広くて狭い。


透架は、すぐ其処にいるだろうか。


「………あの、」

「………どうかしたの?」

「賀川先生は、御影透架、という方、知らないですか………」


「御影、透架………?」


純架の問いに智恵は首を傾けた。

透架の言葉が脳裏に余儀った。“存在を悟られてはならない”と。

顎許に手を遣り考える素振りを見せてから首を横に振った。



「知らないですね……。

病院の先生方にそう名前の方もいらっしゃないですし。

『御影』って、もしかして純架さんのお知り合いかしら?」

「……あ。はい。

もしかしたら……と。変な事を聞いてすみません」

「いいの。此方こそごめんなさいね。お役に立てなくて」


智恵は、純架の言葉・表情が心に刺が刺さる。

真っ赤な嘘を付いている事に胸が痛む。

問わなくても純架が、双子の姉を恋しがっている事は

その声音・仕草で悟ってしまったからだ。


(こんな純粋な妹ちゃんの気持ちを、

無下にしている透架はある意味での罪人なのかも知れない)




「純架さんは、その方にお会いした事があるの?」

「まあ……はい」


御影家から姉の事は言うな、と言われてきた。

だから姉妹の存在を悟られてはいけないのだけれど。

曖昧な返事をして濁した。










「純架、待ってよ」

「……………」


子供らしい無邪気な表情を浮かべた妹の笑顔を(よぎ)る。

その刹那的、硝子にヒビが入り、あの日の悪夢が呼び起こされた。

鮮血に染まりぐったりと腕の中で倒れた妹の、弱々しい表情。


____灯りもない、夜の光りに包まれた部屋。



この世界が、自分自身に目に移るものが、

全てモノクロームかつスローモーションに

移り始めたのはいつからだっただろう。



「……………」


両手を組み合わせ、頬杖を付く。

透架はやや怪訝な顔付きをしたまま、動かない。

あの時、やむを得ない状況とはいえ、純架に名前に呼ばれていた。


10年ぶりに再会した、妹はあの頃のままだった。

この麻痺し感性を喪い、荒み切った心を持つ自身とは心を持つ大違いな程に。

自身の心は砂漠の様に荒れ枯れきり、厳冬の様に凍り付いた。



きっと今、純架が、自身を見たら絶句する筈だ。

けれど、もう。


(…………もうあの頃には、戻れない)


純架に自身の存在を悟られてはいけない。

双子の妹の贖罪の為に生きる(しかばね)でいい。



透架の心に潜み息をしている、サイバーズギルド。

自分自身だけ罪を忘れて、自由に生き歩いて筈がない。


(もっと苦しめ、傷め、壊れろ)


目を閉じて闇に溶け込むと呪文の様に言葉が(よぎ)る。


純架に自身の存在を悟られてはいけない。

双子の妹の贖罪の為に生きる(しかばね)でいい。


感性を受け取める事は、罪なのだ。

傷付いた妹への贖罪を果たすまで、生ける屍として息を続ける。

それ以外は赦されない。



“純架ちゃん。透架って解っていなかったみたい。

存在は悟られていないと思って大丈夫だと思う”

“………ありがとう。解った。ごめんなさい”




双子の姉だと、御影透架なのだと

存在感を悟られぬよう、終着駅に辿り着くのを待つだけだ。

もうすぐ時は来る。

祈りを捧げる様に透架は目を閉じ続ける。



(………純架に会わぬまま、存在感を悟られぬまま、

人生を終えたい)



もし、自身を客観的な人間となれるのなら、

誰の人格を殺せるとしたら、

透架は間違いなく自分自身を殺めるだろう。

自分自身の存在が、御影透架という人間が、存在が、許せない。

薄くなりつつも存在感を示す腕の自傷の痕をなぞって瞳を伏せる。






双子の妹にあれだけ(むご)い現実を与えて、

自分自身は逃げているのだから。


贖罪____それが、十字架と言うのなら、潔く受け入れる。

自分自身への憎悪が、歳を重ねる事に増していく。

許せない。赦せない。恨めしい。憎らしい。

______穢らわしい。


輪廻のように、その感情が(めぐ)(めぐ)る。

机に置いていたもの___封書。透架はを開けた。


“御影透架 (ミカゲ トウカ) 検査結果 : 異常なし”


月1ヶ月の健康診断。

検査結果が似た様な数値が、変わらず並んでいる。

自分自身が下手な真似をさえせず、これらを維持していればいい。

検査結果を見詰めた後、心に安堵感を下ろした。



(____贖罪に必要な材料は、抜かりなく点検しなければ)


透架は、微笑する。

自分自身の贖罪と言われれば、こうするしか道を残されている。

唯一の贖罪とやるせない感情が、消える日もそんなに長く続かない。

絶望の闇の中で唯一、見つけた贖罪という光は、


いつしか透架が執着するものとなって、

それが、自身の終着点だと今では絶望した

透架にとっての唯一の生きる糧となっている。



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