3話
長谷部大学付属長谷部高等学校。
これが俺たちの通っている高校の名前だ。
でも普通の学校じゃない。
と、言うのもうちの学校は小学校から大学まで一緒になっている巨大な学校だからだ。ちなみに大学は小中高と一緒の敷地にあるものとは他にキャンパスがあったりする。
これほど多くの生徒を抱えているのだから有名人の一人や二人いたっておかしくはない。それどころか学校側が個々の才能開花に力を入れているから、昨日までは自分と同じ能無しだと思っていた前の席の友達がある日突然才能を開花させていることもある。その上、国からの学徒支援もありこの学校に通う生徒すべては学費が免除されているというのだから一般家庭の生徒には申し分ない学校といえるだろう。
察しのいい人はもう気付いているだろう。そう、今自分と同じ部屋でオカルト話をしていたノックもその才に目覚めた一人だ。
「いやいやいや。さすがに会いに行くとか気が引ける。というかファンじゃない俺がいくのはその先輩にも失礼だわ」
「そうかな」
「そうだろ。てか、こんな身近にまさにオカルト! みたいな存在がいるのにノックの方が会いたいんじゃないのか?」
ノックは少し考えると立ち上がり部屋を出た。ついていくとドアに〈入るな〉と書かれている部屋に着いた。
俺は一度だけこの部屋に入ったことがある。その部屋は普通の民家には不釣り合いでまるで異界にいる気分になる部屋。
「理由は全くわからないけど違和感があるんだよね。何で全てのアンドロイドが対象じゃないのかとかね」
気付いていたのか。まぁそりゃあそうか。だってお前は……。
ノックはドアノブを握ってドアを開く。
するとそこには広めの部屋のほとんどを埋め尽くすほどの金属の塊がそこにあった。
「久々に見たよこの部屋。お前の趣味部屋という名のスーパーコンピューター室」
彼は本来ならば俺みたいな普通のやつと関わることさえないほど常軌を逸した才能の持ち主。世間では彼のような存在を天才と呼ぶのだろう。
「そんなたいそうなものじゃないって前にも言っただろ?」
「こんなの一人で作ったやつがよく言う。まさに天才だな」
「天才なんかじゃないよ。材料はたまたま両親が用意してくれたからだし、操作も僕だけで動かしているわけじゃない」
「は? どうゆうこと?」
「見てればわかるよ」
実を言うと部屋に入ったことはあってもこれが起動しているところは見たことがない。だから少しわくわくした気持ちでその時を待った。
ノックは入ってすぐにある椅子に座ると足元にあるボタンを押した。
すると徐々に起動音が大きくなっていくと同時に何枚もあるモニターが明るくなっていき、しばらくすると画面に円のマークがあらわれ、動き始めたと思うと音が出始めた。
『あ、あー。聞こえますでしょうか。マスターの端末に同調、接続します』
「え? 何この声」
「後で説明するからもうちょっと待って」
驚く俺を待たせると、コンタクトデバイスがコンピューターと接続したのかノックの瞳の色が黒から青色に変わる。
「え、えっと。わ、ワルキューレ。接続は無事完了したよ。早速だけど作業に入りたいんだけどいいかな?」
『わー! 久々のマスターの声だー!』
「えっと。ワルキューレ?」
『お久しいですねマスター。 私というものがありながらどこで何していたのですか? 女の子を何年も放っておくなんてひどいです。しくしく』
「ごめん。でも定期的にメンテナンスとかはしていたし……」
『そうゆう問題じゃありません! まったく。マスターはまだ乙女心を理解していないのですね。だからむっつりスケベになるのです』
そのワルキューレなる者のよってノックは頭を抱えた。
そして俺は状況が把握できずに困惑したが、ノックがむっつりスケベなことだけは理解できたので、頭の中にメモしておこうと思う。
今度学校でいじってやろう。
「それで? この音声の主は何なんだ?」
ノックはため息をついてから話し出した。
「彼女の名前はワルキューレ。僕が作った人工知能だよ」
「作ったってほんとに? 人工知能って個人で作れるものなのか?」
「まぁ両親が特殊だから」
親が特殊だからと言って作れるものだろうか。
そんなの無理に決まってる。やはりノックが才能に恵まれているからだろう。
だからと言って俺はノックを妬まない。
だってこんな天才と長年一緒にいるのだから、自分が一生かけてもノックに追いつけない凡才であることに気づかないわけがない。
つまり俺は学校の力をもってしても才能の見つからなかった能無し。だから俺はせめて普通であろうと自虐ネタのように自分のことを凡才と言うのだ。
「そういえばノックの両親ってなんの仕事してんだ?」
「口外しないって約束してくれるなら言う」
「しないしない。てか、そんなに話したくないなら話さなくていいよ。何も訊かなかったことにするから」
俺がそう言うとノックは俺の方に振り返ると首を横に振る。
「し、親友のソルにはあんまり隠し事したくないから……」
「お、お前……」
恥ずかしそうにするノックを見て、本当なら感謝の言葉を告げるべきなのだろうが、ついつい笑いが込みあげ、必死に笑わないようにこらえる。
「くくっ。ノック。お、お前……くっ。何言ってんだよ」
「ソル。流石にその笑いのこらえ方じゃわかるし、傷つくよ……」
「ごめん、ごめんって。笑ってすまなかったと心から思ってる」
深呼吸をして、笑いをどうにか落ち着かせることを試みる。
「本当に?」
ノックはこちらをうかがうようにじっと目を見つめてくる。
「ほ、ほんと……だよ?」
「なんで疑問文になっているの? というかそもそもまた笑ってるし」
「それはお前が見つめてくるからだろうが。俺はにらめっこで相手と目を合わせているだけで笑っちゃうタイプなの!」
「そんなことあるの?」
「あるわ! これのせいで先生に怒られたとき二度怒られるんだよ」
「あー。確かにそんなこと昔あったようななかったような」
「いやあるから。めちゃめちゃあるから。中学のあの時だって――――」
『話、脱線しすぎではないですか? マスター』
話の途中だったが、またあの声がしゃべりだし、話が途切れた。
『青春するのは結構ですが、BLみたいなこと混ぜながら話さないでくださいよ』
「BLじゃねぇから!」
「ソル、BLってなに?」
「ノックは一生知らなくていい」
こうゆう時ノックが純粋だってこと思い知らされるんだよな。
というか何なんだこのAIは。作った本人も知らない言葉も知ってやがる。久々って言ってたし、もしかしてこのAIの本体ってネットの中にあんのか? そしたらノックが知らない言葉を知っててもおかしくはないけど。
「ごめんワルキューレ。もうちょっとだけソルと話をさせてくれないかな」
ワルキューレはノックの言葉を受けて静かになり、その間にノックは話の続きを話し出す。
「僕の父親はうちの学校の校長で、母親はAIの研究者なんだ」
おっと。予想以上にハイスペックな両親来たな。これは今日からノックに足向けて寝られないかもな。
「なるほどね。だから作れたわけか……ってそれ、情報流出じゃないの?」
「流石に最新のものは教えてくれないよ。最低限のAIについての知識を教えてもらっただけ。それを僕が一部工夫したりして出来上がったのがこのワルキューレだよ」
「へー。名前の由来は?」
「それは……」
「それは?」
「若気の至りといいますか……」
ああ。なるほど。
俺は全力で察した。
いや別に俺は思春期にみられるイタいことを考えてしまうあれのこととは言っていない。言ってないから!
ノックは話し終わるとモニターに体を向けて、ワルキューレに何か指示し始める。
そういえば、ノックがここに来た理由ってなんだ? さっきの感じだと超能力者と関係してるのは確かだろうけど、何がしたいのかわからない。
また少し待ったらまた説明してくれるのかと思い、待ってみたがこちらには見向きもしない。
何この状況。
いつもは温厚な俺だがこれにはさすがに痺れを切らす。
「おい、ノック。いつものことだが説明が足りねぇんだよ。今ワルキューレで何やってんのか説明してくれ。こんな素直に待てしてんのは犬と俺ぐらいだぞ」
言った後でもう遅いのはわかっているが、自分は何を言っているのだろうか。犬ってなんだよ。要らない一言言ってんじゃねぇよ俺。
「ああごめん。今はワルキューレにさっき言ってた超能力者の情報収集と、その能力を科学的に証明できないか検証を頼んでいるんだよ」
マジか。スルーされたらされたで傷つくんだよな。ノックは気づいてもないみたいだけど。ってあれ。もしかして俺がおかしいのか? ノック以外に仲のいい人いないからわからねぇや。
「でも集まるには時間かかりそう」
「じゃあノックは何してたんだ?」
「集まった情報の整理だよ。今日中には終わらないだろうから、今日は帰ったほうがいいと思うよ」
「了解。ちなみに何パーセントくらいなの?」
「情報集めだからわかんないけど、検証に使う情報ならまだ一割にも満たないくらいじゃないかな」
「なら帰ったほうがいいか」
俺は部屋の扉を開く。
するとノックは無言で振り向き、小さく手を振ったので俺も振り返した。
「また明日な」
そう言って俺はノックの家を出た。
外はすっかり暗くなり、街灯が道に明かりをともしていた。
ノックの家は俺の通学路上にあるためわざわざUターンしなくていいというのは気持ち的に楽だ。
行きたくないというわけではないが通学路上にあるだけでかなり行きやすい。
例えば学校行事で疲れたが友達の家で打ち上げがあったとする。
その打ち上げ会場が帰宅途中になかったらいつもよりその分余計に歩く羽目になるのだ。一方で帰宅途中にあれば家までの距離を短縮し、余計な体力を使わずにその分楽しめるのだ。
なら後者のほうが良いに決まってる。
この気持ち、体力のいつも有り余っている小学生じゃなければわかってくれる人は多いはず。
それに常に時間に追われる現代人ならなおさらだろう……俺はまだ学生だけど……。
裏通りの道をまっすぐ歩いていく。
すると次第に家から一番近いコンビニが見えてくるから、ここでコンビニとは逆の左に進路を変える。この曲がり角から二軒先に行くと三角形に区切られた区画が見えてくる。その三角形の中に俺の家はあった。
「今日はメグ、先に帰ってんのか?」
メグとは二つ歳の離れた俺の妹だ。
両親は共働きで、家にいないこともしばしば。なので妹には帰りが遅くなる時は連絡を入れろと言っているのにもかかわらず現在進行形で二年も連絡を受けた覚えがないのだからもうあきれるしかない。
「もうちょっと兄に対して敬意を――――」
独り言を言いながら家の二軒隣まで来ると俺の足は止まった。
誰かに止められたからでも、ありえないが時間が止まったからでもない。
俺は自分の意志で足を止めたのだ。
理由?
それは家の前にパンツスーツを着た知らない女性が家のほうを向いて立っているからだった。
こんにちは、深沼バルキです。
ワルキューレのイメージに一番近いのははスマホのSiriでしょうか。彼女はネットなどの情報系サポートAiなので作業を手伝ってくれるイメージですね。
ここまで読んでいただきありがとうございました。