21話
たとえ仮にそこが帰る場所であったとしてもこの環境にすぐに慣れることのできる人間は世界に少ないのだろう。
所有地すべてを囲う大きな塀にたいそう立派な門。その割には監視カメラで人を認識し、スキャンしてこの家の住人ならオートで門が静かに両開きで開く。中に入ると芝生が一面に敷かれた庭があり、それを半分にしている道を辿って視線を上げると、大きな家、というより屋敷があった。
「おかえりなさいませ。正善様、加藤 アヤト様」
「ただいま帰りました。早知さん」
正善はメイド姿の専属メイドの成瀬 早知さんに鞄を渡した。
ちなみに俺は慣れなくて自分で持っている。
「慣れないか?」
「うん。やっぱまだ気恥ずかしくて」
「まあこれから慣れていけばいいよ」
「ありがとう。ところで気になることがあるんだけど……いい?」
「何?」
「ここってたくさん使用人見かけるけど、どうしてみんなメイドなのかなと思いまして」
「ああ。それは――」
「――それはご趣味でございます」
早知さんが無理やり会話に入ってきて正善も少し驚いていた。
「正善様の御父様。守彦様は何でも昔、メイド喫茶が好きだったそうで、それでわたしたち使用人をお雇いになる際にミンナメイドニスレバイイノデハ? と、お思い付きになり今に至ります」
「ちょっと父さんのこと今いじった?」
「滅相もございません。そんなことわたしにはできません」
「本当は?」
「本当も何も、していませんので」
メイド喫茶? というものはわからないが、正善と早知さんが言い合っているうちに俺は屋敷に向かって道に沿って歩き出す。
これほど大きい庭なのだから庭園でもすればいいのにと思ったが、この事を早知さんら使用人さんたちに聞かれたらキレられそうだったためなかったことにした。
屋敷に着き、扉を開くと見た目通りの和製洋館風の玄関があり、そこにはまた別のメイドさんが待っていた。
「おかえりなさいませ。アヤト様」
金は人を呼び、人は財を成すのだろう。
門、庭、屋敷に使用人と連続で出てきたこの光景を見るたびそう考えてしまう。
「ただいまです」
すると奥から一人の大きな男性が赤いエプロンをつけたままやって来た。
「やーやー! アヤト君お帰り。お菓子作ったんだけど食べる?」
このガタイがよくて高身長なのに趣味の欄にお菓子作りと書いていそうなこのメルヘンな人が正善の父、高瀬守彦さんだ。
使用人さんたちから聞いた話によると、株をやってお金を稼いでいるらしいが本人は自分のことをヒモだと言っているし、遊んでいるところしかまだ見たことがないため、まだどっちが本当なのか分からない。
俺個人としては雰囲気的にヒモだと思うことにしている。
「昨日はクッキーでしたよね。今日は何作ったんですか?」
「マカロンだ! どう? かわいいだろう?」
難易度急に高くない? というかマカロンって作れるんだ……。
「え、ええ。とてもかわいいと思いますよ。部屋に荷物を置いたら食べに行きますね」
そう言うと守彦さんは背を向けたが、すぐに体をこちらに向き直す。
「どうしたんですか?」
「言い忘れていたことが一つあったのを思い出した。昨日言ってたあの件のことで、もう部屋にいるから仲良くね」
伝え終えると守彦さんは上機嫌で台所に歩いていった。
「え? あれって冗談じゃないんですか?」と思わず声が出てしまう。
靴を脱ぎ、荷物を持って二階に上がり、長い廊下の一番奥の部屋が俺の部屋として使用を許された部屋なのだが、にしても本当なのか? 正善ならともかく居候の俺にまでここまでする義理はないはず。
今の今まで冗談だと思って軽い気持ちでいたのにいざこの時を迎え、急に緊張してくる。
深呼吸をして、ゆっくりとドアノブを握り、ドアを開けた。
するとそこにはほとんど物のおかれていない部屋で一人の年下っぽい女の子がメイド服を着てこう言った。
「お帰りなさいませ。アヤト様」
一瞬目が合ったが驚きのあまり、一度ドアをゆっくり閉めた。
は? マジじゃねえか。
そう、昨日居候が決定した直後、守彦さんは軽い口調で「うちに住むなら明日からメイドつけてあげるよ」と酒を飲んでけらけらと笑いながら言っていたのだ。
だからなおのこと冗談だと思ったのに。
もう一度深呼吸してドアを開けるがもちろん変わらず、メイドさんがいる。
「あ、あのぉ。部屋間違えてませんよね」
「はい。この部屋はアヤト様のお部屋でお間違いありません」
「なら、君が?」
「はい。本日よりアヤト様の身の回りのお世話をさせていただくことになりました、成瀬 百花と申します。どんなことでも何なりとお申し付けください」
「成瀬って、早知さんと同じ……」
「はい。成瀬 早知はわたしの姉です」
「え? ちなみに歳はいくつか訊いてもいい?」
「はい今年で十五になります」
マジかー! やっぱり年下かよ。高校生が中学生に世話されるってなんだよ。普通に恥ずかしいんだけど。逆にこの子はどう思っているんだろ。
「え、えっと。年上の人を世話するって嫌じゃないの?」
「それは普通なのではないでしょうか。体の不自由な方を介護士がお世話するように」
確かに言われてみればそうかもしれない。ならこれは普通なのか。問題な…………くはないな。
未成年だぞ! こんな仕事させていいのか? やっぱりいいわけがない。もう知っているであろう正善はいいとしても、こんな事クラス中に知れ渡ったりなんてしたら俺は恥ずかしすぎて死ぬ自信すらある。
「非常に申し訳ないんだけど、俺にはメイドさんは必要ないかなぁ。なんて……」
愛想笑いも混ぜながらそう言った。
すると成瀬 百花は一度目を閉じて深呼吸をすると、顔を手で覆いその場にしゃがみこんだ。
「え?」
そして立て続けに、泣き始めた。
「ええええ!」
「申し訳ありません。わたしが未熟なばかりにアヤト様のお役に立てず。更には目の前で泣いてしまう始末……」
「ちょっと待って。俺はただの未成年の子が仕事するのはどうなのかと言いたいだけで――」
「やはりアヤト様はわたしに問題があったとおっしゃりたいんですよね」
今にも泣きそうな声が俺の心を何度も突き刺し、傷めてくる。
「い、いや。そうゆうことじゃなくてですね――」
「確かにわたしは未成年ですし、今回が初めての新人です。しかしここまで生きてきた時間をずっとご主人様に仕えられるように努力をしてきたのです。それでもアヤト様が嫌だというのであれば仕方がありません。わたしはここを出ていくしか……」
ついに耐え切れなくなり、俺は一度ため息をついた。
「分かった。分かったからもう泣かないでくれ」
「アヤト様はわたしが仕えることを許してくださりますか?」
「ああ、許すよ」とこう言った瞬間、ピコンと機械音が鳴り、成瀬 百花は何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。
「え? なに?」
驚いている俺にいつの間に取り出していたのかもわからないボイスレコーダーを見せつけると、成瀬 百花は笑顔でこう言った。
「言質とりましたので」
「なっ――」
なんだそれはあああああああああああああああ!
年下の女の子に完全に敗北した俺は心の中で叫んだ。
「では改めて、これからよろしくお願い致します。このお屋敷には姉もいますのでどうぞお気軽に百花とお呼びください」
そして何事もなかったかのように成瀬 百花は仕事を始め、俺は数分の間その場に立ち尽くしていた。
こんにちは、深沼バルキです。
強制的に作らされた主従関係。この百花との関係も今後いきてきます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




