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三人の賢者(1話完結)

作者: 土河 雲実
掲載日:2020/04/06

 “三人の賢者”を知っている。


一人はミエちゃん、もう一人はアミちゃん、もう一人はマイちゃん。全部わたしだけどわたしじゃない。設定ボタンの横を注意深く押す。全部を知っているのはわたしだけ。



 “今日は梅田でご飯♡女子だけなのに食べ放題とかほんとこのメンバー安定!”

ミエちゃんはうそつきだ。思ってもないことをぺらぺらと喋る。

ゆるく巻いた茶髪で、いつもぴらぴらと薄い生地のミニスカートに一年中ベージュのストッキング。それに4センチぐらいのヒールのついた小さなブーツを履いて、バックはブランドものだ。誰かの家で飲み会をすることが好きだし、ディズニーランドの年間パスポートも持っている。ミエちゃんには同じサークルの、同い年の彼氏がいる、もう3年付き合っていて、夫婦みたいと周りに言われることが少しうれしい。



 アミちゃんは絵が好きだ。美術館にも一人でよく行くし、けっこうマニアックな作品も好きだ。最近はロシアの画家が気になっていて、いちばんのお気に入りはカンディンスキー。アミちゃんはチェーン店じゃないカフェを巡ったり、小さな雑貨屋で妙にリアルなカエルのピアスを買ったりする。単館上映の映画館に通い詰めて、オールナイト上映を楽しんだりもするし、家でたまにベースを弾く。一人でカラオケに行くこともできる。アミちゃんはショートカットでいつもリュックを背負って無印良品で買った肌触りのいいボーダーTシャツを着て自転車に乗っている。去年まで4歳年上の彼氏がいたけれど、今は知らない、



 マイちゃんはアイドルが大好きだ。毎月家庭教師と清掃、コンビニのバイトをかけもちして10万以上の収入を叩きだし、湯水のようにコンサート代や交通費に使う。マイちゃんは、たまにアイドルとの、健全な限りの妄想に夢を膨らませる。マイちゃんには恋愛経験がない。そして、同じように恋愛経験のないアイドルファンの仲間から、その妄想を褒められることにひそかな生きがいを感じている。マイちゃんは健気だ。好きなアイドルの趣味に合わせて、ごく暗い茶髪のストレートにしている。前髪は無論ぱっつん。綺麗な色のセーターにチェックのスカート、ネイビーのダッフルコートを着ている。



本当は、朝の電車は混みあっていて頭が痛くなったし、昨日バイトで怪我をした薬指はざっくりと切れてまだ血がとまらない。3年前に染めた髪は伸ばしているうちにツートーンのようになって毛先はばさばさだ。ゼミの友達も、高校の友達も、ときに家族さえも、オーダーメイドの居心地の良さは提供してくれない。いつ自分の中の15%ぐらいは自分じゃない。そういう、自分の満たされない部分は足し合わせると無限に欲が出る。


三人の賢者の、誰か一人だけを選んで、全部わかった気になるのは、はなはだばかばかしい。どれもわたしであって、わたしじゃない。でもどれもうらやましい。本当のわたしはもっと、いつもかじかんでいる。ミエちゃんでもアミちゃんでもマイちゃんでもない、わたしの部分は枇杷の種を取った後みたいにがらんどうだ。人と喧嘩する夢ばかりみるから安眠できないし、鏡も見たくない。



パソコンの向こう側はいつも無限に広い。わたしがわたしである必要なんてないし、なんなら身体が存在するのがいつもわたしとは限らない。見えない世界に、たくさんのわたしを泳がせる。見た目も性格も、言葉遣いも、見たものすべてを、思ったようにカスタムする。


ミエちゃんが飲み会の写真を358枚フェイスブックにアップしている間に、アミちゃんはカルディで買ってきたチャイを自作のマグカップで味わいながら甘いひと時を過ごしているし、マイちゃんはチケットの譲渡に命を燃やしている。三人の賢者はいつも対等で、いつも同じ分量だけわたしの中にいる。


ひとつだけ言えるのは、ミエちゃんとアミちゃんとマイちゃんはけっして友達にはならないだろうなということだけ。ミエちゃんからしたら、きっとマイちゃんはダサくて暗い女の子に見えるだろうし、マイちゃんはアミちゃんのことを気取っていて嫌なやつだと思うだろう。アミちゃんはミエちゃんみたいに“薄っぺらな女はこの世で一番嫌い”とすでに公言している。やれやれ。



設定ボタンの横を注意深く押す。他の賢者に間違えたキャラをあてがうことはこの世で一番恐ろしいことだから、この瞬間にわたしは全身全霊の魂を込める。どれもわたしであってわたしじゃない。


三人の賢者は今日も友達が多い。

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