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あべこべ  作者: 鱶島おすんちゅ
9/13

深夜のお茶会



 夜も更ける頃、練習や挨拶まわりを終えた私は学生寮に戻ってきた。

 星誕祭とは言え、この時間まで起きている生徒は少ないようで、必要最低限を残して寮の灯りは消えている。

 身体の疲労や、精神的な疲労に加えて、薄暗い寂しさが駄目押しと言わんばかりに身体に鞭を打つ。

 重い重い、身体が。

 ひいひい言いながら階段を上がり自室に向かう。

 同室のクーも、さすがにもう寝ているかもしれない。

 もしそうなら、起こさないように静かに部屋に入らないと。

 そう思いながら静かに扉を開けると、薄暗い廊下に明るい筋が伸びた。

「あら、お帰りなさい」

 と、出迎える声。

 瞬間ぶわっと感情が溢れ、うーっと声にならないうめき声を出しながら抱きついた。

「疲れたよう」

 泣きつくと、クーは苦笑しながら顔を崩した

「よしよし、頑張ったね。さっきまでロイとサイモンも待ってたんだけど、流石にこんな時間まで女子寮に居させられなかったから帰しちゃった。二人ともお祝いしたがってたんだよ」

 それ、二人から祭りのお土産ね。と机の上には私の好きな焼き菓子を指差す。

 星誕祭で私が必ず一番に買う、果物ときのみを入れたお菓子だ。

「お祭り堪能してるっ!」

「そ。だからおすそ分け」

「裏切り者ー」

「あら、遠慮して欲しかった?」

 首を振る。

 むしろ、何の連絡も出来なかったら、ずっと待っていたらどうしようって思っていたのだ。

 クーは軽々と私をそのまま抱き上げると、四人掛けのソファに私を下ろし、少し離れて座った。

「それにしても、憧れのセフィア様に近づいたんじゃない?」

 クーは、上半身と手をつかって器用に舞ってみせる。

 セフィア様の流星の剣舞の一節だ。

 五年前の冬に、何年目かの創立記念の祭典が開かれた。

 何かの区切りのタイミングだったのだと思う。

 たった一日ではあったけれど、冬の静けさを打ち消すかの様に、祭典は賑やかに行われた。

 その時、当時既に各国で名を馳せていた、歴代最高の『騎士』と名高いセフィア様と、同級生の『武士』アラタ様が招かれ、彼らが十何年も前に見せた流星の剣舞を成長した姿でもう一度舞ってくれたのだ。

 歴代最高の剣舞と名高い彼女たちの舞。

 実戦を重ね経験値が積み重なったそれは、とても美しかった。

 舞台に登場した彼らをみた瞬間、会場からは絶叫に近い歓声が響き渡ったのに、彼女たちが舞い始めたら次第にそれは打って変わって恐ろしさを感じるほどの静けさに変わっていった。

 暗闇の中舞台の上だけ魔術で照らされ、静かに舞い続けるセフィア様とアラタ様。

 空からの祝福かの様にゆっくりと落ちてきた冷たさが、光を反射してそれはそれは幻想的な光景だった。

 数分でしか無いはずの舞が、あの夜だけはとても長い儀式の様に感じた。

 クーもあの時のことを思い出しているのか、少しだけ二人で無言。

 淹れてくれたお茶を啜り焼き菓子を口に運ぶ。

「私は真逆の『真職』だけど」

 と笑えば、

「表裏一体とも言うわよ」

 と帰ってくる。

 いつものやり取りに何だかほっとした。

 楽なのだ。

 とても。

 多分、私は緊張して居た。

『武士』である事に疲れていた。

 ウィンザード君相手も、その後の挨拶回りも。

『ほほお、これが今年の騎士と武士か』

『随分と目に留まる』

『雰囲気のある二人じゃ無いか』

『学園長も鼻が高いでしょう』

『歴代の騎士と武士に劣らぬ様に』

『これは関連した商品が売れそうだな』

『楽しみにして居るよ。二人の舞を』

『私も妻や子供達と必ず見に行こう』

 学園運営に関わる事務所や関係者宅を思い出す。

 ほとんどの人にとって興味があるのは、騎士のウィンザード君だった。

 私はごく稀に振られる話に対し笑顔を顔に貼り付けていただけだ。

 そうしろと言われた訳では無いけれど、話せばボロが出るような気がしたのだ。

 だから私はきちんとした『武士』であろうと心がけていた。

 クーたちとこれだけ長時間離れ、知らない人たちと過ごしたのは随分と久しい体験。

 最後の方は貼り付けた笑顔が中々戻らなくて、顔が強張ってしまっていた。

 でも、今は無理をしないでも良い。

 笑顔を貼り付けなくても良い。

 今は特別な『武士』で無くてもいいのだ。

「アルス・ウィンザードはどう?」

「たくさん助けてもらっちゃったよ。もう完璧すぎて、あれはむしろ嫌味だと思う」

 私が疲労困憊なのに気がついて、挨拶回りでも事あるごとにフォローしてくれたことを話す。

「女子人気高いのも頷けるわねえ」

「クーも気になる?」

「私、格好いいやつ嫌いなのよ」

 外見が、だとか性格がだとかを超越した返答に呆れてしまう。

「精霊さんは?」

「あれはもっと嫌い」

 心の底から嫌う表情に精霊さんは一体クーに何をしてここまで嫌われたのだろうかと思う。

 精霊の儀の後も、そういえば機嫌が悪かった様な。

 私の顔に何かを思ったのか、クーはとっとと話題を変えてしまう。

「剣舞はうまくいきそうなの?」

「なかなか合わせられなくて」

 ウィンザード君の剣筋や動きが完璧過ぎて、読めない。

 相対して居るはずなのに、何か別の人を相手しているような。

 そう答えると、「確かにねぇ」とクーは考える様な素振りを見せた。

「…今の練習方法だとハナビとは相性が悪そうよね」

「残り時間で学園が納得してくれる剣舞に出来るか凄く不安」

「剣舞の良し悪しなんて偉いやつらには分かんないんだから、好きなように適当にやったら良いのよ」

 身も蓋もないことを言う。

 でも、今はそれがクーっぽくて笑ってしまう。

「出来るだけ頑張ってみるつもり」

 この短時間で前向きに向き合えるようになったのは、フィーロちゃんのお陰だろうか。

 無理や無茶をする気は無いけれど、私の精一杯でフィーロちゃんに答えようと思える。 

「あら意外。そっちに意識向けさせるのは私の仕事かと思っていたわ」

「素敵な後輩にお尻を蹴られましたので」

 笑いながら答えるとクーもドキッとするくらい可愛く微笑み返してくれる。

 その笑顔に明日も頑張ろう、と決意を新たにする。

 なんとかウィンザード君の剣に合わせて、剣舞を完成させるのだ。

 序盤で躓いてしまっていて、まだ去年の型をそのまま通しているだけだ。

 今年の私たちだからこその剣舞のアレンジは少しも進んでいない。

 ここまで苦戦するのには必ず理由があるはずだった。

「ハナビが剣術関連で苦戦するのは珍しいわよね」

「調子が悪いわけじゃ無いんだけどな。ウィンザード君って体力お化けだよ。息一つ切れないの」

 あーでも無い、こーでも無いと話しながら、二人して焼き菓子を口に運ぶ。

 すっかり冷めてしまっているのに、木のみや果実の香りが口中に広がって幸せな気持ちになる。

 クーがお茶のおかわり淹れながら、

「アルス・ウィンザードと一度模擬戦でもして、打ち合ってみたら?」

 と、唐突に言った。

「模擬戦?」

「ハナビは相手の癖を読むのが得意だけれど、他人の剣舞のコピーじゃアルス・ウィンザード本人の癖が読み辛いんじゃない?」

 なるほど、と思う。

 思い当たる節だらけだ。

 私がウィンザード君を捉えようとしながら去年の卒業生を捉えていたのかも知れない。

 そう思うと、何かしっくりとするのだ。

 それにしても、ウィンザード君と模擬戦か。

 剣舞抜きにしても学年首席の実力を体感してみたいと思う自分がいることに少しだけ驚く。

「い、いいのかな?」

 模擬戦とは言え、打ち合いは怪我をする危険性が必ずつきまとう。

 ウィンザード君クラスの相手に、癖を読むために打ち合ったら、結構深い打ち合いになる様に感じる。

「アルス・ウィンザードだって学年首席の実力は飾りじゃ無いわよ。危なくなったら自衛くらいこなせるでしょ」

「でも、万が一怪我でもさせちゃったら…」

「顔に傷でも出来たら、女子人気も落ち着いて本人に感謝されるんじゃない?」

「感謝される前に私絶対誰かに刺されるよ」

「ロイかサイモンに壁になってもらいましょう」

 あいつらなら喜んで壁にするわよ、とクー。

 自発的な守護じゃなくて強制的な生贄だった。

 怖い怖い、クーだったら本当にそうしてしまいそう。

「歴史上初めての剣舞の中止??」

 それも理由が武士の反乱扱いだ。

 前代未聞。

「そうなったら本番は弟にでも、代役させたらいいんじゃ無い?」

 ら、乱暴な!

 私は、弟君の名前すら知らないのに上手くいくわけがない。

 クーも名前、知らないんじゃないかな。

 闘技大会での活躍も人づてに聞いた話なのだ。

「というか、ハナビさ。ううん私もなんだけどさ」

 長身の友達は急に雰囲気を変え、続ける。

「学年首席のウィンザード相手でも、自分じゃなくて相手に怪我させる前提って、ハナビの自信も大概よね」

 続く言葉に、目を開く。

 二人して、なぜか相手の心配ばかりをしていたのだった。




初評価が。

引き続き読んでくださっていたら、この場を借りて感謝を。

ありがとうございます。

⭐️がつくととても嬉しいですね。

これからも、投稿頑張ります。

ぜひお付き合い下さい

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