剣舞の練習
世間を騒がすウィルスの影響で、仕事が回らず余裕がありません。
皆様もお気をつけください。
基本的に学園内ではオープンな教練場、その中でも内部の状況が外から確認が出来ないように作られた特別訓練室で、私たちは剣舞の練習をおこなっていた。
空気の循環用の通気口はあるけれど、光を通すような隙間は入り口以外に作られておらず、室内を照らしているのは訓練室に六ヶ所設置された魔道具のランプだ。
私とウィンザード君の影がその中でぎこちなく踊っている。
「ハナビさん、一定にです」
「…ッ」
もう何度目にもなる、声。
声の主は、言うまでもなく舞の相手だった。
何刻になるかもわからなくなる位に練習を続けていて、私は答える余裕すらない。
それに対して、ウィンザード君は息一つ切れていない。
「…ぁッ!」
自分でも気づかない間に集中力が途切れてしまったのか、汗で模擬剣がすっぽ抜けてしまった。
数十歩向こう側で、乾いた音が響く。
「少し休憩しましょうか」
その声を皮切りに、崩れるように地面に膝を付ける。
肺が心臓になったかのように激しく動いているのが分かる。
喉もカラカラに乾ききり、声すら出せなかった。
ウィンザード君が清潔そうな手ぬぐいと水差しを持ってきてくれた。
その間、私は息を整えること位しか出来ない。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
耳元で鳴っているかのように自分の心臓の音がこれ以上なく大きく感じる。
私は今、女の子としてだいぶ酷い顔をしているんじゃないだろうか。
ウィンザード君の相手を望んでいた女の子達も、流石にこの練習量は考えてもなかった筈だ。
彼女達はこんな時にも繕った表情をちゃんとすることが出来たりするのかな。
「少し飛ばしすぎましたね」
傍に立つ王子様は私が落ち着くのを待つようで、数歩の距離に立っている。
緊張しない位置を保ったまま、いつの間に拾っていたのか私が飛ばしてしまった模擬剣の具合を確かめている。
気遣いまで完璧なウィンザード君を見て、そりゃ人気が出る筈だと再認識してしまう。
渡された水を一息に飲み干して、汗を拭う。
拭いても拭いても中々止まらない汗に、殊更疲労を実感する。
見上げて見ると、ウィンザード君は薄く汗は滲ませているけれど、まだ随分と余裕があるようだった。
体力お化けだ。
「ウィンザード君はすごいね」
「長いのでアルス、と」
「……」
「……」
「ウィンザード君はなんでそんなに疲れてないのかな?」
「アルス」
敢えて、家名で呼んでいることに気がついて欲しかった。
さっきまでアレだけ気遣い出来ていた人だと言うのに。
もしかすると、ファーストネームで呼ばれる事に強い拘りがあるのかもしれない。
「……アルス君は普段からこんなに練習しているの?」
「今日はかなりしている方ですね。むしろハナビさんは付いてきている方ですよ」
折角のフォローも、本人の疲労が見えないと、少しだけ嫌味だ。
私としては体力には自信があった分、ここまでの差を実感してしまい内心はかなりショックだったりするのだ。
体力だけではなく、剣舞にしたってだいたい練習を止めてしまっているのは私のミスが多い。
ウィンザード君の一定を維持する剣速に、剣舞の中盤から私のタイミングが合わなくなってしまうのだ。
なんと言うか型通りの動きだけれど、完璧すぎて癖が無さ過ぎるのだ。
癖がないせいで、型通りなはずのウィンザード君の剣捌きをとらえきれなくなってしまう。
少しずつずれる剣速をなんとか合わせようとして、結果的にズレが大きくなっていく。
ウィンザード君の神がかった技術力で最悪の事態は防いでいるけれど、何度か大怪我しそうな危ない場面があった。
模擬剣とはいえ、重量は本物に限りなく近いのだ。
「ハナビさん、卒業後はどうされる予定ですか?」
まだ体力が回復するのには時間がかかると判断したのか、ウィンザード君は私の真正面に腰を下ろした。
王子様っぽくもない姿に少しだけ驚くと、「誰も見ていませんから」とイタズラっ子のような笑い。
意外な姿に私も笑う。
「声が掛かったら、リスティアで騎士を目指す予定。ウィン…アルス君と同じ国になるのかな?」
「そうですね。僕も声が掛かればですけれど」
リスティアでしっかりとした家柄を持っていて、『騎士』の真職になったウィンザード君が呼ばれないなんて事、絶対にないのではないだろうか。
嫌味かな、と疑いたくなる。
「よく考えれば七年も同じ場所にいたと言うのに、僕もハナビさんもお互いの事を詳しくは知らないのですね」
「この学園は広いから、一度も関わらない人って多いみたいだよ」
まさか、避けていましたなんて言えるわけもなく当たり障りのない返事をしてしまう。
「武士に選ばれる子と関わりを持たなかったなど、実家に知られたら怒られてしまいますから、仲良くしてもらえると助かります」
「そう言うものなの?」
「コネクションと言うのは、貴族にとっての最大の武器ですから」
「私孤児だよ?」
「家柄の後押しもなく、リスティアで将軍まで駆け上がっている方もいますからね」
「…セフィア様」
「ご存知でしたか」
知っているも何も、憧れのその人だ。
公式で知る事ができる情報であれば、ウィンザード君より詳しい自信がある。
「ファーストネームで呼び合うのは、周りに仲良く見せるため?」
「仲良くなりたい気持ちはありますが、そう言う訳ではありませんよ。
単純に、この学園にもう一人ウィンザードが居るので、ハナビさんには区別して欲しい為、でしょうか」
そういえばそうだった。有名な話だ。
「弟さんが居るんだっけ?」
「不肖の弟です。ダメなところが可愛いんですけどね」
弟さんの方は、お兄さんほど有名ではない。
成績が悪いと言う話も聞かないけれど、お兄さんのように取り巻きが常にいるような状況ではないはずだ。
でも確か、闘技大会で結構良いところまで勝ち残って居た気がする。
弟さんとは言うもののウィンザード君とは腹違いで、同じ年齢。
これだけ完璧なお兄さんと比べられたら、弟さんもかわいそうかもしれない。
「僕か、弟かリスティアで同じ騎士団に配属されたらよろしくお願いします」
そう言う、ウィンザード君に曖昧に笑って返す。
また、だ。
本心なのかどうかは表情から読めなかった。
もし本心だとしたら、家柄を気にする貴族の人たちは多いけれど、ウィンザード君は気にしなさすぎると思う。
前途した通り、家柄の後押しが無い生徒は大体小さな騎士団に配属されるのだ。
対するウィンザード君は名家の出身、詳しい行き先は知らないけれど、最初から決められたレールが必ず存在する。
どちらが恵まれているかどうかは私には判断がつかないけれど、聞く人が聞いたら嫌味にしか成らないと思う。
「ごめんね、練習なかなかうまく行かなくて」
勝手に気まずくなってしまった空気から逃げるように立ち上がる。
「まだ初日の練習ですから、ちゃんと合わせてみせますよ」
合わせて、見せる。
という言葉に期待されていないようで、少しだけ胸がチクリとする。
私が何度か繰り返してしまったミスの修正を諦めてしまったらしい。
ウィンザード君との短いやりとりの中で、彼の性格がつかめてきた。
この人は兎に角、悪意が無いけれど、自然に相手を傷つけるタイプだ。
ううん。
きっと自分と、完璧すぎる彼を比べて、彼にとって何気の無い発言が、聞く側にとっては勝手に棘のように感じてしまうのだ。
初めての練習から、ウィンザード君はほぼ完璧に出来ている。
練習が始まる前に、去年の流星の剣舞を魔道具の投影でたった一度見ただけでだ。
完璧だからこそ、無駄がなくて、疲労も最小限で抑えている。
それに比べて私は、剣舞の動きについていくのがやっとで、体力を無駄に消耗し、息が切れ動きの精細さを欠いていく。
中盤以降、私のせいで剣舞がガタガタになってしまっている。
すごく大きな才能の壁。
「私は、どこを直したらいいのかな」
実力的に並び立つのは難しくても、せめてある程度は見られる形にしなければ、ウィンザード君の顔にも泥を塗ってしまう。
差し出された模擬剣を受け取る。
練習を始めた頃より、模擬剣を重く感じるのは疲労のせいか、それとも気持ち的な物かはわからない。
ウィンザード君もそれをみて、ブレ一つなく模擬剣を構える。
「ハナビさんは、直さなくもて大丈夫ですよ」
微笑むウィンザード君を見て、模擬剣はもっと重く感じた。