流星の衣装
「き、聞いて無いです!」
部活棟の一室、星誕祭の『流星の剣舞』のためにセットされた一室で目を見開いた。
現在私は、剣舞の時に使う衣装合わせを行なっていた。
毎年、新調されるその衣装は在校生の有志によって何ヶ月も前から作られている。
クレイリア士官学校の中には、軍務系の学科以外にも色々な学科があり、その中でも商科系の生徒達が中心となって衣装の作成行うことが慣例だ。
彼ら彼女らにとっては、国中が注目するこのイベントは、自分たちの腕やスキルを売り込む為の良い宣伝になるのだ。
下着姿の私の体型を採寸していた下級生の女の子は呆れたような目を向けてきた。
フィーロと言う名前で商家の一人娘だ。
今年の衣装は彼女が制作総指揮をとったらしい。
「知らないハナビ先輩がおかしいんです。あ、腕をあげて下さい」
言われるまま腕を上げ天井を見上げてしまう。
そうでもしないと涙がこぼれそうだった。
「毎年凄く楽しみにしてるのに」
仕様がないと思いたくても、どうしても悲痛な気持ちになってしまう。
騎士の真職を貰えなかったのにも関わらず、相対する真職だからと伴う責任だけはきっちりと乗ってくるのだから。
『流星の剣舞』の舞手は星誕祭の七日間、みっちりと学園側にスケジュールを管理されるのだ。
それはこの衣装合わせであったり、学園主催の貴族向けパーティで紹介されたり、王様への御目通りあったり。
何よりも一番充てられているのは剣舞の練習。
毎年見事な舞を見てきていたけれど、成る程、先輩の皆様の見えない努力の賜物で初めて実現していたのだ。
国を揚げてのお祭りだからこそ、全員が手を抜くことは無い。
それに釣り合うように七日間一時も自由時間が、無い。
と言う事は、出店や出し物に割く時間は限りなく不可能に近いらしいのだ。
何せすでに、学園長室から出た直後から色々な手続きが始まり、未だにクー達と一言すら話せて無い程に行動の管理を徹底されているのだ。
「私たちだって凄く楽しみにしていたのです。それを返上してこれから頑張るのですから、ハナビ先輩も頑張ってください」
フィーロちゃんはテキパキ指示を出しながら、採寸を続ける。
実は、彼女達は彼女達で私の事を恨みがましく思っている。
なぜなら、彼女達が想定していた舞手のイメージ像はどちらかと言うとクーの様な長身だった様で、対極と言われてもしょうがないほどに私の体型と衣装のサイズは乖離していたのだ。
これからたったの六日間で、彼女達は剣舞の衣装を作り直すレベルの調整をしなくてはならない。
せめて平均身長くらいあれば丈を少し調整するだけで済んだのに、と私をみるなりフィーロちゃんはそう叫んだ。
失礼な話ではあったけれど、申し訳なく思ってしまう。
「ごめんね。私も選ばれるなんて思ってなくて」
「いえ、ハナビ先輩は悪くありません。先輩にはアンテナを張っておくべきだったのです。私たちと情報科の生徒の怠慢です」
どうやら、フィーロちゃんたちは情報科の生徒からの情報を元に早い段階から衣装を作っていたようだ。
情報科の生徒たちはこの学園ないし、この国全体の情報に対してすごく広い情報網を持っている。
噂では、情報科には国から協力の依頼が来ていたりするらしい等、まことしやかに囁かれていたりいなかったり。
「…私にアンテナ?」
「聞けば、先輩はあの事件の関係者ですよね?」
と、フィーロちゃん。
少しだけ、驚く。
『あの事件』と言えば、多分課外学習時のことだ。
ちょっとした関わりから、半年前に起きた事件の関係者に私の名前があったりする。
ただし、その情報は結構厳しい箝口令が敷かれている。
何せ、あの事件には国も関わっているのだから。
「そう言う意味では、箝口令は徹底されていたのでしょう。今の今まで学園内でそのことを知って居るのは関係者数名だけでしたから。情報科があの事件から先輩の情報を引っ張ってきたことは見事の一言です」
それでも後追いの情報なんて、言い訳でしかありません。
と、フィーロちゃんはプリプリと怒っている。
顔を合わせてから、フィーロちゃんがどことなく不機嫌だった理由の一つなのかもしれなかった。
「そもそも、あの事件が無くても、ハナビ先輩って有名ですよ」
「私が?」
「厳密にいえば、ハナビ先輩とその集団が、ですけれど」
続く言葉に、深く納得してしまう。
「『暴風』クー・テンバレン先輩、『必中』サイモン・アルド先輩、『天観』ロイ・シュバルツ先輩。それから、『忘我』のハナビ・クレイリア先輩。
生徒の悪ふざけでしょうが、皆さん恥ず…す、素敵な二つ名ですよね」
ひさしぶりに聞いた耳を塞ぎたくなるフレーズに顔が赤くなる。
フィーロちゃんの言いかけた通りとても恥ずかしい二つ名を、私たちは持っているのだ。
もともとは男子生徒の悪ふざけ。
ウィンザード君が注目を浴びすぎて面白くなかった彼らは、ウィンザード君に靡かない女子生徒、それも一芸に秀でているクーを対抗馬として担ぎ上げ、大々的に宣伝したのだ。
クーが有名になった事で、クーとよく一緒に居る他のメンバーも視線に晒される機会が増え、それぞれ得意分野に因んだ通り名がいつの間にか付けられた。
私の『忘我』は、集中すると他を忘れてしまう性質に由来するものだ。
それ以外で、私には特別秀でた一芸が無かったから、おまけ程度で付けられたんだと思う。
「自分でも選ばれるなんて思って居なかったよ」
「ハナビ先輩はご自身を過小評価していると思いますよ」
「そんなこと…」
「『暴風』『必中』『天観』に並んで居られながら、それを否定するのであれば他の先輩方を低く見るのと変わりません」
と言うフィーロちゃんに、続く言葉を飲み込んだ。
「衣装の採寸が終わりましたら、次は教練棟で剣舞の説明のようです。言われた時間まであと半刻ありません。急ぎますよ」
思い出したかのようにフィーロちゃんは採寸を再開した。
「うう、お祭りの為にお金貯めてたのに」
この数ヶ月、授業が終われば郊外に住む薬師のお婆さんの所で働かせて貰っていた。
学園の紹介だからさも簡単な仕事だろうと思っていたら、薬師のお婆さんが曲者で予想以上にしごかれ苦労したのは記憶に新しい。
教育の一環としての仕事の斡旋なのだから、今思えば厳しいのが当たり前だったのだ。
それでもなんとか続け、お祭りを楽しむには十分な賃金を受け取り、準備をしていた。
「恨み言はやめてください。それに貯蓄は大事ですよ。何をするにしても先立つものはまず金だ、と私の父はよく言っています」
「使えないお金に価値なんて無いよ」
「それは真理ですね」
と感心した声が返ってくる。
「ハナビ先輩は流星の剣舞、そんなにやりたくないんですか?」
フィーロちゃんが採寸の手を止める。
「私は小さな頃から、あれをみて格好いいなと憧れていました。
自分があの舞台で舞うことを想像していつか自分もと、思いを馳せた物です。
残念ながら私に才能はありませんでしたけれど。
それでも、今もなお毎年あそこで舞う卒業生には敬意と憧れを持ち続けています
舞手だけではありません。クレイリアの特科、士官系の科を卒業できる皆様を私は尊敬して居ます」
真っ直ぐ私の瞳を見てくる目に、気まずくなり目を逸らしてしまう。
それはもちろん、私だってそう思っていた時期はあるのだ。
私の憧れるセフィア様も流星の剣舞を舞っていた。
あんな風に成りたいと心のそこから思っていた。
なぜ、私はいつの間にか舞手として舞う自分の姿を想像しなくなったのだろう。
少なくとも私は、フィーロちゃんとは違い剣を扱うことに長けているのに。
「願わくばハナビ先輩にも、私の憧れる舞手であってほしいのです」
採寸はいつの間にか終わっていたのかフィーロちゃんは道具を片付けた。
「衣装はお任せください。私たちの全身全霊を掛けて、ハナビ先輩だからこそ映える物を必ず作って見せますから」
そう言って、フィーロちゃんは部屋を出て行った。
私はその背中に、何も言うことが出来なかった。
毎日小説をあげ続けて居る他の作家様方を心のそこから尊敬します。