ウィンザード君
あれからすぐに講義堂から連れ出された私は、足早に歩く事務員さんの後ろを小走りで追いかけていた。
向かう先はどうやら学園長室らしいけれど、思い当たる節はない。
あるとしたら聖剣の事だと思うんだけれど、そうだとしたら呼ばれるのは私だけではなく他の皆も呼ばれるはずだった。
「あのう」
道すがら事務員さんに何事かと聞いてみれば、間違いだとか手違いだとか要領をえない事を言われて何がなんだか分からなかった。
こんな事なら付いてこようとしたクー達皆にも来て貰えばよかったかな。
偉い方達の挨拶が終われば立食パーティがあるだけなので、自分の都合に付いてきて貰うのは申し訳なかったのだ。
事務員さんのただ事ではない雰囲気から、少しずつ不安が大きくなって来ていたりする。
講義棟から研究棟を抜けて、職員棟へ。
普段であれば生徒の誰かとすれ違ったりするのだけれど、卒業生は講義堂に集まっているし、下級生は星誕祭の準備で忙しいのか誰とも一度もすれ違わずに学園長室に着いてしまった。
結局なんなのか、全く説明ないままに事務員さんの手によって軽く身だしなみを揃えられる。
「説明は学園長がして下さいますから、話をよく聞いて、間違いであれば正直にそう言えば何
も問題はありません。特にあなたが何をしたわけではありませんから、堂々としていなさい」
事務員さんはそう言うと、学園長室の扉をノックし、「連れて参りました」と、一言告げた。
事務員さんの反応からなんだか凄く大事になっている事なのではと更に不安になってしまう。
「入りなさい。」
部屋の中からは、そんな不安を払拭するような普段通りに優しい学園長の声。
少しだけ安心して扉に手をかけてから、もう一度事務員さんを見るけれど、事務員さんは私の背を少しだけ押してから、歩いて行ってしまった。
卒業論文が実は落ちていましたとか言われたりして。
それとも、精霊さんの腕を切り落とした事だろうか。
お説教の後からの精霊さんはあまりにも気にしてなさそうだったから、今の今まで忘れてしまっていたけれど、実際、大問題な気がする。
精霊さんが密告したのだろうか。
でも、精霊さんはそう言う事しない気がする。
その場で直接怒るタイプと言うか、実際怒られましたけれど。
立ち止まっていると、中から促す咳払い。
小さく深呼吸をして、扉を開く。
「…し、失礼します」
中に入ると、学園長はいつもの様に立派な机に着いていたけれど、私と学園長の間にもう一人卒業生が立っていた。
私が入ったタイミングでこっちを向いていたのかその人の顔を見て、驚いた。
有名な男の子だ。
彼を見てますます状況が分からなくなる。
彼だからこそ同時に呼ばれる様な事に、本当に思い当たらなかったのだ。
アルス・ウィンザード
座学も実技もあらゆる科目でトップクラスの成績を持つ、とても優秀な男の子。
リスティア騎士王国の大貴族の長男で、家柄も物凄く良いと言う噂を聞いた事がある。
風の噂では遠縁ではあるけれど一応王位継承権を持っているとも。
生まれも立派だけれど、何よりも有名な理由は、整った綺麗な容姿をしている事だった。
種類の違う綺麗さだけれど、精霊さんの横に立っていても彼ならきっと遜色ないだろう。
光を鮮やかに反射する金髪で、もう少し髪が長かったら本人の線の細さも足されて女の人と間違える人だっているかもしれない。
かと思えば、ちゃんと見ると引き締まったバランスの良い身体付きで、一目で高いレベルでの体捌きが出来るだろう事が見て取れるのだ。
どこの物語の主人公なのだろうってくらい完璧な王子様って事で学園内ではとても有名だと聞いている。
と言うのも、実は私は七年間でこの有名人と直接関わる事がほぼなかったのだ。
話した事も多分一度もない。
そんな私でも彼を知っているのは、女子生徒の皆が大騒ぎしているのを何度も見た事があるからだ。
彼を探したければ女生徒の人だかりを探せば良い、と言うのは誇張でもなんでもなくただの事実だった。
半期毎にある授業選択では、取り巻きの女の子達がこぞって彼と講義や実技の履修を奪い合うものだから、彼の受けるクラスの女子定員はいつも一杯だった。
私たちはそんな喧騒を避けてあえて違うクラスで授業を受けていたから、人数が少なくてストレスフリーな授業を受ける事ができていた。
彼のおかげで七年間、充実した学園生活を送れたと言えるかもしれない。
ウィンザード君様々である。
それにしても、女の子達が騒ぐわけがわかった。
絵本の中の王子様が実写として現れたらきっと彼みたいな人なんだろうなと、思う。
目があった時、素敵に微笑まれたので、にへらと笑い返しておく。
「待っておったよ。『武士』のお嬢ちゃん」
私たちの目線での挨拶が終わったタイミングで学園長がそう言った。
誰にも話していないのに、なんで学園長さんは真職を知っているのだろう。
「学園側には真職がわかる様になっているんじゃよ」
疑問に先回りするいたずらっ子の様な声。
何か仕組みがあるのかもしれなかった。
「プライバシーの侵害です」
「お嬢ちゃんのことは最近なんでも知っておる」
「学園長さんが言うと変態チックです」
「失敬じゃな。ちなみに、『騎士』はお嬢ちゃんじゃなくてウィンザードじゃったよ」
続く言葉に、反射的にウィンザード君を睨んでしまう。
いけない、とすぐに目をそらす。
感情に理性が追いつかなかった。
学園長さんは卒業論文のやりとりの中で私が『騎士』を欲しがっていたことを知っているから、今のは私の反応を試したのだろう。
見事に乗せられてしまった。
恐る恐るウィンザード君を見ると、彼は私の様子に苦笑しただけだった。
どうやら私が到着するまでの間に、学園長からある程度聞いているみたい。
くそう、と思う。
その余裕が騎士たる所以と言うところなのだろうか。
確かに家柄も評判も騎士を絵に描いたような人なんだけれど。
「呼んだのは、他でもない。ウィンザードにはもう伝えたんじゃが、毎年『騎士』の真職を受けた者と、『武士』の真職を受けた者にはやってもらう事があるからなんじゃ」
学園長さんは嘘っぽい笑顔を顔に貼り付けている。
激烈にすごく嫌な予感。
予感と言うよりも、ウィンザード君が居たことと、ウィンザード君の真職が『騎士』だって言われた時に、何の為に集められたのか分かってしまった。
『騎士』と『武士』だからだったのだ、と言う納得はあるものの、今すぐにでも回れ右をして逃げ出したい欲求が膨れ上がってしまう。
「前に来た時には見なかったアンティークですね」
話題をそらしたくて賢鳥の置物に対して興味を持ったふりをしてみる。
無視された。
「…あ」
丁度その時、窓の外から強い光が学園長室に差し込んだ。
少し遅れて破裂音。
花火だ。
学園長室に呼ばれている間に、星誕祭が始まってしまったらしい。
うかうかしていられない。
「…あのう、物凄く断りたいんですけれど」
「学園創立以来、例外はないのう」
「ああ言う事やったことないんです」
「誰にでも初めてはあるのう」
「私、成績そんなに良く無いですよ」
「基準は成績ではないんじゃ」
「快く思わない人、たくさんいる気がします」
「誰がやっても批判する者は必ずいるからの」
「孤児が選ばれちゃうと、各方面から圧力がかかりそうじゃないですか」
「文句なんて言わせんよ」
言外に、お主にもじゃ、と言われた気分。
学園長さんの雰囲気から、逃げ道はないことが分かってしまう。
「私でなくても、優秀で自発的にやりたくてたまらない子沢山いると思います」
「名誉なことじゃからな」
「ええと、そう言うことではなくてお相手が…」
「…祭りが終わるまでウィンザードの取り巻きには、気をつけなさい」
学園長の返答は、最低で最悪な厄ネタが確定したことを思わせるには十分だった。
星誕祭中に鬼籍に入ることになるかもしれない。
学園長は、話は終わりだと言わんばかりに机の上の書類を見始める。
退出しなさいと言う事なのだろう。
「よろしく。ハナビ・クレイリアさん」
と、どこまでも爽やかな王子様が、裏のない笑顔で私に笑いかけた事が、これ以上なく不吉に思えた。
どうやら、今年の星誕祭の締めは、私とウィンザード君で取り持つことになりそうだ。
「よ、よろしくね」
学園長室を出る時に、私たちの背中に「がんばりなさい」という言葉が送られてきた。
明日も0時に更新できると思います。
是非、よろしくお願いいたします。




