六聖剣
重い足取りで儀式の聖堂から学園を繋げる長い廊下をふらふらと歩く。
廊下の天井にあるステンドグラスの向こうには大分暗くなった空が透けて見えていた。
自然と漏れるため息が精霊さんとのやり取りを思い出させ、儀式の結果に落ち込む。
立ち止まった拍子に腰でカチャカチャと音が鳴る。
両手でそれぞれ音の主を軽く撫でながら、精霊さんの言葉を思い出す。
『運が良かったな、君で連続四人。今年は六人も聖剣保有者が生まれた。正直前例がないくらい多いね。
本の世界だったらきっと主人公が君たちの中にいるんだろうね。
これは世界の祝福なのかな?
それとも大きな災いが起こる前兆なのかな??
わからないけれど、僕が存在している世界では初めてのことだ。
ああ、聖剣ってなんだって?君たちに渡した真職に見合う武器のことだね。
都市伝説だって?
確かにね、この世界ではその呼称でも正しいのかもしれない。
今年は七本も作ったから伝説感が薄くなってしまっているけれど、出ない時は一本も出ない位のものだからね。
事実ここ数年は出ていなかった。
君たちのこれから次第で未来では七本の伝説扱いになるかもしれない。
喜びたまへよ。
聖剣ってかなりの業物だ。
ただし、聖剣って言っても無敵な訳じゃない。
もちろん下手に扱ったら欠けるし折れるし壊れるから大事に扱ってよね。
伝説っぽくないって?そりゃそうだ。
一度振り抜いたら世界のバランスが崩れるような剣なんて簡単に存在しちゃいけないだろう?
イメージとしてはそうだな。
田舎の超金持ち貴族が孫の卒業のために大金叩いて作らせたオーダーメイドこの世に一つしかない孫だけの武器みたいなもんだ。
解りづらい?
おかしいな。
他の子みんな納得したんだけれど。
面倒だから突っ込まなかっただけ?
そんなこと言うとこの剣あげないよ?
俺が見たところ聖剣の中でもかなりの上物だぜ?武士の刀…によく似てるけど両刃だしこの世界では見たことない形だな。
そういえば両刃だから今後も君は峰打ちできないって事だよ。
どんな剣に分類されるのかもよく分からない。
未来的なデザインだよね。
それも雌雄二本。君二刀流とか扱えるわけ?
ああ、聞くまでもないか。
君のための武器なんだもんな。
使ったことがなくても、あってもきっとしっくり来るはずだ。
今年は魔力出血大サービスって感じだよ。
そう、原材料は精霊の魔力。
それから君たちの使っていた精霊剣の一部だね。
六組も作ったから流石に俺も当分休眠モードになるな。
どれくらいかって?大体一月位は目を覚まさないね。
微妙じゃない、微妙じゃないから。
精霊様が一月も休眠モードって精霊界じゃ大問題だから!!
精霊界なんて見たことないけどね。
他の精霊?
居るんだろうけど見たことないな。
なんせこの聖堂からずいぶん長く出てないからね。
当分出るつもりもないよ。
ここでやらなきゃいけない事もあるからね。
でもまぁ二刀流か。
二刀流ねーなんか』
それ以降は延々と自慢話が続いたので割愛。
精霊さん。
もう好んで会いたいとはまず思わないけれど、どこかでまた会うような妙な予感はあったりする。
真職は残念な結果に終わったけれど、もし次に会った時には新しい武器のお礼を言おうと思う。
武器の事に関しては真職ほどではないにしても結構な悩みの種だったから、聖剣をもらえたのはかなり運が良かったと思う。
新しく自分用に注文したらすごくお金もかかってしまうし既製品を買うにしても私の筋力と背丈だとどうしても調整しないといけなくなって結局費用が飛んでいたし。
いろいろ切り詰めて諦めればなんとかお金の工面はつくだろうけれど、その姿を見られると友人たちが気を使って特注品を作りかねない。
当分は騎士団で支給されるものを使う気で居たから、無料でこれだけいい武器が手に入ったのは素直に嬉しい。
ああでもこれ学園では儀礼用にしか使ったらいけないだとか制約があるのだろうか。
あり得なくも無さそうだけれど、唯一無二で私専用に作られているものらしいし、流石に没収はされないと思う。
卒業してクレイリアから出てしまえば私の自由と言う物だろう。
行きと同じくらいの長さの廊下をどれくらいか歩いた頃に開けっぱなしの扉の向こうに外が見えた。
廊下の時にも気がついていたけれど、もうすっかり夜だった。
季節の変わり目で日が落ちるのは早いけれど、それでもかなりの時間精霊の儀に使ったんだなぁと改めて思う。
精霊の儀そのものには全く緊張していなかったはずなのに、外に出ただけで身体が楽になる。
一応あれでも人外の存在なのだから、自分でも気がつかないうちに身構えていた部分があるのかも。
それか、真職ががっかり過ぎてこの帰りの廊下で身体が凝り固まったのかもしれない。
「やっと出てきたか、遅刻娘」
ロイ君だった。
声の方に顔を向けると、飾り岩に寄りかかるようにロイ君とクーが待ってくれていた。
「待たせちゃいましたか」
すこしにやけながら言う。
待ってくれているとは思っていたけれどやっぱり目の当たりにすると嬉しい。
騎士が貰えなかったショックが少しだけ和らいでいく。
「真職、は…いや言わないでもいい」
こちらの態度で察したのだろうか、ロイ君は途中で話を切り上げた。
ええ、ええ。そうですとも、欲しかった騎士は頂けませんでしたとも。
「二人の真職は??」
「それは追い追い話そう。どうやらハナビも聖剣を手に入れている様だし、もしかしたら精霊が適当な事を言っただけで、真職を気にする必要はないのかもしれないし、卒業生全員に聖剣は配られているのかもしれない。」
と言うことは、二人も聖剣を手に入れてるってことかな。
でも、真職を気にする必要ってなんのことだろう。
私はセフィア様のようになりたくて、憧れから『騎士』が欲しかったけれど、そう言うのがなければ、自分に相性の良い職業診断くらいの意味しかなかったような。
「私たちだけじゃなくて、サイモンも弓を手に入れていたわ」
私の表情に気がついたのか、クーが一つ目の疑問にすぐ答えて、廊下の壁に立てかけられている馬上槍を一瞥する。
銀色の綺麗な三叉槍。
クーは馬術がとても上手だから、ぴったりだと思う。
ロイ君も、クーに合わせて細身の剣を左手で持ち上げた。
装飾が私のもらった剣より若干凝った指揮棒のようにまっすぐな細剣。剣術というよりは戦術が得意なロイ君が剣を掲げて指揮を飛ばしている姿が想像できた。
そう言えば精霊さんは今年、六人の聖剣保有者が生まれたとも、四人連続だとも言っていた。
六人なのに七本?
ああそうかと腰に下がる二振りの聖剣を撫でる。
聖剣って言われていたから凄い宝物のように思っていたけれど、私の周りだけでもこれだけ大量にあると、精霊さんの性格も相まって少しだけ有り難みが薄まるような感じがする。
そういえば精霊さんもそんなような事言っていたっけ。
そもそも、私でも貰えたものが、私より成績の優れているみんながもらえないわけがないのだ。
でも、そう考えると、ロイ君の言った通り精霊さんの言っていた六つの聖剣というのはまるっきりデタラメで、卒業生全員が聖剣保有者という事も考えられてしまう。
「卒業生は中央講義堂集合だから、そこでまずは情報収集をしようか」
―――サイモンが先行して情報を集めてくれている。
と、ロイ君は貴族のように私の手を引いて歩き出した。
クーがそれを見て、少しだけ驚いてその後ニヤニヤ笑っていた。
百人近くの卒業生と、数十人に及ぶ教師が一堂に集まっても、まだ狭さを感じさせない講義堂。
今日に限っては生徒が利用する机や椅子が片付けられ、軽食を楽しめる立食パーティのようになっているから殊更そう感じるのかもしれない。
聖剣は、講義堂に入る時に受付の事務員さんに回収された。
血相を変えて三つの武器を抱えて走っていく事務員さんの後ろ姿が、何やら私に不吉な予感を感じさせていた。
そんな私の不安をよそに普段は講師の先生方が教鞭を振るう壇上で、学園理事の偉い方々が代わる代わる何やら無事、星誕祭が開催できることへの感謝であったり、他の国や地域から参加しているこれまた偉い人方々に対して堅苦しく謝辞を送っているけれど、卒業に浮かれている生徒の何人がまともに聞いているのか、そう思う私も理事の話は聞いていない側だったりするのだけれど。
「例年、卒業生はみんな自分の真職を明かさないらしい」
つまらなさそうにしている私に気づいてか、サイモンがそう言った。
同時に果汁を絞った飲み物を差し出してくれるので、ありがたく受け取る。
柑橘系の甘酸っぱさが口の中に広がり、少しだけ意識がはっきりした。
「一応、精霊様が忠告してくれた内容に間違いはなかったって事だ。」
サイモンはそう続けるけれど、私にはピンとこない。
どうやら、精霊の儀を執り行った儀式堂の出口でロイ君が『真職を気にする必要がある』と言っていたのは、精霊さんからなにかしらの忠告を受けていたからだったらしい。
私は始終振り回されていたせいでそんな記憶はないのだけれど。
そんな事言っていたかな。
あの時は色々あったから、記憶が曖昧なのだ。
やっぱりか、と頷くロイ君と、別段不思議に思っていなさそうなクーを見て、取り残されたような不安を感じてしまう。
クーを見上げると、くしゃくしゃと私の頭を撫でながら大丈夫だよ、とウィンクをしサイモンを促した。
「サイモン、話して」
「オーケーオーケー。元々俺たちが考えていた真職って、自分のスペックと相性のいい将来の職業くらいに考えていただろ?」
壇上の講話に一応気を使いながら、小声でそう話すサイモンに私は小さく頷く。
「それ自体は実際に間違っていないんだ。
けど、この真職にはもう一つ、計算されての事なのか、たまたまなのかわからないけれど、一部の特権階級にとっては俺らが思っている以上の大きな意味があるんだよ。」
そう続けたサイモンの言葉の意味を私も改めて考える。
精霊剣に記録された私たちの情報から、最適な称号を占う精霊の儀。
大きな意味では先ほどサイモンが言った、相性の良い職業占いのようなものだったと思う。
その精度は高く、真職を告げられた生徒は、なんとなく納得してしまう。と。
納得すると言うことは自分の性質をある程度自己分析ができているから–––
ああ、と気がつく。
それはきっと、自分の得意な部分だけでは、ないのだ。
軽く目を見開いた私に、サイモンは正解と、続ける。
「要するに、真職っていうのは本人の総合力なんだよ。
『剣士』と『剣使い』なんて真職もあって、剣士は道場で戦えば剣使いより強いけれど、戦場で戦えば剣使いの方が強いだとか、過去の先人たちの『真職』から分析出来てしまったりする。
もし今後戦争が始まったら、それはとても危険な事だ。
この国にいる絶対的に強い将軍たちがもし特定の条件では弱いと言うのがバレてしまったりするからね。
あとは、『真職』同士に相性があったりするんだ。
『狩人』は『重戦士』に弱いだとか、わかりやすいものであれば良いけれどね。
それが本人の精神的に戦いたくない相手だとかで『真職』が選ばれていたら大変な事だ。
そんな物がおおっぴらになったら、卒業生の中に格差ができてしまう。
この学園には特に上位貴族が多い。
むしろ上位貴族はクレイリア学園の最高峰の教育を受けられる事がステータスだから、上位貴族はほぼ間違いなく入学しているからね。
俺とかロイは家の権威が特殊だからそこまで気にはしないけど、弱点はまだしも、真職同士に上下関係があったりするのは厄介なことこの上ないんだよ。
真職の開示が当たり前になっちゃうと、安定している貴族同士の上下関係を崩壊させかねないのさ。」
卒業の儀の情報が在校生にも、世の中にも広まらない筈だ。
精霊の儀の内容が秘匿されてきたのは、単純に隠していた方が都合のいい特権階級が多いのだ。
精霊さんがあまりにもアレだからだとか、そんな浅はかな事情ではなかったらしい。
少し、自分の考えに恥ずかしくなる。
「真職の意味からある程度戦い方とか、対策まで推察もできてしまうようになるかもしれないって事ね」
クーがくだらないと言った具合で吐き捨てた。
その様子に精霊の儀に対してクーが何か厳しい感情を持っているように感じる。
精霊さんの事だから彼女に対しても変な事をして怒られたのかもしれない。
「そうだ。
テンバレンがどんな真職を貰ったかは聞かないけど、
テンバレンは馬上では抜群に強いよな。
地上で戦った時、馬上と同じパフォーマンスが出せるか?
出せないって言うのを相手に知られている状況と、知られていない状況では選択肢に大きな差が出るんじゃないか?」
サイモンの説明はとても解りやすかった。
『真職』がその人物の本質を捉えているのであれば、クーの特性すら加味されて選ばれているのかもしれない。
『真職』の情報が出回れば出回るほどに、卒業生は不利になっていく。
だから『真職』に対して皆、口を噤むのだ。
「だから、ロイ君は私に真職を聞こうとしたけど途中でやめたんだね」
「ハナビは世間知らずなところがあるからね。僕たちのことを信頼しすぎているし」
肩をすくめながらロイ君はそう言う。
私の真職を知ったところでロイ君が何かするかと言われたらそうは思わないけど、その気遣いがこそばゆくて、自然にはにかんでいた。
壇上で理事の一人の話が終わったのか、短い拍手が起こり、次の理事が話し始める。
それに合わせるようにクーが続けた。
「でも、セフィア様だとか一部の卒業生は、真職が開示されているわよね?」
確かに、と私も思う。
私が知っているだけでも、卒業生の『騎士』や『武士』、卒業生では無いけれど、国交の一環で精霊の儀を受けたトエル国の皇女様方の『巫女』だとか…
「いや、セフィア様達が貰った真職は問題ないのさ」
どうやら先行して講義堂で情報収集をしていたサイモンはそこまで調べていたらしい。
三人全員がサイモンに集中したのを確認して、サイモンは口を開いた。
「彼女たちがもらった真職…騎士とか武士とかの真職には、弱点らしい弱点がない。
漏れた所で、国に戦闘力で仕える奴らは大体それらに分類されるから、戦い方のイメージもつかみにくい。
『騎士』『武士』はむしろ開示した方がメリットなんだ。
だから毎年…」
壇上のお偉いさんが私たちの方を見て咳払い。
サイモンが話を切り上げて、頭を下げた。
なるほど、と思う。
騎士だとか武士だとか、イメージ通りであるなら剣も槍も斧も盾だって、武器と言われるものは誰かしらが必ず使っている。
それに加えて弱点無し。
飽く迄も個人の持ちうる身体能力レベルの話だろうから、水の中でも強い、空の上でも強いとかそう言う話ではないのだろうけど。
例えば遠くから魔術で打たれ続ける環境って言うのは誰でも詰んでいる状況だ。
『騎士』や『武士』だからと行ってそんな状況を切り抜けられると言う話ではないのだ。
そうなると『騎士』は貰えなかったものの私が貰った『武士』って言うのは、意外に凄い真職なのかもしれない。
『騎士』を願っていなかったらものすごく、喜んでいたのかも。
壇上のお偉いさんが視線を戻した所で、サイモンが小声で続けた。
–––だから、『騎士』や『武士』の真職に関しては、本人が開示するまでもなく学内では開示されるんだよ。
と。
「え?それってどう…」
私がそう聞くのと、私の肩を先ほど慌てて走っていった受付の事務員さんがトントンと、叩くのとが、同時だった。
明日も、0時に更新させていただきます。
よろしければ引き続きご愛読ください。