素敵なみんな
昨日は飲み会で0時更新が遅れてしまいました。
申し訳ありません。
「ハナビ!!」
待ち合い室の扉を開いた瞬間、扉を吹き飛ばさん勢いで私に抱きついてくる女の子。
もちろん彼女は、お祭りの夜や今回の星誕祭の夜空に魔力で色鮮やかに弾ける爆裂系の魔術のことを言っている訳ではない。
叫びながら私に抱きついて来たのだから、説明するまでもないだろうけど、『ハナビ』は私の名前なのだ。
ちゃんとした名前は、ハナビ・クレイリア。
実はクレイリア士官学校理事長の娘、だとかそんなわけではなく、私の親はクレイリア士官学校そのものなのだ。
この学校は、卒業生の多くが学校の名前の通り軍務関係の仕事に就く。
もちろん生徒やその親たちも、それを目的にして入学してくるわけだし、セントラミア王国最高峰の学校として恥ずかしくないほどの優秀な騎士や武士それ以外の戦士たちを毎年数多く排出してきている。
そのせいで世間からクレイリア士官学校は戦争を起こすために若者を厳しく教育、訓練させているだとか、安定した生徒数を確保するために世界各国で戦争の火種をおこしているだとか、根も葉もない噂が流れたり、イメージが悪い面があるらしい。
クレイリア士官学校の偉い人たちがそういったイメージの払拭のために思いついたのが、世界で起きている小さな部族の抗争だとか、地方領主たちの小競り合いだとかで家や家族を失った子供たちの救済。
戦災孤児の保護を名目にした慈善活動だった。
十八年前、リスティア騎士王国の匪賊討伐軍が訪れた遠征先の焼かれた村で、唯一生き残っていた赤ん坊が私だったらしい。
焼け跡から私をはじめて発見したのが討伐軍に参加していたこの学校の卒業生で、その人はクレイリア士官学校の戦災孤児救済のシステムを思いだし、赤ん坊だった私を学校につれてきてくれたのだ。
孤児の救済を唱っている学園側もまさかまだ喋ることもできない様な赤子を受け入れる施設は用意しておらず、イレギュラー措置として入学できる年になるまではクレイリア士官学校の宿舎に預けられ、それ以降は生徒として学園寮で過ごした。
入学事態が難関だと言われているクレイリア士官学校に私が入学できたのはそれが理由だった。
「苦しいよ、クー」
「うん?ああ、ごめん」
そう私に言われてもう一度抱き締めてから離れた長髪の彼女は、クー・テンバレン。
女の私から見ても、かなりの美人さんだけど、白銀の髪に綺麗な褐色の肌、男勝りの性格や攻撃的な目付きが美人より格好良いに天秤を傾けてしまっている女の子。
男の人の平均よりやや高い身長で、手足が長くスラッとしている。
今だって、普通より逆に小さめな私はクーに抱きあげられて視線は同じ高さだったのに、両足は完全に地面から離れていた。
ふくよかな胸にウェストは括れているしお尻のサイズも申し分なくて、すごくバランスの良い身体をしているけど、女性としての魅力が薄いのは、伸びる四肢に実用的に引き締まった筋肉がついているからだと思う。
彼女は学園内で一緒に過ごすことが多いグループのメンバーの一人で、その中でも私と飛びきり仲が良い。
入学した当初からなにかと目を掛けてくれ、家柄などを割りと気にする学園の生徒たちからいじめだとか仲間はずれだとかされず平和に過ごせたのは彼女のお陰といっても過言ではないくらい。
本当、入学式その日に彼女と話す仲になれた事は私の学生生活の中でもかなり運がよかったと思う。
「いやー、でも本当こっちはハラハラドキドキしたよ。ハナビが来るまで留年覚悟したからね」
そう言って、私たちのやり取りを見ながらにやにやしてるのは、サイモン・アルド。
中肉中背、それなりに整った顔をしてると思う。
犬みたいな笑顔が特徴的で人懐っこい顔をしているけど、身内以外の異性が油断するとすぐに手をつける悪癖持ちだ。
グループの一人で今や欠かせられないムードメイカーだけれど、そもそも私たちに近づいてきたのはクーの外見に惹かれて口説きに来て、一刀両断されたのが出会い。
その直後に私にも告白してきて、瞬間クーに回し蹴りをされていたのは思い出の一つだ。
なんどもなんどもアタックする内にそれが楽しくなってきたのかいつのまにか私たちと一緒に行動するようになっていた。
仲良く話すようになるまでは、本心を見せない下心満載の発言と胡散臭く感じてしまう笑顔が苦手だった。
それでも、やるときはやる人だし、彼の悪癖も心の底から本当に女子が好きと言う嘘偽りのない情動からと言うことに気づいたら、何となくそう言う事もあるのかな、と納得してしまって今に至る。
「そんなこと言いながら学園長に直談判しに行きかけたテンバレンをハナビなら大丈夫だと、止めていたのは君だろう」
「言うなよ」
サイモンの非難の声に呆れ顔をするのは、ロイ君。
正式にはロイ・シュバルツ。
もう見るからに真面目そうで眼が歪んで見える程の度が強い眼がねをかけているのが印象的な男の子だ。
学園内の生徒の中でも1、2を争う程の戦術眼を持った生徒で、団体の模擬戦では教師顔負けの指揮を振るう。
サイモンとは正反対のタイプの生徒と言えるのに、この二人はなぜかとても息が合う。
普段から二人の会話はお互いに刺々しいけれど、聞いていて小気味が良くて寸劇を見ている様な気分になる。
もちろん彼もグループの一員でサイモンが私たちと一緒に行動するようになった頃、彼が無理矢理ロイ君を連れてきてそのまま仲良くなった。
それから私とクー、サイモンとロイ君の四人は気がついたらいつも一緒に行動していて、皆互いに助け助けられを繰り返して今日を迎えた。
もっぱら助けられていたのは私とサイモンばかりだったと思うけれど。
いつも通りの二人のやり取りを眺めながら、クーの隣の椅子に腰かけると皆が私を見ていることに気がついた。
にへら、と笑ってみると皆それぞれ笑い返してくれる。
本当良い仲間に出会えたなぁ、と心底思う。
「皆、待っていてくれてありがとう。精霊の儀を一人で受けることになるのってすごい心細かったから、聞いたとき本当に嬉しかったよ」
多分、あの時私は柄にもなく卒業に対してナーバスになっていたから、学園長さんは元気付けようとしてくれたのだ。
そしてそれはきっと学園長さんが思う以上に私を元気付けた。
それくらい、私は皆のことが大好きだ。
「当たり前よ。ハナビ一人残して卒業なんて私にはできないわ」
当然、とでも言いたげなクーに同意するようにサイモンとロイ君もそれぞれ肩をすくめる。
「実際それだけじゃなくてね。未知数の精霊の儀を我先にと受けるよりは、ハナビを待つ口実で順番遅くして儀式の情報収集もしたかったのだけどね」
そう、ロイ君が続けた。
「抜け目ないなぁ。なにか収穫はあった?」
「当てが外れたんだよな?ロイ」
ニヤニヤ笑うサイモンに舌打ちしながらロイ君は答えてくれる。
「収穫が全く無いのが、収穫ではあったかな」
ロイ君は待ち合い室からさらに奥に続く扉を指差しながら、続ける。
「精霊の儀の都市伝説のひとつに、精霊に気にいられなかった者は戻ってこないって言うのあっただろ?あれはある意味正しい」
「戻ってこない人が居たの?」
それは今ここで話している場合じゃないくらい、とても怖い話だと思う。
クーが私の神妙な顔を見て吹き出した。
「むしろ、誰も戻ってこないのよ」
そこまで言われて、やっとロイ君の言いたいことが分かった。
「出口はさらに奥か、どこか別の場所にあるんだ…」
良くできました、とロイ君がつまらなさそうに眼鏡を拭き始める。
「情報収集が出来るな、とかどや顔してたロイ君はとても恥ずかしい事になったのであった」
「一人目が戻ってこなかったとき、一番焦っていたサイモンは黙ってろ」
吐き捨てるように言うロイ君に、バツが悪そうにするサイモン。
きっと、サイモンの事だから一番最初に精霊の儀を行った生徒の安否を本当に心配したんだと思う。女の子だったんじゃないかな。
もちろん、それを弄るロイ君だってその生徒を心配したからこそ冷静に推理してこうだろう、と結論を出したのだ。
ふふ、と自然に口からこぼれてしまう。
二人のやり取りが目に浮かぶようだった。
「精霊の儀から戻ってこれない…か」
結局不思議だって思う都市伝説なんて種を明かすとこんなものなのかもしれない。
「じゃぁ結局、剣と引き換えに真職を啓示されることだけしかわからないんだ?」
そう続けると、ロイ君は降参と言わんばかりに両手の平を私に向けた。
ううむ。
私自身皆に何か聞けるだろうと思っていたから、普通に期待が外れてしまった。
「真職に関しても実際なんのことだか良く分からんしね」
「啓示通りその職業につくものは祝福を受け成功が約束される、って言うのは言い過ぎだろうが。自分と相性の良い程度の物は精霊の力で占われるんだろう」
サイモンの言葉にロイ君が答える。
精霊とは名ばかりの学園関係者の呪い士がいるだけかもしれないけどな。と付け足す。
確かにそれはあり得そうな話だった。
精霊は存在するものだと言われてはいるけれど、誰も実際に精霊とコミュニケーションをとっただとかは聞いたことがないし。
もし仮に100%意思をもってこの世界に精霊という存在しているのだとしたら、世界の同期もそれらの神秘的な力によって引き起こされたのかもしれない。
「真職ねぇ。精霊に何を言われようが死ぬわけじゃないんだし、好きなようにしたら良いと思うけどね。」
クーがつまらなさそうにそう言った。
口調にトゲを感じるのは精霊なんてものを端から信じていないのか、信じた上で存在そのものが嫌いなのか。
表情からそれは読み取れない。
それでも、多分本気でそう思っているんだろうなあ。
本気でどうでもよく思っているのだ。
クーの言う通り真職を無視して別の職業に就く事だって別に可能なのだ。
真職はあくまでも占いの延長であって、未来を絶対付けるものではない。
「ハナビはさ、これからどうするの??やっぱり欲しい真職は昔のまま??」
真職なんてどうでもいいじゃない、的なことを言ってから本人も仲が良いと認める私にこう聞くのだから本当クーは我が道を行く人だなぁと思う。
「うん。私は騎士が欲しい」
それでも、親友になんと言われようとも、その考えだけは変えられないのだ。
真職に外れと言う考え方はないけれど、実は『当たり』の考え方はある。
特に戦士系の真職は、この学園では重宝されがちだ。
『戦士』であったり『武闘家』であったり
なにせ卒業生の就職先が戦闘を生業にする事が多いから、啓示される真職がそちらに寄っている事は願掛けもあって好まれやすい。
その中でも毎年一人ずつしか選ばれない、『騎士』と『武士』はとても稀少で、多くの生徒が自分の真職であれと願っている。
私はその一番稀少な真職の一つがどうしても欲しいのだ。
「それは、やっぱり…」
心なしかクーでも気まずそうに聞いてくるのは、その理由が私の生い立ちと関係するからなのだろう。
「セフィア様みたいになりたいから?」
そう聞いてくる親友に私は頷いた。
私の憧れのその人は、セントラミア中立国出身でこのクレイリア士官学校を首席で卒業した一人の女騎士だ。
若い頃から類稀なる剣術のセンスと、周囲の眼を惹く美貌で注目を集めていたらしい。
学園をトップの成績で卒業する時には精霊から騎士の真職を賜り、首席卒業の威光を遺憾無く利用し、その足でリスティア王国に士官。
後ろ楯も特に強くない国で一人名をあげ続け今ではリスティア王国の一個旅団を任される将校の一人にまで上り詰めている。
もちろん、それだけだったら他にも沢山逸話を残している偉人は多いし、その年の武士になった人なんかはセフィア様に負けない位の英雄譚を今もなお産み続けていたりするから、私が彼女のことを特別気にするまでにはならなかったと思う。
私のなかで彼女の存在がぐんぐんと大きくなっていった理由は。
新米騎士だった頃のセフィア様が匪賊討伐の折りに焼け落ちた一つの村で発見して保護した赤子が私だったから。
風の噂で聞くたびに、恩人の名前は耳に残り、興味はいつのまにか私のなかでとても強い憧れに変わっていた。
「それじゃあ、ハナビはリスティアに行くのかい?」
「うん。ロイ君とサイモンはセントラミアに士官するから、私たちお互い戦い合わなくてすむね」
セントラミアは国を護るためにしかその剣を振るわない。
仮にリスティアやトエルが戦っても仲裁こそすれど、その力をどちらかの国に肩入れなど決してしない。
その代わりリスティアもトエル国も他の小国もセントラミアには攻め入らない。
国々の協定でそう決まっているのだ。
だからこそ、士官学校はあらゆる国に卒業生を排出しているし、そういった国であるから戦える人間は物凄く多くて三大国家以外の小国に攻められても簡単に守りきれる。
仮にセントラミアが危機的な戦時下に入れば、リスティアとトエルは軍を派兵してセントラミアを守りに来る。
三大国家の平和はそうして守られているのだ。
二人はこの国のそれなりに大きな名門の出だから決められたレールがもうあって、それは本人たちがどう思っても覆せない。
最近は昼休みなどによく将来のことを、面倒くさそうに話している二人の姿を見ていた。
二人とも珍しく冗談は言い合わないで今後二人が継ぐであろう家のことを相談しあっていたのだ。
どちらかと言えば我の強い二人だから、家のことで思い通りにならないことも沢山あるんだと思う。
たまった不満や苛立ちは同じ境遇の人間しかきっと分かち合えない。
こう言うとき、天涯孤独な私はフットワークが軽くて自由気ままに生きられるから親無しも捨てたもんじゃないな、と二人を見て考えていたりした。
「もし、士官先が見つからなかったら内の騎士団かサイモンの家の騎士団に入ったら良い」
「そうそう、ハナビは戦い方が特殊だからな、下手したらクレイリア士官学校初の赤点に続いて初の就職浪人になるかもしれないぜ?そうなる前に、いつでも気軽に連絡してよ」
ロイ君もサイモンも口では笑って入るけれど、私の身を案じているのか目元は心配そうだ。
家の後押しと言う武器を持たない私は騎士になれたとしても、名もないような騎士団の最前線の歩兵として戦場に投入されることになる。
最近大きな戦は無いけれど、戦いとなれば犠牲になりやすいのは、新兵なのだ。
もちろん私はそうなるつもりなんて無いのだけれど。
少し前に、二人にはそれぞれ実家の持つ騎士団に正式に勧誘されたことがある。
その時はお断りさせていただいた。
だって名門の貴族である二人が、突出した成績も、実績も持っていないような異性をつれて実家の持つ騎士団に戻ったら…。
二人の家の人たちを見たことはないけれど、私にとっても、本人たちにとっても、とても面倒くさいことになるのは想像できてしまう。
大丈夫、どうにかなるよ、と二人に答えて私はふと気がついた。
「クーは?クーの進路先って聞いたことない。もう決まっているの?」
なにか考え事でもしていた顔でクーは私を見る。
その後すぐには答えないで、間を開けてから頷いた。
ちょっと、驚く。
新入生だった頃に一度だけ聞いた彼女の実家の話。
小さな領地を収める領主の4人兄弟の末っ子が彼女だ。
家に居ても政略結婚に利用されるだけだとも彼女は話していたから実家に帰る選択肢は元々なかったと思う。
クーはこう言うところ忠誠心とか考えないタイプだから、卒業後開示される成績を元に星誕祭で行われる各国のスカウトの中から一番条件の良い話に乗るんだとばかり考えていた。
彼女は成績が悪い方ではないし、馬上で槍を振るった場合は、学園内で数人も彼女に勝てないんじゃ無いかってくらいに強いから、引く手数多になるのは間違いない。
そもそもクレイリア士官学校は幸か不幸か学校そのものが入学困難な名門だから、成績の悪い私ですら食いっぱぐれる事はないのだ。
もしかしたら卒業後は私と一緒にリスティアに来てくれるかもしれない。
そうなったらそれは、かなり嬉しい。
「どこに行くかは秘密だけどね」
皆の好奇心の目をその一言で終わらすと、追撃が来る前に彼女は立ち上がり続けた。
「そろそろ精霊の儀に行きましょう」
置き時計を見ると私が部屋についてからもう半刻ほど時間がたっている。
私が部屋につくまでにもかなり空白の時間があるだろうし、精霊に人間のような意思があるのだとしたら、もう待っていられるかと不機嫌になっているに違いないと思う。
「だ、だれからいこうか?」
出来れば最初と最後だけは嫌だなとか思いながら呟く。
「これで」
と、ロイ君がだしたのは四本の紐だった。
読んでいただけありがとうございます。
次も0時更新いたしますので、よろしくお願いいたします。