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あべこべ  作者: 鱶島おすんちゅ
2/13

学園長さん

精霊剣と言われる剣がある。

精霊鉱と言われるセントラミア王国でしか取れない特殊な鉱石を鍛え打たれた鋭剣で、とても軽く、それなりに硬い。

この剣は、クレイリア士官学校の注文でしか工房で打たれないために、希少価値が割と高く金額もかなりするものだったりするけれど、性能はこの世界に存在する剣類の中でも中の中といったところで、実技演習なんかで生徒同士が打ち合ったりすると、刃こぼれや剣そのものが折れたりなんかが日常茶飯事でおきたりする、そこそこの武具くらいの代物だ。

名前ばっかりが厳かな精霊剣を、クレイリア士官学校は入学時にその年の新入生徒全員に支給する。

精霊剣を渡されてから私たち在学中の生徒は、座学の時も実技練習や演習の時も、はたまた授業の無い休みの日であっても、片時も離さず常に携行することを義務付けられる。

休みの日なんて、それが一種の通行許可証扱いになっていて、持っていないと学園寮から外に出ることが出来ないくらい携行が徹底されてしまう。

初めて手にした時は、憧れの一つである鋭剣にものすごく興奮したものだけど、7年間も共にすると、もはや一切の着替えが禁止された衣服と同じようなものでしかなくて、たまに邪魔に思ったりなんかもしたりしなかったり。

実際、私以上にこの鋭剣が邪魔だと思う人たちもいるようで、何人かは休みの日にどこかの店の店主に小銭を掴ませて預かってもらって、身軽に出掛けたりしていると聞くこともある。

私も例にならって、預けて遊びにいこうと思ったことはあったけれど、友人の一人に大反対されて、休みのときもずっと腰から下げていた。

もちろん今も、日が暮れて薄暗くなった学園の長い廊下を一人で歩いている私の腰に、しっかり精霊剣は釣り下がっていて、歩調に合わせて時たまカチャカチャと音が出る。

「でもまぁ、今日だけは自分から持つことを嫌がる人なんて一人もいないと思うけど…」

煩わしいと思いながらも、七年間必ず携行していたこの鋭剣は卒業するその時に剣以上の意味をもつ。

入学時に支給されるこの剣は、『精霊の儀』と言われる一大イベントの主役の一つになるからだ。

その儀式の内容は門外不出な様で、卒業する私たちにすら教えられない。

ただ、卒業が間近に迫った頃にどうしても気になって、クラス全員で調べたことがある。

わかったのは、学園内にある聖堂の一室で一人ずつ部屋に入れられ儀式が行われるということと、その儀式で精霊剣を失うこと、そしてその代わりなのか、自分の真職を啓示されること。

確実なのはそれだけで、後は精霊剣を生け贄に存在すら不確かな精霊と対話出来るだとか、精霊鉱には、文字通り精霊が封じられていて、剣を砕くことで精霊が解放され、剣の持ち主を守る守護精霊になるだとか、聖堂の一室には伝説の武器が刺さっていてそれを抜けた物はその武器を与えられるだとか、精霊に気に入られなかった者は戻って来られないだとか、根も葉もない噂ばっかり。

授業の全行程が終わって、暇になった教室で日がくれるまであーでもないこーでもないと皆で話していたのはついこの間なのに、すごく懐かしく感じる。

「……ああでも君。なくなっちゃうのか」

と独り言。

自然に延びた左手が腰から下がる剣の柄を撫でる。

7年間の実技演習で何度も刃零れし、何度も折れて工房で打ち直した。

いくつも残る修繕の痕は、言わば自分の強さの象徴と言ってもいいんじゃないかな、とかちょっと感情移入してしまう。

邪魔に思ったことが無かったと言ってしまうと嘘になってしまうけれど、7年という時間の中で、片時も離れなかったこの剣は、時には頼もしい相棒として剣として生まれた使命を全うしてくれたし、落ち込んだ時などは、一番の相談窓口だったと思う。

剣との別れを惜しんだのが理由という訳では無いと思うけれど、何でか目的地に向かって歩む足は止まっていて、廊下の窓から私は馴染みのある校庭を眺めていた。

すると、

「こんなところで道草かね」

少しだけ呆れたような、そんなトーンで声をかけられた。

振り向かなくても誰が声をかけてきたのかわかってしまうあたり、本当最近顔を会わせる機会が増えたと思う。

「グラデンス学園長」

クレイリア士官学校の最高責任者が、暗くなりかけた廊下の影から現れた。

グラデンス・A・ウィル学園長。

一目見ると誰もが絵本に出てくる、魔法使いを連想するような銀髪と胸まである長い髭。

かなりお年を召しているように見えるし、事実そうであるけれど、実際に生活している姿を見ている私たちは、その佇まいから彼から年を感じることはない。

とにかく行動の一つ一つがきびきびとしていて、どの教職員より、下手したら私たち生徒たちよりもずっと1日の活動量が多いように思う。

頭の方も未だ衰えを見せず、年に数回行われる学園内の軍事演習などでは若手の教師たちの連合教師軍を纏めてその緻密で鬼のような兵捌きで負かし、泣かせ続けていたりする。

そんな反面、一度笑うと人のよさがにじみ出るような柔らかい笑顔が特徴的で多くの人から慕われている。

もちろん人が集まるのが自然なほど、それ以外にも多くの実力や魅力が伴っているのだけれど。


「私が記憶している限りで、お嬢ちゃんには窓の外を眺めている時間は無いはずなんじゃが」

学園長の諭す声。

その通りでございますとも、と思いながらも、誰のせいでこうなったと思ってるんだと恨みがましく睨んで見たけれど。

なにも気にする素振りすらなく手を差し出してくる学園長さん。

ええ、ええ。

もちろんです、むしろこんな薄暗い廊下を一人で歩いていたのも、貴方の部屋に向かうためだったのですからと、先程完成した論文が書かれた羊皮紙の束を無言で手渡す。

束を捲ること無く、学園長さんは両手で挟むと、何やら呪文を唱える。

突如羊皮紙薄ぼんやりと光り、暗くなった廊下を照らす。

数秒で、また廊下がもとの明るさに戻ると、ふむ。と学園長さんは頷いて私と視線を合わせた。

一応この学園には授業の履修項目に魔術の授業が存在するけれど、私に魔術の才能はからっきし無かったようで魔術は一切使えない。

だから、実を言うと今何をしたのかよくわかっていない。

けれど、どんな小さな魔術でも分厚い本を丸々一冊覚えないといけないらしいし、本来魔術発動に必要なはずの魔方陣も展開していなかったから、とんでもない次元の高さで魔術が目の前で行われたのは、何となくだけどわかる。

こういう神業と言われるレベルの些細なことを、講演会で一度見せるだけでとんでもないお金が報酬として払われると言うのだから、卒業後真面目に働くのが嫌になってくる。

「お嬢ちゃんが書いたにしては可愛い気がないほど、完成度が高いように感じるけどものう」

たぶん先程の光は、なん十ページにも及ぶ論文の内容を一瞬で読み取るような魔術だったのだろう。

はてさて。

全部知っている上で聞いてきているのか、どうなのか良くわからないようなそんな表情で学園長さんは試す様な目で私の目を見つめてくる。

こう言うときは沈黙こそ答えであると、学園長さんとの何回にも及んだやり取りで私は学んでいた。

なにも答えずに出来るだけ自然に微笑みながら首を傾げてみる。

学園長さんはその反応が正解、とでも言いたげに微笑み返してくださる。

何度も何度もあったやり取り。

こんなとき、論文の書き方以外にもこの人から学ぶべきことはもっと沢山あったんだろうなあと思う。

「して、これだけの論文を書いたお嬢ちゃんに質問じゃ。」

と試す目。

これはちょっと想定外だ。

もちろん論文に書いた内容は覚えているけれど、きっと内容通りの答えを学園長さんに答えても満足はしていただけないだろう。

「五人の英雄とはなんじゃ?」

何となく、来るならこの質問だろうなぁ、と思っていたそのままの質問を学園長さんはそのまま聞いてきた。

きっと決まった答えなんて無い。

なんなのかを考えている事が重要なんだと教えてくれる問いかけだった。

今回に関しては、きっと考える時間が経てば経つほど不正解に近づいていくのだと思う。

だから私は、それが答えなのかどうか考えることもなく、ただ単純に論文を書き始めた時と同じ感想を、即答に近いくらいの形で、口にする。

「答え…です」

一瞬の沈黙のあと、学園長さんはドキッとする様な素敵な笑顔で笑うと、ぽんぽんと私の頭を叩いた。

「世界の謎を紐解くのは案外お嬢ちゃんのような子なのかもしれんのう」

それから、

「お嬢ちゃんの素敵な友達連中じゃがのう。自分の順番を後回しにして、儀式前の待ち合い室で待っておるよ。なんでも、もう一年待つのも覚悟しとるんじゃと」

そう言うと学園長さんは半身をずらして私に廊下を譲る。

どこまでも、すごい優しい笑顔から聞かされたすごく嬉しくなる情報に、私も笑顔になるのを止められなかった。


プロローグを超えた、晴れの第一話だと言うのに長文が続いて読みづらいかもしれません。

根気強くお付き合い頂けますと幸いです。

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