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あべこべ  作者: 鱶島おすんちゅ
13/13

星誕祭③ 〜旅芸人〜

 

「はい、アルス君」

 昼に串焼きを食べたベンチに倒れこむ様に座っているウィンザード君に売店で買ってきた新鮮な水を渡す。

「あ、ありがとうございます」

 ウィンザード君は力なくそれを受け取ると、浴びる様にゴクゴクと飲み始めた。

 いつかの練習の時と逆転した立場に、不思議な気分。

 あれから旅芸人のゲリラ公演が終わるまで、数刻もぶっ通しで踊ってしまっていた。

 律儀にもウィンザード君は私に最後まで付き合ってくれていたのだ。

「途中で止めてくれても良かったのに」

「忘我、の意味を理解した気がします」

 項垂れたまま、答えるウィンザード君の姿が珍しくて、少し可笑しい。

「…ハナビさんは楽しかったですか?」

 見上げながらそう言うウィンザード君。

「うん、とっても!」

 素直に答えられる位、凄く楽しかった。

「それなら、僕も良かったです」

 ウィンザード君は笑うと、姿勢を正した。

 先ほどまであんなに疲れていた雰囲気を微塵も感じさせない佇まい。

「ウィンザード君もちゃんと疲れるんだね」

「普段は必死に隠しているんです」

「今みたいに?」

「見栄を張るのも大変なんですよ」

「貴族だから?」

「家の期待、国の期待、周りの期待に応えるため、ですかね」

「それは大変だ」

「そうなんです」

 特に弟の期待が重くて重くて、と嘯くウィンザード君。

 雰囲気から、弟さんのことを凄く大切にしている事が伝わってくる。

 不仲とかではないらしい。

「やあ、お二人さん。」

 ウィンザード君に笑い返していると、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、目に入るのは黄色い衣装。

 小柄な人影がそこにあった。

 凄く直近で見たその姿に驚く。

「わ、さっきの!」

 だって、その人はさっきまでスデージ上で歌っていた四人の歌い手の一人だったから。

「やーやー」

 ぴょこぴょこと手を振る姿はステージから降りているからかずっと小さく感じる。

 私と同じくらいの身長しかないかもしれない。

「ステージとても素敵でした」

 踊りも、歌も、この人は楽しげなパートを担当していた旅芸人さんだった。

「ありがとう」

 クルリとその場で回る動きの中にもダンスのしなやかさを感じさせる。

「お二人さんも、随分綺麗に踊っていたけれど、どこかの一座?」

「いえ、自分たちは学徒です」

 質問の意図がわからず、私が答えられないでいたら、ウィンザード君がよそ行きの声で答えた。

 旅芸人のお姉さんは、向き直すと改めてウィンザード君を見上げる様に見る。

「学生さん?」

「そうです。クレイリア士官学校に通わせてもらっています」

「クレイリアに!二人とも優秀なんだね。うわ、お兄さんよくみたらすごく綺麗な顔だ」

「それは、ありがとうございます」

「学生さんは皆そんなに踊れるの?」

「いや、偶然今剣…」

「私達!研究会で踊りを選択しているので、踊れる様に見えたのならそれが影響しているんだと思います。」

 慌てて割り込む様に説明する。

 ウィンザード君に肘で小突いて、少しだけ睨む。

 ウィンザード君はここで、初めてサボっている事を思い出したのか、あからさまにシマッタと言った顔を浮かべ、一瞬の後にいつもの微笑みに戻った。

「研究会?ね。そうなんだ。お二人は今年卒業するの?」

「あ、はい」

「進路は決まっているのかな?」

「え、ええはい…?」

「そうかあ」

 矢継ぎ早に質問をされ、意図もわからないまま答えてしまう。

 何かまずかっただろうかと、思い返しても別段おかしなことは言っていないはず。

「あ、ごめんね。あたしは怪しい者じゃなくて…って言っても、旅芸人なんて根無し草で何の保証もないんだけどね。改めて自己紹介、初めまして、あたしはエレナ、ご存知の通り旅芸人の踊り子やってます」

 私の考え込む顔を何かと勘違いしたのか、エレナさんはそう名乗った。

「初めまして、私はクレイリアの学生をさせて貰っています。…クーです」

「同じく、ラテトです」

 咄嗟に自分の名前を偽って自己紹介してしまう。

 今年の剣舞の舞手は国中に名前が共有されているから、正直に答えるわけにはいかなかったのだ。

 頭の中で、長身の友人に謝っておく。

 私に合わせて偽名を名乗ったウィンザード君も誰かに謝っているかもしれない。

「クーちゃんと、ラテト君、ね。よろしくー」

 全く疑ってない様子で握手を求めてくるエレナさん。

 人懐っこさから警戒心はまったく働かないけれど、なぜこんなにこちらの素性を気にしているのだろうか?

 普段であれば、全く気にならないのに、練習をサボっている後ろめたさからか、どうしても深読みしてしまう。

 まさか、サボりに気づいた学園からの追っ手ということはないと思うけれど…。

 それとも、普段からエレナさんは誰彼構わず自己紹介をしているのだろうか?

「いやー、あのクレイリア学生さんで、しかも進路が決まっている二人にこんな事を言うのも気がひけるんだけどね。…お二人さん旅芸人とか興味ないかな?」

「「……」」

 エレナさんの予想を大きく外れる質問に、二人して無言。

 多分、私もウィンザード君もすごく間抜けな顔をしていたんだと思う。

 エレナさんはケラケラと笑いながら続けた。

「いやあ、今回の旅で引退する子がいるんだよ、ただ、次のメンバーがまだ決まって無くてね。」

「なぜ、自分たちに?」

 ウィンザード君がもっともな質問をする。

「君たちのさっきの踊りや歌が、ウチの一座に響いたからって、言ったら信じられる?」

 二人して首を振る。

 さっきのは飽くまでも、遊びだった。

 一緒に騒いだだけで、楽しんでしかいないのだ。

 エレナさんはそんな私達をみて、少しだけ真面目なトーンで話し始めた。

「ウチの一座って、二人は知っているか知らないけれど、割りかしこの業界では有名なのよ。良い物を見せるってね。もちろんあたし達もそれには誇りをもってやっているんだ。だからこそ、この人だって言うレベルの人しか入れられない」

 そうやって保ってきた水準を持った一座。

 エレナさんは続ける。

「ウチは音楽をやってる人らからしたら有名だから、募集をかけたらそりゃ実力ある子は来るかもしれない。給料もそれなりに、しかも安定してもらえるしね。それでも、募集をかけて集まるような実力が高い子って厳しい現実にぶつかると、簡単に折れちゃうの」

 舞台の上では賞賛の声だけが聞こえるわけじゃない。

 むしろそれ以外の声が多いからね、と。

「だから、ウチは団長や団員が自分たちでこの子ならって子を集めるの。あなた達みたいにある程度実力があって、その上で心の底から楽しめる子達が入ってくれるのが理想なのよ。今回はクーちゃんとラテト君の二人に対して団長からの推薦。まだまだ荒削りだって団長は偉そうに言ってたけどね」

 そう言ってウィンクするエレナさん。

「だから、改めてウチの一座に入らない?」

 それはすごく、すごく素敵なお誘い。

 歌うのも、踊るのも、私は好きだ。

 旅芸人さんの様な生活ができたらなんて素敵なんだろうとも思う。

 それでも。

 それでも

 ウィンザード君を見ると、彼は彼で困っている様だった。

「いや、自分は…」

「もちろん、すぐに返事をくれなんて言わない。二人一緒じゃなきゃダメだとも言わない。星誕祭の間はこの国に留まるから、もし少しでも気になったら改めて話を聞きに来て欲しい。『風見鶏亭』を貸し切って私たちは滞在しているから。そこに居なかったら何処かでさっきみたいにオーディションしてる。私たちの一座は探そうと思えばすぐに見つかるから」

 ウィンザード君に最後まで言わせず、エレナさんはそう言うと、最後に公演の最後に見せる様な一礼をして、少しで良いから一座に入った未来を考えてみて、と去っていった。

「…ウィンザード君、びっくりしちゃったね」

「ええ。こんな事もあるのですね」

 ウィンザード君はいつもの様に訂正しなかった。




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