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あべこべ  作者: 鱶島おすんちゅ
11/13

星誕祭① 〜錬金術〜

 弦楽器の音に合わせ、機嫌の良い声が軒先から聞こえる。

 橙色の煉瓦造りの飲食店のテラスで、旅芸人さんが珍しい楽器を奏でている。

 そのリズムに合わせてホロ酔い気分のおじさん達が踊り、奥様達が幸せそうに笑っている。

 まだ陽は登ったばかりだと言うのに、みんなお酒に浮かれていた。

 国全体の活気がそこらかしこでそんな感じ。

 かく言う私もその一人だ。

 気づかぬうちに、旅芸人さんの楽器に合わせて鼻歌を歌っている。

 剣舞の練習が後を引いているのか、曲に合わせてステップを踏む。

 本番の剣舞も音楽付きでやれば良いのにな、なあんて思ってしまう。

 ちなみに私の装いは、学園側には内緒でのサボりだから目立たない様に地味目な町娘スタイルだ。

 肌寒さ対策に空色の薄い外套を羽織っている。

「ご機嫌ですね」

 と、そんな私に反応する声が真横から。

 こちらも地味目な装いに身を包んだウィンザード君だった。

 輝く金髪は服の色に合わせた帽子に隠され、普段掛けない眼鏡を掛けた変装スタイルだ。

 ただ、身長が高くて姿勢も良いため、良いとこの御曹司にしか見えないけれど。

 普段よりは少ないにしても、結局街行く人の目を引いてしまっていた。

 学園側にバレたら連れ戻されちゃうから、極力一緒に居たくなかったのだけど。

 証拠作りに訓練室の鍵を借りに一緒に教練棟に顔を出してから、当たり前かの様に一緒に星誕祭に付いてきたのだ。

 そんな約束だったかなと思ったけれど、他に一緒に祭りに行ける人が居なかった事もあって、ウィンザード君と街に繰り出したのだ。

 クーが今日祭りに出られたら良かったのに。

 今日のクーとロイ君は、所属する研究室の出店の日で、一日中予定が埋まっていたのだ。

 学園の出し物は多いから、各研究室は一日の一刻の間も舞台を借りられない。

 クー達の七年間の集大成だから、無理は言えなかった。

 ちなみに、私とサイモンは研究室には所属していない。

 私は自分の生活費をある程度稼がなくてはならなかったので、時間があれば薬屋さんで働かせて貰っていたし、サイモンはその時間を女の子達との遊びに使っていた。

 時間が合えば、あとでクー達の出し物を覗きに行こう。

 クーはサボるのを他の日に変えられないの?と口惜しそうに朝早くから出かけていったのだ。

「ウィンザード君は楽しくならない?」

「…アルス」

「そうでした。アルス君はどう?」

 そんなに、弟さんと呼び名が被るのが嫌なのだろうか。

 絶対に訂正されてしまう。

「こうやって外を歩くのは久しぶりなので、物珍しくはありますね」

 串焼きの屋台を興味深そうに見ている良いとこの御曹司。

 普段外を出歩かないんだろうか。

 ウィンザード君は学生寮ではなくて、貴族用の地域に建てた別邸で生活をしているらしいから、もしかしたらお手伝いさんに買い物は任せっきりなのかもしれない。

 そう言えば目立たない服装に着替える時も、服を持ってきた綺麗な女性が居た。

 そう言うところに何か貴族っぽさを感じるなと思ってからすぐに、ウィンザード家は間違いなく貴族だと言う事を思い出し納得する。

「お兄さん、串焼き二つくださいな」

「あいよ」

 受け取った、串焼きを一つウィンザード君に渡す。

「あ、僕が払いますよ」

 慌ててお財布からお金を出そうとする彼を制止する。

「いいよいいよ、私今結構お金持ちなの」

 お財布からはまだまだそれなりの重量を感じる。

 どうせ一日では使い切れない。

 屋台のお兄さんに、言われた代金を渡す。

「兄妹かい?こう言う時はお兄ちゃんに出させりゃ良いんだよ。ホラよ、一本おまけだ」

 人の良さそうな笑みを浮かべながら屋台のお兄さんが焼きたての串焼きを一本押し付けてくる。

「わ、良いの?ありがとう」

 微妙な空気になってしまった。

 兄妹だと否定するのは簡単だけど、周りからそう見られているのであれば、逆に目立たなくなるしそうした方が良いかもしれない。

 私はともかく、ウィンザード君は目立つから、学園の女子に一緒にいるところを見つかるのだけは遠慮したい。

「兄弟ではないですよ。僕たちは学友です」

 と、頭上から真面目な声。

「お、そうなのかい。そりゃあ悪かった。だが兄ちゃん。尚更こう言う時は女の子に払わせちゃあいけねえな」

 ガハハと笑う声に頷き、二人して屋台を離れた。

「兄弟に見られるなら、そう言うことにしておく?目立たなくて良いよ」

「そんなこと出来ませんよ。女性に対してそれを良とするのは失礼です」

「私気にしないよ?慣れてるから」

 クーと一緒に街を歩くと大体姉妹だと思われる。

 それを逆手に舞台や見物小屋は家族割引で入ったりするのだ。

「……」

「あれ?」

 無言なウィンザード君を見上げると、串焼きを物珍しそうに見ていた。

「こうやって食べるんだよ」

 と、かぶり付く。

 作り置きだったけれど、まだほのかに温かく香辛料の香りと肉汁がじゅわっと口に広がる。

 うわ、これ美味しい。

「あそこで食べよう」

 広間の脇に設置された木のベンチを指差す。

 うまい具合に今ローブの旅人っぽい人が立ったばかりで空いている。

 ベンチに腰掛けると、広場の真ん中の特設ブースがよく見えた。

 確かあの舞台では夕方くらいから有名な吟遊詩人さんが歌を歌ったりするはずだ。

「美味しいですね」

 と、隣からの声。

 串焼きをそのまま食べているのにどことなく上品。

 それに比べると私は、両頬に肉を頬張っている。

 何だろう、この差は。

 だって凄く美味しいんだもん。

「アルス君は街でこんな風に食べたことない?」

「ありますよ。ただ、家の者にあんまり良い顔はされませんね」

「大変そうだね」

「そうでもありませんよ。生まれてからずっとですから。慣れています」

 私には想像もできない世界だ。

 基礎マナーの授業を想像したら良いのだろうか。

 四六時中あれだとしたら私は廃人になるかもしれない。

 結構、苦手科目。

 玉の輿狙いの女子が、躍起になっていたのを思い出す。

 普段食べられないからか、ウィンザード君は結構な速さで一本目を食べ終わった。

 もう一本を差し出す。

「はい」

「良いんですか?」

「私一人だと貰えなかったオマケだし、私は色々食べたいから」

 食い意地は張っているけれど、たくさん食べられる訳ではないのが私の腹事情なのだ。

 そう言って串焼きをもう一本渡すと、ウィンザード君は嬉しそうに食べ始める。

 ちょうどその時、広場の特設ブースに変わった装いの女の人が上がった。

 白色のローブに黒色で幾何学的な模様が描かれた特徴的な姿。

 国内の錬金術師さん達があんな格好だったのを思い出す。

 そんな様子を眺めていると、同じ様な格好をしたお兄さんが、女の人の右隣に木で作られたカラフルな人形を、少し長めの距離を開けて左隣にはガラスを利用した立体魔法陣を置いた。

 女の人はお兄さんの準備が終わってから、自分の足元に空の旅行鞄を広げる。

 どうやら投げ銭入れの様だ。

 錬金術師さん達はステージの上で今から何かの出し物をする様だ。

『広場におります皆様!今から、わた…我ら錬金術師による新しい魔道具のお披露目会を行います!これらは未だ日を見ること無い深淵の技術!あまりの危険度から、魔道具としての認可が下りないのです!それを今日は特別に皆様に見…ご覧に差し上げてみせます。是非見…ご覧あれ!!』

 女の人が想像していたよりずっと若い声で前口頭を始める。

 慣れない喋り方感が凄く強い。

 普段こう言う事をしない人なのだろう。

 何か親近感。

「昼間から出し物、やるんですね。」

「ゲリラ的な出し物かも、ここって結構、外れの広場だしメインが取れなかったんじゃ無いかな」

 錬金術師はこの国の中ではどちらかと言えば不遇されている。

 錬金術師が作る魔道具は、魔術と違って誰でも使えるからとても便利だ。

 だけど市場に出回るほとんどの魔道具が魔鉱石を元に光を出したり、熱を出したり物を動かしたりと、基本構造は一切変わらない。

 その基本構造が誰でも理解できるほどに単純なせいで新しい魔道具が生まれても、すぐに真似出来てしまうのだ。

 真似できない様な革新的な新技術がここ何年も中々生まれてこない。

 セントラミア王国ですら、技術の進歩がないのだ。

 毎年国から出る研究補助費が削られているってロイ君から聞いた事がある。

 多分、一番広い特設ステージは貸し出し料も高いし、彼女達では借りられなかったのだろう。

 それでも、広場近くの人たちの関心を惹きつけるのには成功したみたいで、パラパラと人が集まり始める。

 見れば先ほど席をたったローブの男性も群衆に混じって見物している。

 かく言う私もちょっと関心があるのだ。

 普段気にならない事でも、祭りの空気だからこそ楽しめるのかもしれない。

『さて、この新技術、どの様な事ができるかと言いますと、なあんと!物を離れた場所に一瞬で送る事ができるのです!』

 わ、それは凄い。

 さっきよりもちょっと関心が強くなる。

 集まった人たちも同じだったのか、みんな何かを小声で話たり、何人かが投げ銭を入れ早く始めろと囃し立て始めたりしている。

「凄いね。そんな事本当にできるのかな?」

「どうでしょうね。魔術でも一応あるにはあるらしいですけれど、代償が大きいらしいですよ」

 詳しくは私も知らないのですが。

 と、ウィンザード君は続けた。

 彼のいう通りだとしたら、そんな技術に魔道具のお手軽さが加われば、技術革新に近い事が起きるかもしれない。

『ゴホン、えーでは、早速始めようかと思います!!こちらの人形を、転送装置の前まで一瞬で移動させてご覧にみせます!!』

 錬金術師さんはそう言うと、胸元からガラスに入った青色の綺麗な小石を取り出した。

「なんだろうあれ」

「遠くてわかりませんが、宝石でしょうか」

「もしかして精霊石かな?」

「精霊石には魔力はないはず…ですが、確かに昔から何かしらの力は抽出できるかもしれないって研究されていますね」

「じゃあ、もし精霊石だったら、転送と抽出の二重の発見になるの?」

 そうならメインのステージでも遜色のない発表だ。

 うーん。

 失礼に違いないけれど、二人の錬金術者さんからは小物感というか、凄い事をやりそうな気配は全くない。

「そう…なりますか」

 ウィンザード君も同じ事を思っているのか、間の抜けた表情だった。

『それでは参ります!!』

 錬金術師さんは男性と協力しながら、人形の周りに青色の小石をいくつか設置する。

 説明の通りあのカラフルな人形が、立体魔法陣の方に移動する様だ。

 準備が整ったのか、立体魔法陣の方に錬金術師さん達は移動した。

 カラフル人形の周りには小石が置いてあるだけで、誰もいない状況。

『3、2、1、行きます!!』

 掛け声に合わせ、立体魔法陣をいじると、ガラスから紫電が何筋も放出され始める。

「うわッ…」

 その瞬間、急に夥しいほどの鳥肌が立つ。

「どうしました?」

 ウィンザード君は何も無かったのか、それとも気にしていないのか…。

 両腕を摩りながら、なんでもないよ、と返すと人形の周りに設置されていた、青色の小石が光を発し始めた。

 それもかなり強い。

 その現象に心の中で、もしかしたら、本当にあり得るかもしれない。なんて思う。

 そう思っているうちに、光がどんどん強くなっていった。

 発光が限界に達したかのように、ボシュ、と空気が抜ける様な音がすると青色の小石は砕け、光が消えそして人形も消えた。

「あ」

 そして、同じ様な光が立体魔法陣から発せられると、少ししてその前に人形が姿を表した。

「…で、できちゃったね」

 今、目の前で間違いなく人形の転送が行われた。

「え、ええ。ただアレでは」

 ウィンザード君の目線の先には、そよ風で灰のようにボロボロと崩れる人形があったのだった。

 投げ銭どころかゴミを投げられ、嘲笑され、ほうほうの体で逃げていく錬金術師さん達が印象的だった。




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