プロローグ
昨今のトレンドである、俺TUEE系ではありません。
自分もそう言った話はとても好きで、そう言う作品を目指したはずが、いつの間にか違う路線を走っていました。
どんな方に需要があるのかもわかりません。
そう言った作品でも大丈夫だと、感じてくださる方は、是非読んでお楽しみください。
––––––カリ、カリ、カリ
と、羊皮紙に文字を書き綴る音だけが静かな教室の中で唯一音を奏でている。
締めの一行を書き終える前に、羽ペンを置き、軽く伸びをしながら窓の外を見た。
少しだけ開けておいた窓から流れた陽気が、首元の髪を優しく撫でる。
ついこの間まで、吐く息は冷たく白く、雪すらまばらに残ったままだったというのに、あたり一面の鮮やかな緑が目の前に広がっていた。
季節の始まりの心地の良さに、文を書きながら思わず鼻歌を歌っていたらしい。
「ふふ」
自分の状況はお世辞にも素晴らしいとは言えないけれど、嬉しさが口から溢れていた。
校庭の運動用グラウンドの奥の方に見える四角形に整地された区画は、下級生たちが作る様々な花や作物が所狭しと咲き誇り、また熟れたわわに実っている。
目を凝らせば、今も下級生の当番の子達だろう、田畑の手入れを楽しそうに行っていた。
まもなくして始まる、年に一度の星誕祭の準備をしているのだ。
『星誕祭』
七日六晩かけて行われるお祭りで、一年に一度行われるこの国を挙げての一番大きなイベントだ。
大人も子供も入り乱れ、朝から晩まで国は夜を忘れ、騒ぎ、祝う。
他国からも、この祭りに参加するため多くの人たちが訪れる。
大きな、大きなお祭り。
元の起源は、この学園のただの卒業式。
学校から各方面に旅立つ卒業生を旅立つ流星に例え、新たに入学する新入生を新星に例えたことから星誕祭、と名付けられた。
当時は1日だけの学園内でのお祭りだったものが、今ではその形を大きく変化させている。
新入生を出迎えるための新星の祭典、在校生が次の立場へと切り替わるための衛星の祭典、卒業生が旅立ちの決意を表明するための流星の祭典、三段階に分かれた儀式の流れ。
昔、まだただの卒業式だった星誕祭は慎ましくも厳かな式典で、神性すら漂うほどのものだったと、話には聞いている。
でも、今は全く違う催しで、賑やかで煌びやか。
卒業生が軒並み国の中心人物になったりするのだから、長い歴史のどこかで、国政の一環として国を挙げた一大行事に変化していったのだろう。
昔の雰囲気も見てみたかったとは思うけれど、私は毎年行われるこの祭りの雰囲気が大好きだったりする。
なぜなら、国の成り立ちがどちらかと言うと堅苦しさを持っているこの国で、この期間だけは誰もが楽しむ為に祭りに参加するのだから。
だからと言ってただただ騒ぐだけの祭りと言う訳でも無いのだ。
要所要所で生徒達による自分たちの研究の発表があったり、新技術のお披露目会も行われる。
そんな中でも、特に七日目の最終日に卒業生二名から選出され執り行われる『流星の剣舞は、圧巻の一言だと思う。
猛々しい力強さ、息をのむほどの美しさを兼ね揃えていて、近代において今もなお神聖さを保ち続けている儀式でその瞬間だけは祭りから喧騒が消え、国中の人が剣舞に集中するのだ。
毎年あれを見ることで、やっと一年が終わり、新しい一年が始まるんだと実感したりする。
視線を畑からずらし、校門の方角を眺めると、普段は閉ざされた巨大な正門が開け放たれ、その向こうに大人と子供が入り混じり何かしらの準備を行っているのが見えた。
学園内の田畑で作られた作物や、国中の作物が収穫され、祭りの準備が着々と進んでいるのだ。
それに合わせて街には様々な国から集まってきた商人によって開かれる露店が連なり街路を賑やかにして、あらゆる場所に賑やかな飾り付けが見られ、普段の何倍も、街が、国が綺麗に輝く。
これからの七日間は一年で一番賑やかしい。
門戸は開かれ、普段立ち入りが禁止されている学園や城、様々な施設もほとんど全てが解放され、多くの国の人間が自由に行き交う。
「星誕祭だなあ」
この学園で私は、すでに、六回の生誕祭を過ごしている。
初めての生誕祭は右も左もわからないまま、国に、街に、そしてこのクレイリア士官学校に生まれた星として、呆然とそれでも精一杯過ごした。
二回目から六回目まではこの国で輝き、この国を照らす星として、生まれる星や生まれ変わる星をただ見つめ自分たちの行く先を想像して過ごしてきた。
そして、今年———————
私は生まれ変わり旅立つ星として、生誕祭を過ごすのだ。
ほぅ、と口から出たのは安堵のため息。
なんとかリミットまでに書き終える事が出来そうだった。
今しがた九割完成した文字の羅列を改めて見直す。
少しだけ厚めな羊皮紙の束。
卒業のための論文だ。
毎年卒業の数ヶ月前に、卒業認定に必要な研究論文の提出が生徒に求められる。
最後に自分がどうなりたいかとの決意を表明するために、儀式的に出される論文で、優良可も不可も無いと言われ、真面目に書く生徒なんて一切いない論文。
そんな課題で私は学園史上初めての不可を叩き出していた。
「学園長さんめ…」
何年に一度あるかないかの、ただ単純に学園長さんの気分次第でふと行われる事もあれば、何年も実施されない、学園長さんによる論文の査定。
それに私のクラスは幸か不幸か選ばれてしまったのだ。
世界屈指の最高峰育成機関である、クレイリア士官学校の最高責任者である学園長さんは世界的にもかなりの有名人。
その人の査定を受けられる、という事はこの国、牽いては世界規模で見たってありえないほど光栄な事、と言われている。
私たちのクラスの生徒たちの親族、特に貴族や王族の周囲では、その事実にそれはそれは色めき立ったらしい。
それほどまでに、光栄な事である。
もちろん、それは卒業ムードでふわっふわに浮ついている私たち生徒を除いたら、の話だと思うけど。
「題材が悪かったかなあ」
たったひとりの教室で、寂しく一人愚痴る。
最後に出題される研究論文の内容と言えば、何年も変わらず、決まって同じ題材だ。
私たち生徒それぞれが考え選ぶ、英雄に対しての考察。
そう、『英雄』だ。
何百年も昔、文献によっては1000年前とも、1万年前とも言われ諸説あるのだけれど。
本来交わるはずのない、三つの異なる世界が、同期、したらしい。
世界がぶつかりあった原因は未だに不明なままで、世界各国の研究者たちに未だに研究され続けている。
言葉も文化も宗教も違う三つの世界は、唐突に現れた異世界人をお互いに友好的には受け入れる事ができないで、それぞれの世界の人たちは、訳も分からないままに戦い始め、世界のあちらこちらで、自らの世界を背負う熾烈な戦争が始まった。
研究者の人たちは、その時期にもし世界同期の謎について研究を行っていれば、原因が分かったのかもしれない、と、言う。
要するに現状、今後は新しい何かしらの要素を発見するまでは何一つ原因がわかりません。という事実上の降伏宣言だと思うのだけれど。
三つの世界の人間が争ったこの戦争は、きっと運が悪ければ、お互いを滅ぼして、世界は人や動植物、昆虫、すべての生命を維持できなくなっていたかもしれない。
でも、幸運なことに、この戦争は生命を滅びに向かわせることなく、唐突に収束した。
研究者さんたち曰く『世界の同期』と言われる現象。
三つの世界が重なった時に、それぞれの世界が、もとから一つの物だったかのように、歴史や文化や生命の進化、あらゆる物が、違和感のない自然な状態に塗り替えられたのではないか、と言われていて、それを研究者さん達は、世界の同期、と呼称した。
研究者さんたちが言う、「同期」が起きてからは言葉もある程度通じれば、文化や宗教だって似通って、知らない隣人は昔から知っている隣人に、理解できなかった文化や宗教は昔から馴染みがあるかのようにすべての生命の記憶やあり方が変化していったらしい。
そうなってくると本来世界の命運を掛けて戦っていたはずの戦争だって続かない。
根本的な戦いの理由が無くなったのだから。
どこの世界が勝った、どこの世界が負けたか、細々地方ごとには今もその名残が残っていたりはするけども、大きく立場に優劣ができるほど、世界毎に序列ができたりはしなかった。
この世界規模での戦争が多くの人類や生物を巻き込んだのにもかかわらず、1000年前とも1万年前とも言われ、確証が得られてない理由がまさにそこにある。
それまで残っていた書物や文献、はたまた壁画すらも矛盾がない自然な状態へと変化した。
世界の全ての人々が今もなお持っている、自分たちの先祖が戦ったというあやふやだけれど、はっきり思う確信と、戦争中にリアルタイムで記された手記や資料が、戦争があった事やどういった戦いであっただとかはおおまかに、事実として歴史に刻んでいる。
だけれど、戦争の核心に近くなればなるほどに、戦争を記すあらゆる資料は薄い内容に変わってしまっていて、その形を掴ませない。
三つの世界が戦い、その結果、決着こそはつかなかったものの、今の世界に三つの世界が存在したという足跡は色濃く残った。
現在この世界の人々をまとめ、それぞれの力が拮抗したままそれぞれの土地にそびえ立つ三大国家、世界は辻褄を合わせるために、国という形に変質したらしいのだ。
––––––西に騎士王を筆頭に弱者を保護、献身し、また信仰を守る事を倫理規範とする騎士の国リスティア
––––––東に姫巫女に忠節を尽くし、自身の名誉と志を守る事を忠義とし、忠義に死ぬ事を行動理念とする武士の国トエル
––––––そして最後の一つが、西のリスティア騎士王国と東の武士王国その丁度中間に両国の緩衝材のようにそびえるセントラミア王国。
学術の追求こそを至上としてあらゆる研究機関や育成機関が数え切れないほど抱えた学問の国。
今、私が居る国。
3つのそれぞれの世界の色は、熾烈な戦争のなか徐々に三つの国という形に収縮し、塗り替えられた。
かなり、話が逸れてしまっていたけれど、世界の形すら変えるほどだけれど、世界同士がぶつかったにしては被害が少なめですんだ、この戦争では、多くの英雄が生まれたのだ。
面白いのが、この戦争の中誕生した英雄たちは、どこで、何をしたか、だとか、どんな武器を使ったかだとかはほとんどの英雄が記録に残っているのに、全員が見事に名前そのものの記録が残っていない。
槍の戦士だとか、青い騎士だとか、赤い武士だとか、絵本や吟遊詩人が子供向けに唄う英雄譚に登場するキャラクターのように、曖昧な名称なのだ。
その理由はもう言うまでもないと思う。
とにもかくにも、クレイリア士官学校ではこの戦争で生まれた英雄たちについての考察を最後の課題として生徒に課すのだ。
友人達が各々自分の使う武器と一緒だからだとか、出身地の方角の方で勇名を残したからだとかそんな理由で論文を完成させていく中、私は『何をしたか分からないから』と言う自分でもよく分からなくなりそうな理由で、論文を書いて提出した。
それぞれの国のそれぞれの歴史書で確実に存在していたであろう事は記されているものの、名前は元より武器や容姿、それどころか何をしたのかですら一切の記録が残っていない英雄たち。
ただ唯一残っている記録といえば五人の英雄たちと言う、一括りの表現だけ。
そんな英雄たちが、私はどうしても気になったのだ。
「そして、落とされる、と」
結果は前途した通りだった。
気になるとかそんな雰囲気だけで書いて通るには学術研究都市最高峰のクレイリア士官学園のハードルは低くないのだ。
じゃあ、他の書きやすい英雄でも書くか、と英雄選びからし直そうと思えば、学園長さんが面白いから最後まで書いてみなさいと、にやにやしながら私に宣告し、出せども出せども可は頂けず、再提出につぐ、再提出をうけ、卒業間際の今日までもつれ込んでしまったこの課題は、最後にはここをこのように直してこう書いてきたら、合格下さるはずだからと、担任の教師に泣きながら頼まれ、もはや自分で書いたのか、それとも毎回修正をする側、要するに先生が書いたものなのか分からないような、私が作成したというには完成度が高すぎる代物が、たった今最後の一行を残して完成した。
この提出する論文が学園長さんのお眼鏡に叶えば私は星誕祭が終わる時、クレイリア士官学校を卒業するのだ。
論文が通れば、だけど。
一瞬浮かんだ不安は、ただ単純に論文が通るかの不安なのか、それとも七度目の星誕祭が始まり、そして終わる事への不安なのかは私にも分からない。
羽ペンは、そのふと生まれた答えを出す前に、最後の一行を書き締めた。
コンスタントに投稿していく予定ですので、是非ブックマークいただけると嬉しいです。




