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ⅩⅣ-Ⅱ 高千穂の恨みと一海の怒り

「いくらでも? 世間知らずの仔猫らしい台詞ですね」



 ぺたり、ぺたり、と生ぬるい大粒の雨が降り出した。



「まだたった十数年しか生きてないあなたに、真実がわかるわけもないでしょう。モノとしての血が濃く出ただけなのに、集落のヒトたちは天災の原因を彼らのせいにし、生まれたばかりの赤子の命を奪ったのですよ?」



 一海は顔に落ちて来た雨粒をぬぐう。


 徐々に雨量が増えて来ている――この分ではすぐ土砂降りになるのではないかという危惧があった。

 雨に当たって身体が冷えると、倒れている弥生や寧々の体力が奪われてしまう。



「あんたは見て来たように言うんだな」



 嫌味のつもりで切り返した一海。しかし相手は得たりとばかりに冷笑する。


「ええ、勿論(わたくし)はこの目で見て来ましたよ……何故なら(わたくし)も贄になる寸前を助けられたモノですから」



「なん……?」


「愚かなヒトらは、赤ん坊の意思なぞ大したことないと思ったんでしょうな。(わたくし)の目の前で(わたくし)を殺す段取りを話すものだから、当然こちらとしても身を守るためには先手必勝、必死で助けを呼びましたよ」



 情に訴え掛ける作戦なのか。


 流されてはいけないと自分に言い聞かせている一海でも、身体を震わせ全力で泣いている赤ん坊を想像して、感情移入してしまいそうだ。



「翌日、愚かなヒトの大人が数人、ヘビ毒で死にましたがね。お陰で(わたくし)は生き長らえたわけです。まぁ、さすがに薄気味悪かったのか、親子共々集落を追放されましたが」


 しゅうしゅうと、歯の隙間から抜けるような音を立てて相手が笑う。



 そんなでまかせ、と一海は言い返そうとしたが、高千穂はくく、と軋むように嗤う。


「ヒトならば、生まれたばかりの記憶なぞほとんど残っていないでしょうがね。(わたくし)たちは生まれてすぐに意思を持たねば、いつ天敵に狙われるかわからないのですよ。こんな生い立ちでヒトに愛情を持って接しろとは、土台無理な話だと思いませんか? ましてやヒトですらない雌猫(こいつ)や黒猫らに対してなんぞ、気を遣うのも面倒だ」



 高千穂は手を寧々にかざす。すると、寧々の身体に巻き付いていた(にび)(いろ)(ヘビ)が、つい、と一部だけ伸びて高千穂の手に収まる。それをぐいと引くと、人形を引くかのように軽々と、寧々の身体が高千穂の側に引き寄せられた。



 高千穂は氷のような視線で寧々を見下ろし、足で転がせて仰向けにした。


 雨脚が徐々に強くなり、寧々の乱れた金髪が顔や身体に張り付く。頬や手脚の青痣と相まって、尚更痛々しい。



「こいつらには個人的な恨みもありますからね……その昔、我が花嫁候補だった者を拉致し、どういった手段でか彼女を誇り高きヘビからヒトへと貶めたという」



 何度か咳き込んで、寧々はかすれた声を絞り出す。


「あの子は……ヘビになんて、なりたくなかった……だから、あたしたちは――」



「黙れ、黙れ! 黙れっ!」高千穂は怒り任せたように、寧々の腹部を何度も激しく踏みつけた。


 そのたびに寧々が声にならないうめき声を上げる。



「やめろ!」


 反射的に、一海は高千穂に掴み掛かろうと飛びついた。


 しかし一海の指先が触れる寸前、高千穂が手を上げた――と思う間もなく一海の身体は弾き飛ばされ、何メートルも離れているはずの非常口のドアに激しく叩きつけられた。



「ぐあっ……」

 背中を強打し、息が詰まる。一海はそのままその場にくずおれた。


「――ぁ……ぅぐ」

 あまりの痛みで呻き声が出そうになるが、それすらも詰まるほどの衝撃だった。。



 ――くっそ。ふりだしに戻っちまった……しかも寧々さんは高千穂(あいつ)の足元だ。さっきより状況が(わり)ぃ。ってか、念動力は存在しないんじゃなかったのかよっ!



 一海が霞む目を無理矢理見開くと、高千穂はハンカチで優雅に手を拭いている。汚らわしい物に触れてしまったという表情をして。



「お坊っちゃん。百戦錬磨の白猫でさえこのザマですよ? 初陣もまだというあなたに何ができるっていうんです?」


 手をつき、力を込めて身体を支え起き上がろうとすると、背中だけでじゃなく全身がぎしぎしと激しい痛みに襲われる。

 それでも一海はうめき声を噛み殺してどうにか片膝立ちをするが、気を抜くと雨に叩かれてまた倒れそうだ。



 弥生はまったく動かない。一海の心に不安がよぎる。



「弥生たちを、どうする、つもりだ?」



 雨音に負けないように一言ずつ声を出すだけでも、一海の背中に激痛が走る。

 寧々はまだ高千穂の足の下だ。逃れようともがいているのか、寧々の頭部が揺れている。



「弥生様は我らが屋敷へ。弥生様には清い身のまま我が主となり、我が花嫁となっていただきたいものです。我が精を受け、次世代の卵を産み落とすという大切なお役目がございますからな」



「はっ、はなよめだぁっ?」



 高千穂の言葉に、頭の芯がくらくらするほどの怒りを感じる。逆に手足には先ほどよりも力が入るようになった。ふらつきながらも立ちあがり、改めて高千穂を睨みつける。



「ふざけたことを抜かしやがって。っつーかロリかよおっさん。年の差考えろよ」


 ゆっくりと一歩ずつ、高千穂に近付く。


 全身がミシミシぎしぎしと痛い。頭も痛い……だがこの痛みは、怒りで頭に血が上っているせいだ、という自覚はかろうじてある。

 冷静に、機会(チャンス)を窺わなければいけない。



「何をおっしゃいます。子孫を残すのが最重要ですよ。そんなことも知らないのですか? 仔猫だとは思っておりましたが、随分と初心(うぶ)ですね……年の差など、この場合それほど問題ではありません。むしろ母親になるにはできるだけ若い個体の方がいい。生まれる子に負けませんからな」


「生まれた途端に反抗期ってかよ……そんなんだから吊し上げられるんだぜ?」



 一海は減らず口を叩く。だが高千穂には効かなかった。



「まぁそのようなものです。ちなみに(わたくし)は我が母親の腹を食い破って出て来たそうですが」


 にたり、と耳まで口が裂けたような凄惨な笑顔を見せる高千穂。絶え間なく降り注ぐ雨で、ぬらぬらとした光沢のある鱗にその顔が覆われているようにも見える。



「食いっ……そんな嘘で俺をびびらせたって無駄だぜ」


 一海はすくみそうになる足を、かろうじてまた一歩ずつ進める。その間も、高千穂は蛇玉(ボール)を一海に何発となく飛ばして来る。連射できないらしいことだけは、今の一海には幸運だった。



 このまま殴り掛かったところで、喧嘩にも不慣れな一海には勝ち目などない。しかし体当たりならば高千穂を転倒させるくらいのことはできるだろう、と一海は考えていた。それにはできるだけ距離を詰めて、一瞬の隙を狙うしかない。


「嘘か真か、さて……気になるならご自分でお調べいただければよろしかろう」

 そう言って、高千穂は腰を落とした。



「ところで……」


 一海に一瞥を投げると、高千穂は寧々の顎に手を掛け顔を上向かせた。雨粒が気管に入ったのか、急に寧々が咳き込む。



「この雌猫は、今までの報復の好機なので、このまま(ほふ)ってしまおうかと考えておりますが」


 高千穂はぐい、と手に力を込める。同時に寧々が苦しそうにまたうめく。


「何しろ長年の恨みつらみがありますからね。充分苦しんでいただかなければ意味がない。どうやっていたぶってやろうかと」



「ゆっ……許さねえぞてめえ……そんなことしやがったら!」



 怒りのあまりの強さに一海の身体は震えた。挑発されているのがわかっていても、怒りが抑えられない。



 ――いや、今じゃない。まだ駄目だ……あともう、二歩か三歩か。それまで耐えろ、俺……


 勢いに任せて相手の首に手を掛けそうになるのを、必死に押し留めるのが精いっぱいだった。



 こめかみの辺りで激しく脈打つせいで、更に激しく、沁みるような頭痛を感じる。耳の中で何かが弾けるような、パリパリとした破裂音が聞こえる。一海自身、未だかつてこんなにも激しい怒りを感じたことはなかった。



「あなたが何を許さないんです? まだ己の身を守る術にも目覚めてない仔猫風情が。何よりこちらは兵力がごっそり削がれて大損害なのですよ。カリスマたる弥生様の存在をもってしても、あれらの意志がどこまで復活するものか……」



「弥生は! お前のところになんか行かせない!」



 そう叫んで、もう一歩。


 高千穂は寧々から手を離し、聞き分けのない子どもにうんざりだという表情で立ち上がる。



「だからと言って、あなたと結ばれることもないでしょう。種が違い過ぎる。なに、あなたたちはまだ若い。恋愛ごっこなんぞすぐに飽きて別れることになるのだから、今別れたとて同じこと。そして――」


 一海は更に激しい頭痛に襲われる。


 頭が割れるようなびりびりとした刺激まで感じ、もう立っているのもつらかった。しかし今ここで自分が崩れてしまえば、寧々も弥生もどうなるかわからない。



 ――まだだ、せめてあと一歩近くまで……




『――……れ!』



「……え?」


 耳の奥でうるさく鳴り続ける鼓動と破裂音の耳鳴りの中に、かすかに寧々の声が聞こえ、一海ははっとする。



『――殴れ! こいつ、思いっきり殴れ!』


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