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ⅩⅢ-Ⅰ 季節の終りと季節の始まり

 一海たちの学校は二期制である。

 今日――弥生が意外な名探偵(?)振りを発揮した翌日――は、前期の終業式だった。


 午前中は退屈な式次第をこなし、涙が出るほどありがたい課題と成績表が配られた。昼休みを挟んだ午後は大掃除をする。

 まだ何名かのデータ復活作業が残っていたため、坂上は今日も暇を見つけてはちょこちょこと作業をこなしていた。



 屋上の点検や工事もようやく昨日終わったらしい。

 それまでは図書館に一海を引っ張って行ったり、教室で読書をしていた弥生だったが、今日は早速、ふらふらと教室を出て屋上へ向かった。


 だが、弥生のことをもう誰も一海に告げ口にしは来なかった。


 ――こんなことは初めてだ。


 一海はそわそわしながら弁当を食べ終えると、そそくさと弁当箱を片付けて立ち上がった。



「行くんだ?」


 左手にかじり掛けのサンドウィッチを持ち、右手で携帯電話(スマートフォン)のをせわしなく操作しながらの(とび)()が、つぶやくようにのんびりと問う。



「――え?」


 その一言にぎくりとした一海と、鳶田の視線がぶつかる。だが鳶田は冷やかすでもなく淡々とした口調でもう一度言った。



「屋上、行くんだろ?」

「あ、あぁ」

「頑張ってな」



 一海は次に続くであろう言葉を待って佇んでいたが、鳶田はそのまままた彼女とのメッセージのやりとりに集中し始めた。

 とっくにカップ麺を食べ終わり、雑誌を読みながら音楽を聴いていた坂上がちらりと一海を見上げたが、興味なさげに視線を戻す。


 一海は戸惑いながらも一言「じゃ、行って来る」と言い残して教室を出た。




 これはどういう状態なのか、一海にはわからなかった。



 ――他の生徒たちにとっても、日常が戻って来たのだと解釈していいんだろうか……いやそもそも、あいつに振り回されてバタバタしていたのは俺だけだったんだから、屋上にいようと図書館にいようと、鳶田たちは関係ないのか。



 一海は階段を上る。


 ――変わったことがあるとすれば、クラスの女子の態度だけなんじゃ……




「あー……ちが。そっか。そういうことか」




 突然、一海は理解した。


 初めは女子の告げ口が鬱陶しかったし、屋上から連れ戻さなきゃいけないのも面倒くさかった。委員の仕事だからしょうがない、と考えて、あくまでも受け身の姿勢で自分からは何もしないという態度でいた。


 でも次第に弥生と親しくなるにつれて――いつからなのかわからないが、その『告げ口』を弥生に会う口実として、一海は利用していたのだ。



 ――ばっかじゃね……俺、どんだけ鈍いんだよ。



 一海の心の中の変化を、坂上の方がとっくの昔に見抜いていたのだ。ひょっとしたら、鳶田も既に知っているのかも知れない。


 * * *


 久し振りの屋上で、弥生は以前と同じようにフェンスに腰掛けていた。


 一海の姿を見つけるとひょいと身軽に飛び降りた。そのままフェンスにもたれ掛かって、一海が近付いて来るのをじっと見つめている。



 ようやく太陽の殺人的な熱線攻撃も終盤に差し掛かる季節になり、更に今日は薄曇りで陽射しが柔らかい。

 空気はまったりとした熱を帯びているが、風が吹けばそれもまた心地良い温度に感じる。


 一海は弥生の隣に並んで佇み、風景を眺めてみる。


 まだ腰の力が抜けて行きそうな恐怖と嫌悪感はあったが、耐えられないほどではなくなっていた。

 屋上から見える住宅街の味気ない街路樹には、黄色味を帯びて来たものもちらほら混じっていた。



「あのビル」


 弥生はまるで家族を紹介するように、一言だけで一海に告げる。


 軽く手を上げて弥生が指差した方向には、古ぼけた雑居ビルがあった。高校の屋上から見下ろすそれは、低く頼りなくみすぼらしくさえもある。


「あぁ、そうだな」


 一海は相槌を打つ。

 その建物は、かつての冬、一海が屋上のフェンスを乗り越えて飛び降りたビルだった。そしてこの屋上は、弥生が一海を見つけた場所だった。






「あの時は雪の日が続いてて、あそこにも結構雪が積もってたんだよね。それでクッションになったって――」


 一海が意識を取り戻した時に、医師に同じように説明された。

 その頃から、弥生は一海のことを知っていたのだ。




「迷惑掛けたんだな……悪かった」

「ううん、そんなのはいいの」


 弥生は一海に向かって微笑む。




「実はあの時『死んじゃ駄目』って声が聞こえたのよね……それが誰だったのか、私も気が動転してたからよくわからないんだけど」


「……そうだったんだ」




 ――もし横峰が本当に霊の声が聞こえるのだとしたら……

 一海には、自分を死なせたくないと思っている人は、一人しか思いつかなかった。そのお陰で今生きているのなら、一海はもう衝動的に命を投げ出したりはしないだろう。




「――そういやさ、荒井になんて言ったんだ?」

 一海は小さな灰色の塊を見つめたまま弥生に問い掛ける。


「ふふ、気になる?」


「そりゃぁ……急にあんな素直に白状するなんて、どんだけおっそろしい脅迫したんだか気になるってもんで」



 一海は弥生に向かってにやりとする。対して弥生は口を尖らせた。



「脅迫なんてしてないよ。失礼ね」

「じゃあどんな魔法を使ったんだよ?」


 茶化すように畳みかけると、弥生はくすりと笑った。





「そんなに大したことは言ってないわよ……『私、(ゴースト)の囁きが聞こえるのよ』って教えただけ」



「へ? なんだそれ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げ、一海は弥生に向き直った。弥生はその表情を見て苦笑を浮かべる。



「『あの事故が起きたのは悪い偶然が重なっただけで、あなたのせいじゃないから呪ったりしない』と言ってる、って教えてあげたの。親切でしょ?」


「んー。それだけで泣くかぁ?」





「……あとはまぁ、ちょっとだけ『荒井さんの誰にも言えないような秘密を、霊から聞いてるのよ』って……こっそり耳打ちしたら」



 得意気な様子の弥生に、今度は一海が苦笑した。

 どうやって調べたのかは知らないが、荒井にとってはどうやらそっちの方がキモだったらしい。




「なぁ、それってインチキじゃないのか?」

「何故?」


「だって、禅さんは生きてるだろ?」



 もっともまだ目は覚めないが……容体は安定しているらしい。



「あら、私、幽霊とも言ってないし、禅さんだとも言ってないわよ」


 弥生は澄ました顔で返す。しかしすぐ我慢できなくなったらしく破顔した。一海もつられて笑う。



「ずるいなぁそれ」


「機転が利くと言って欲しいわね。実際、表面上の問題は解決したでしょ?」

「表面上の問題、ねぇ」




 確かにデータは復活し過ぎるくらいに復活した。オカルトネタで盛り上がってた女子のグループもぴたりとその話をしなくなったし、それについて怯えることもなくなった。


 ただひとり、あの直後から荒井が弥生を恐れるような態度になったのは、今謎が解けた。




「あの心霊写真とやらも、削除してしまえば問題なさそうだったし。あたしが見た限りでは、先生が言ってたように煙か何かがそれっぽく写っただけ、って気がするし。あとはそうね、彼女のオトモダチがそれをネタにいじめなければいいけど、ってくらいかしら」



 一海はため息をつく。「女子って集団になると(こえ)ぇからなぁ」



 集団での正気(ルール)を保つために、しばしばスケープゴートを作らなければいられない、という危うさを、一海は特に女子のグループから感じていた。

 それが時には、弥生のような少し変わった行動を取る者であったり、時には荒井のように、トラブルを持ち込む者であったりすることもあるのは知っている。



(たか)()さんがいるから大丈夫だと思うけどね」

「ふぅん?」



 その根拠が知りたいという気持ちも一海にはあるが、深入りしたくはなかった。

 あのグループの主力が鷹野の取り巻きだということはなんとなく知っているが、実際鷹野の影響力がどんなものなのかまでは知らないし興味がない。


 坂上(ツレ)の彼女に興味を持ったところで、馬に蹴られるだけだ。




「大丈夫よ」


 弥生はまばらに紅葉し掛けている風景を見つめながら、もう一度つぶやいた。






「それよりね、私携帯を買おうかと思ってるの」

 ぱっと表情を変えて弥生は一海に向き直る。


「おお、ついにその気になったんだな。いいことだ」と、一海は意味もなくニマニマしてしまう。



「ついにって何よ。今まではほんとに必要なかったんだもの。まあいいわ。それでね、明日の土曜日だけど、一緒にショップに行ってもらえないかな、って……」



 弥生は少しうつむき加減だったのが上目遣いになり、おねだりするように問い掛けた。



「……駄目、かなぁ?」


「――え、ぉ、俺?」



 弥生の表情とおねだりでつい浮かれたような声が、喉元までせり上がって来る。



「それって……」――ひょっとして、いわゆるひとつの、まっとうな、デートってやつじゃ……?


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