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Ⅶ-Ⅳ 一海の理解力と弥生の能力

「ってほらぁ、すんごい怪しげに聞こえるでしょ。怪しげっていうか詐欺っぽいでしょ? だからさぁ」


 寧々はため息をついた。だが、弥生は首を振った。



「いえ、信じます。あの……私も、昔から幽霊が見えるので」


 途端に、カイル、寧々、一海の視線が弥生に集中した。



「――え?」

「うっそぉ?」



「横峰……お前、ほんとにオカルト()きだったんだ?」


 一海が代表して問うと、弥生は緊張してる様子で首を振った。



「好きでも嫌いでもない。ううん、むしろ今は嫌いかも。幽霊っぽいのが見えるようになってから、嫌いになった――そういうのが見えるって父や母に言っても、信じてもらえなかったから……それから嫌いになった」


 弥生はうつむく。しばしの沈黙の後、寧々がため息をついた。



「わかるよ。あたしも……そういう経験、あるから」



「えっ? 寧々さんも見えるんですか?」


 一海が驚くと寧々はぷっと吹き出した。



「見えないでどうやって仕事()けるのよ。ちなみに、カイルも見えるよ。うちらはつまりその……」


 寧々が助けを求めるようにカイルを見る。カイルはうなずいて説明を引き継いだ。


「そういう血筋、なのだ。そして寧々の姉上の血を引いている少年も、高確率で同じ能力を持っているはずなのだよ」



 一海は焦った。


「え、でも俺今まで幽霊とか見えたことないし、霊感なさそうとか――」



「霊感ありそうとかなさそうとか、そんなのは外見のイメージのみだ。ヒトの能力も様々なパターンがあるだろうが、我々の場合はその血筋、その血の濃さが重要になって来る。だから――」


 カイルはそこまで言って、少し考え込むように黙る。



「――まぁ、その辺の話はまた今度でもいいだろう」


「あ、そうだね。今はあのサムライっぽいおにいさんの件」

 寧々が話を切り替えると、弥生が苦笑した。


「禅さんってやっぱり侍っぽいんですね。昔はもう少し線が細い感じだったのですけど」



 一海は先ほどの禅二郎の様子を思い出す。


 見た目はちゃんと人間に見えて、優しそうな人だということも理解できたのに、針で刺すと表面の薄い皮が弾けて中から黒いどろどろとしたものが流れ出て来そうな危うさがあった。



 うっかりその情景を想像して、身震いしそうになる。



「――で、まぁ、その禅さん? が、何であそこに来ちゃうかってのは……ざっくり言うと、あの事故が仕組まれた物っぽいのと、弥生ちゃんがあそこを通り掛かっちゃったせいなのかなー、って」



「私のせいですか?」


 弥生の顔が曇る。寧々は慌てて手を振り付け加えた。

「せいっていうか、弥生ちゃんが悪いわけじゃないんだけどね。自覚があるなら話が早いけど、弥生ちゃんの能力が、知り合いである禅さんのココロを引っ張って来ちゃう、って感じ?」



 寧々の言葉をゆっくりと噛み締めるようにうなずき、弥生はまた口を開く。


「でも私、今まで生きている人――その、生霊って状態の人を見たことがないんです。幽霊なら絶対わかるんですけど」



「すげーな横峰……」

 一海にはもう異次元の話にしか聞こえない。同じような能力があると言われても、実際に禅二郎を見た後でも自分だけ取り残されている気分になる。



「生霊も、そんなにしょっちゅううろうろしてるもんでもないけどね。多分今回のあのしつこさは、禅さんに術が仕掛けられてるせいじゃないかな、って思う。つまり普通の生霊と違って、無理矢理作り出された生霊だから、天然物と養殖物の違いみたいな?」


 寧々の例えに一海はただうなずくしかないが、弥生は顔をしかめた。



「養殖物……だから不自然な気持ち悪さがあったのかな」


「そんなところまでわかるんだ……ふぅん」



 感心したようにつぶやいた寧々と、黙って聞いていたカイルが一瞬目配せしたことに一海は気付いた。やはり専門家としては、自分たち以外の能力者に興味があるのだろうか、と一海は思う。




「で、まぁ、ネタばらししちゃうと、こないだ弥生ちゃんに渡したあのパワーストーンなんだけどさぁ」


 寧々が上目使いで弥生をちらりと見る。



「あれを持ち帰ってくれれば、禅さんもまた抜け出したりすることがなかったんじゃないかと思うんだよねー」



「え、そうだったんですか? じゃあそう言ってくだされば持ち帰って――」


 やはりまだ気にしていたのだろう。弥生は慌てて早口になった。しかし寧々は顔の前で手を振りながら苦笑する。



「いや、それがね。ほんとは説明しちゃいけないんだ。説明すると記憶に残っちゃうでしょ? つまり……まあいいや。あれは、一種の催眠術みたいなもんだったの――結果的に失敗したけどね」



「催眠術?」


 弥生は首を傾げる。寧々はもじもじと手遊びを繰り返しながらカイルと目配せしていたが、やがて観念したように話し始めた。



「催眠術っていっても、テレビでやってるような、相手をただ眠らせたり硬直させたりするのとは全然違うんだけどね……あれを持ち帰ってそばに置いて眠ると、あの日の禅さんのことはきれいさっぱり忘れてる……はずだったのね」


 弥生は納得したという様子で何度もうなずく。だから弥生のせいではないと言いつつ、寧々も説明しづらかったのだろう。


 実物を見たことがない一海にはどのような仕組みの物か想像できないが、マイナスイオン発生装置のような機械が組み込まれている、と説明を受けた方が信じただろうな、と考える。



「何故か持ち帰らせるところから失敗したんだけど、それは多分、一海くんの知り合いだったからなのかなぁ、とかね」


「え? 俺の?」


 突然話題が振られ、一海はうろたえた。



「だから、ほら、血筋? その知り合いで、何らかの影響を受けててマインドコントロールが効きにくい状況だったのかなぁ、なんてね。今後の研究テーマになりそうだわ」


「言葉だけ聞いていると、怪しさってか胡散臭さがぷんぷんだけど、いきなり研究って言葉が混ざるとすげー科学的に見えて来るなぁ」



 自覚がない一海にしてみればピンと来ない話ではあるのだが。



「茶化さないでよ。怪しくもないし科学的でもないよ、こんなの……だってさぁ、マサイ族が地平線近くにいるウサギの数を数えたところで、誰もオカルトだとは言わないでしょ?」



 寧々の拗ねたような言い方に、今度は一海が吹き出した。

「それとこれとは――」


「似たようなもんよ。ってゆーか、きみも同じ血が流れてるっての忘れてない? ん?」

「絡むな、寧々」


 カイルにたしなめられて、寧々は不承不承引き下がる。



「済まないな、少年。寧々はこのようなやり取りを飽きるほど繰り返して来たのだよ……ところで、まだ時間は大丈夫なのか?」



 一海は時計を見て驚く。普段ならとっくに夕食を終えている時間だった。



「そうですよね。ごめんなさい。えっと、そろそろ帰った方がいいかも」


「そっか、もう帰っちゃうんだ。もっとゆっくりしていってくれてもいいんだよ?」



 まだ話し足りない、いや一海のことをいじり足りないとでも言いたげな寧々の表情を見て、一海は早々に退散した方がいいと強く思った。



「はい、長々とお邪魔しました。ではまた今度」



 きっぱりと挨拶をして階段を下りると、もう外はすっかり夜になっていた。


 * * *


 帰路はしばらく二人とも無言だった。駐輪場へ向かう時も、自転車で走りだしてからも。


 やがて交差点で信号に引っ掛かり、ふと顔を見合わせたのをきっかけに一海が切り出す。



「なんか、よくわかんないことになっちゃったね」

「ううん。私だけじゃないってわかって嬉しかったよ」


 弥生は答え、やはり学校では見られないような笑顔を一海に見せる。



「そう? まぁ、俺は横峰が嬉しいならそれでいいや」


 口にしてから、今のは柄じゃなかったかもと一海は照れたが、弥生は素直に喜んでいるようだ。



 信号が変わると弥生は左へ自転車を向ける。


「それじゃまた明日、学校でね」



 直進すると思って信号待ちをしていた一海は、肩透かしを食らった。


「あれ? 横峰んち、そっちだったんだ? こっちの方に行くのかと思ってた」



 一海の言葉を聞いた弥生は、あぁ、という表情になった。

「えっと……こっちからも行けるけど、ちょっと寄るところがあって」


「でももう暗いし、俺、送ろうか?」


 付き合わせた手前もあり一海は申し出るが、弥生は笑いながら首を振った。



「えー? それって下心ありなの?」

「ばっ、莫迦なこと言ってんじゃねえよ」


「あはは。大丈夫だよ。こっちから行くと遠回りになるけど、商店街の中を通るから結構人通りもあるんだ」


「そうか。じゃあここで」



 心配だとはいえ、あまりしつこくしても逆に嫌われる原因になるかも知れないと一海は考えた。



「うん、じゃあまた明日」



 立ち止ったまま見送る一海に軽く手を振ると、弥生は帰って行った。


 一海はその後ろ姿を信号ひとつ分見送ってため息をつく。



「っつか、しつこくすると嫌われるかもとか――何考えてるんだ俺。そんなんじゃねえよ……」


 誰に対しての言い訳なのか、そうつぶやくとまっすぐ自転車を走らせた。


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