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Ⅵ-Ⅳ 寧々の嫉妬とカイルの語彙力

 * * *


「まぁゲームが不得手なカイルは置いといてぇ」と、寧々。


「ものすごく簡単に説明すると、そんな感じなわけよ。実際どうかっていうのは……一海くんはまだその片鱗も見えてないようだからなんともいえないけど」

「寧々さんも……ひょっとしてカイルさんも、その特殊能力ってのがあるんですね?」



「そういうことだな」と、気を取り直したカイルがうなずく。



「どんな能力なのか、今見せてもらえたりって……いや、信じてないとかじゃないんだけど」


 興味本位で、とはさすがに言えず、一海は遠慮がちに問う。

 だがカイルは少し困ったような表情になり、寧々は苦笑する。



「そのうち、機会があればね。実は、手品みたいにホイホイ見せてあげられないんだよね。集中力も必要だし、体力を使うのと同じように、使ったあとは疲れるから」



 一海は寧々の説明に納得し、質問を変えた。


「そうなんですね……ごめんなさい。ええっと、じゃあ、俺もいつかほんとに、その予知能力みたいのに目覚めるんですか?」



 カイルの話では思春期までに、ということだった。つまり遅くとももう間もなく、なんらかの特殊能力が現れるということになるのだが、一海にはやはりピンと来ない。



「予知能力っていうか、さっき言ったように人それぞれなんで気長に待っててよ」


 そんな一海の疑問に対して、寧々は今度はあっさりした答えを返した。


 実際、いつ何が出て来るのかは、寧々にも予想できないのかも知れない。




「ところで、寧々から聞いたんだが」カイルが話に割り込む。


「少年と付き合っている女性が、幽霊を見たんだって?」

「付き合ってるっていうか、そこはその……」一海は寧々の方を気にしながら、言葉を濁す。


「まぁ、そこはちょっとアレなんですけど、クラスメイトです。で、幽霊を見たっていうか、でも生きてる人? とかで。イマイチよくわかんないんで、明日話を聞くって約束をしてるんですよね」




「明日ぁ?」



 ガタン、と寧々が音を立ててソファから立ち上がる。



「え、そうですけど……」


「明日って日曜じゃん! それってデートだよね? やっぱ一海くんとその子付き合ってんじゃぁん! 彼女じゃん!」



 寧々は一海の襟首を掴み、がくがくと振る。



「だから――ぐふっ……寧々さ……苦しいって、マジ」



「やめんか寧々。みっともない……大体、クラスメイトなら、寧々より先にその女性が少年に出会っていたわけだろう」


「あたしだってぇ、一海くんが小さい時に会ってるもん! だからその子より先に会ってるし! 生まれてしばらくは、あれだけど……その、お姉ちゃんのお葬式とか……あと、入学式も見に行ったし」


「え、そうだったんですか?」


 その話は一海には初耳だった。



 何故母親の葬式までに会ったことがなかったのかもよくわからないが、入学式の時の記憶は曖昧で、誰か親戚が来ていたという記憶がない。



「……覚えてないのも無理ないけどね。その頃の一海くんは心ここにあらずって感じで――だからさすがにあたしも心配になって、行事とかに時々顔出してたんだけど。その後あたしも留学したり放浪したりしてたし……」


「そうだったんですか……今度その話も聞きたいなぁ、俺」



 なんの気なしの一海の一言で、寧々はあからさまに機嫌がよくなった。だが、


「そ、そんな風にご機嫌取ってみたって、あたしは簡単につられないからね? まぁ、当時の話なら色々面白いものがあるし、カイルと出逢ったのもその頃だし――」


「ああ、そうだな……いや、今は寧々の話じゃなく、その幽霊を見たっていう――」

「クラスメイト、の女子ね?」


 寧々が素早く口を挟む。



「……話を進める気はあるのか?」

 カイルが渋い顔をした。


 * * *


「――で、横峰は空気は読まない方だけど、ほら吹きとかって感じじゃないタイプなんで。あと、寧々さんが幽霊の噂の調査、してたでしょ?」



「幽霊の噂?」


 カイルがいぶかる。



「ああうん、それねー。うん、そうそうしてたしてた――それで聞きに行くのね。じゃあ話せる範囲でいいから、あとで教えて欲しいなぁ」



 ――この慌てようだと、やっぱり寧々さんは仕事の手抜きしてたってことなのかなぁ……


 説明して欲しそうなカイルの視線をとりあえず保留しておいて、一海は続ける。



「じゃあ、話していいかどうかも一緒に訊いてみます。なんなら、直接話ができるかどうかも――え? 寧々さん、顔、怖い……」


 今度は寧々の表情が一転、まるで悪代官のような笑顔になっているのを見て、一海は恐れおののく。

 だがカイルはため息をついただけだった。



「気にするな少年……今寧々は、どうやってライバルを蹴落としてやろうかと画策しているだけだ」

「そ、そんなことないわよ。っていうかライバルじゃないし。むしろあたしの方が一歩リードしてるし」


「……だ、そうだ。はっきりしない少年の態度にも問題があると思うぞ?」



 カイルの指摘はもっともだった。だが一海には、弥生に対しても寧々に対しても、自分から行動してないという負い目があり、自分がそんなことを決めていいのかどうかもわからなかった。



「――少年のその態度は……ユウ……ユウシュウのビダンというやつじゃないのか?」


「有終の美談?」


「それを言うなら『優柔不断』でしょ。確かにそうよね。でもまぁあたしは実際一海くんが誰と付き合おうと、一海くんの赤ちゃんが――」



「もうその話はいいですから!」



 結局、ぐだぐだなまま時間が過ぎ、そのままなんとなくその話題はお開きになった。


 * * *


 BWエージェンシーを訪れたのは午前十一時頃だったはずだが、気付くと午後二時を回っていた。


 昼食をという寧々たちの誘いを断り、一海は事務所を出る。



 大人が二人どうにかすれ違える程度の狭い階段を下り掛けた時、ビルに入って来る人物がいた。



 このビルは五階建てなので、入居者のひとりという可能性もあったが、その人物はエレベーターには向かわず階段に足を掛ける。



 ――二階(うえ)にはカイルさんの事務所しかないよなぁ。三階の人なのかな?


 そんな風に考えながら階段の中ほどですれ違う。その刹那、



「――におうぞ、猫くさい……酷いもんだ……」



 ぼそりと、独り言のようにつぶやいたその声は低く、酷くがさがさして耳障りだった。



 確かに事務所には猫が何匹もいたが、一海は事務所に入った時もそれほど猫臭さは感じなかった。ひょっとしたら猫アレルギーなど、過敏な人なのかも知れない。

 だが、それにしてもすれ違いざまにその言い方はないだろう、と、一海がむっとして――でもすぐ振り返るような度胸もなく――階段を下り切ったところで振り返ると、もうその人物の姿は見えなかった。



「――なんだよ、感じ(わり)ぃ」



 相手に聞こえないのを承知で、一海は声にする。



 しかし、猫に関する苦情については一海も心配したことなので、次に行く時にでもカイルたちの耳に入れておいた方がいいかも知れない、と思い直す。


 人相を伝えれば、ここの住人かどうかわかるだろう。

 確かつばのついた帽子をかぶっていた。カイルの持っていた中折れ帽ではなく、頭頂部が丸い、いわゆる山高帽のような形だ。それから――



「あれ? どんなやつだったっけ」


 背の大きさは……すれ違ったのは一瞬だったので正確にはわからないが、比較的高かったような気がする。顔は、じろじろ見なかったのでよくわからない……



「役に立たねえな、俺……」

 ため息をつきながら、自転車のロックを外す。


 ただ、あの声だけは覚えている。がさがさして、軋むような声。


 でもひょっとしたら風邪をひいてあんな声だったのかも知れない――それなら普段は違うだろうから、あまり役に立つ情報ではないかも知れない。



「まあいいや。できれば二度と会いたくないタイプって感じだから、あそこの住人じゃないといいけどなぁ」


 一海は独りごち、最後にBWエージェンシーの窓をもう一度見上げてから自転車をこぎ出した。


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