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Ⅵ-Ⅲ カイルの説明と寧々の例え

「よく考えてみたまえ少年。ここに的確な予知ができる者がいたとしよう」


 カイルはそう言いながらおもむろにソファに腰を下ろして、両手を顔の前で軽く組んだ。



「その予知能力が世間に知られたら、彼らはどういう扱いを受けると思う? 予知能力者が想像できなければ、百発百中の透視能力者でもいいし、手品以上の……例えばそうだな、自動車を押し潰せるような力を持った念動力でもいい」


「えっと、多分テレビの特番で引っ張りだこ――」

「エンターテインメントではなく、実用的な能力としてだよ」


 カイルは首を振る。



「つまり、どこそこの要人がいつどこに現れるとか、誰それの寿命はいつまでとか、そういうことを予知できるのなら。機密書類がどこにあるか透視できるなら、いや、書類の内容そのものが見られるなら尚更だ。もしくは、戦闘機や戦車にダメージを与えられるような念動力なら、人間そのものにも多大なダメージを与えられるだろう」


「あ、そっか……」


 カイルの言葉に気圧されながらも一海は考える。



「こんな便利で危険な能力の、政治的軍事的な利用を考える人間が出て来ないと、きみは保証できるか?」


「でも、そんなの嫌だって断ればいいんじゃないですか?」



 だが、一海を見つめるカイルの視線は冷たかった。



「大金を積まれたり地位を約束される程度なら幸せだろう。だが銃で脅されたり、身内の者を人質に取られたり……それ以上の断れない状況を作るのも、簡単なことだ」




 超能力じゃなくても、とんでもない発明をした人や、ある種の天才と呼ばれる人たちが不幸な運命に翻弄される映画やドラマを、一海も知らないわけではなかった。更にそれは、映画やドラマといったフィクションだけではなく、実際世界のどこかで起きていることだというのも知っている。



「それは……はい。そうですよね」



 カイルの言葉は、寧々のように茶化したり昂ったりしない。その分、一海も真剣に考えなければいけない気がして来る。



 ――そういう特殊な能力を欲しがるのは、既に大きな力を持っている権力者だろう。権力者はそれなりにいるだろうけど、全世界の全人類からすれば、ほんの一握りの人間ということになる。つまり――



「じゃあ逆に、特殊な能力を持ってる人が、特殊な立場にならないくらい増えてしまえばいいんじゃないですか? 一億総能力者とか、みんな能力者(エ○パー)だよ! とか」



「そこなのだがね」


 カイルはくすくすと笑いだす。



「能力を持った者たちが、次々に子孫を増やして行ったらどうなると思う?」

「どうって……能力のない人たちは怯えるかも知れない。でも権力のある人なら」


「能力者が増えたら、権力なんてものは簡単に取って代わられるだろう。手っ取り早いのは能力を利用しての脅迫。過激になればクーデターや暗殺。少し穏やかなところでは、権力者の何割かにマインドコントロールを仕掛けるのも有力な方法だ」


「そんな……」


「まぁ実際そんなことを企てようとした奴がいるかどうかはわからんが――とにかく、権力者側からすれば、能力が判明した時点でさっさと処分すれば、危険因子を持つ子孫を残される心配は少ないわけだ」



 カイルはにやりと笑うと、組んだ両手を少し開き、その間にある『何か』をひねり潰すようなジェスチャーをする。


 ぶしゅり、というトマトか何かが潰れる擬音に合わせたその動きも、残酷過ぎる話の内容にも一海は青ざめた。



「予知くらいじゃそれほど影響はないかも知れんが、呪力や特殊な戦闘能力を持つ者同士の子孫と考えるとどうだろうね。どっちが脅威になるか。更に、能力者同士で婚姻を繰り返して血を濃くして行ったら?」



 ただ増えるだけではなく、自分たちの防御のためにより強い力を……それは一海でも簡単に想像できる話だ。



「あぁ、それで血の濃さが重要になって来るんですね?」


「そういうことだ。しかもそれは本能的な防御でもあるのだろう。普通の人間が、自分の身内にはない要素を持った血の者に惹かれるのと同じように。道徳や倫理感とは別の次元で、我々が自分と同じ要素を持った血の者に惹かれるのはしょうがないことだ」



 しょうがない、と言われると一海には納得できない部分もある。



 寧々に会って少なからず意識したりドキドキしたし、寧々から甥に対する愛情以上の好意を寄せられているのも、戸惑いはするが悪い気はしない。



 だがそれが、血縁ゆえのものだとしたら――こんなドキドキは欲しくない。


 あからさまにむっとした表情になっている一海を見て、カイルは優しく微笑む。



「まぁ、血の濃さ、という話は理解してもらえたようだが、少年はどうやら不満が残るようだね?」


「ええまぁ、なんていうか。人を武器とかモルモットみたいに考える人がいる、って思ったら、そりゃ不快になりますよ――まして、自分がそのモルモットになるかも知れない、って言われたら」


「だから、俺らはこんなところで探偵なんてものをしてるのさ」

 カイルは両腕を開いて背もたれにゆったりと身を預ける。


「自分の能力を生かせるし、仲間や――あるいは敵を見つけることができる立場でもある、この仕事をね」



「仲間はわかるけど、敵?」


「そこなんだよ問題は」

 カイルは指をパチンと鳴らした。


「遺伝の法則を思い出してくれれば、能力に個体差が生じるだろうというのは理解できるね? 両親とも能力者だった場合は遺伝が強く出るであろうことも。時には突然変異が存在することも」


「は、はい」


「多くの個体は、物心つく頃から思春期頃までにその能力が目覚め、それは潜在的能力を超えて成長することはない。我々の場合、突然変異で能力が突出した個体が生まれると『先祖返り』などと呼ばれて、忌み嫌われるわけだが……俺のようにな」


 カイルは少し自嘲的に笑った。


「まぁつまり、潜在的能力が決まっているので、受験のように努力すればみんな合格する可能性があるなどということはなく、生まれた時からその個体の能力は――」



 遺伝については中学の頃に習ったので一所懸命話について行こうとしたが、血筋やら能力やらの話と多岐に渡って一度に話されたせいで、一海の頭はパンク寸前だった。




「ごめんなさい。ちょっと難しいです。休憩を……」



 そう言うとアイスティーを一気飲みする。もうすっかり氷が解けて水っぽくなっていたが、冷たい喉越しと爽やかな香りが一海の頭をじんわりと冷やした。


 グラスを持っていた手で額を触ると、ひんやりとした感触が心地いい。




「あのねぇ、カイルの話はいっつも回りくどいんだよーう」



 ソファにほとんど寝そべるようにして二人を見ていた寧々が、大袈裟にため息をついた。だがカイルは寧々の突っ込みに困惑する。



「む、そうか? わかりやすく噛み砕いて説明しているつもりなのだが」

「噛み砕き過ぎ? ってゆーかさぁ、もっと単純にゲームにでも例えればいいんだよ」



「ゲーム?」


 首を傾げる一海とカイル。



 寧々は不敵な笑みを二人に向けて起き上がり、すらりと伸びた脚を見せつけるような動きでゆっくりと組む。



「そうだね。ロール()プレイング()ゲーム()で言えばぁ――」

 寧々は身を乗り出して続ける。



「キャラクターを作った時点で個々の最大ヒット()ポイント()も最大マジック()ポイント()も職業も決定していて、どんなに経験値を上げてもナントカの神殿に行ってもジョブチェンジできないから、誰でも安易に賢者や勇者にはなれない、ってことなんだよね」



「ええぇ? そうなんだ?」



 一海の驚愕の声を聞いて、カイルが目を丸くする。


「少年、今のでわかったのか?」

「ええ、ほぼ完璧に理解できたと思います!」



 寧々はうんうんとうなずいて「更に言えば」と続ける。



「ゲーム始めた途端、パーティー内に突然伝説の勇者級のキャラが生まれたり、逆に敵ボスができちゃったりするかも知れないってこと」


「えっ? 敵ボスもアリなんですか?」


「アリなんだよねぇ、これが。敵ボスの多くは突然変異や先祖返りから出て来るんで、先祖返りってだけで厄介者扱いされちゃったりするのさぁ」



 大袈裟にため息をつきながら肩をすくめてみせる寧々。

 一海もほぉ……と息をつき大きくうなずく。



「それでカイルさんは随分苦労して来たってことなんですね」



 カイルは目を丸くしたまま、一海と寧々を交互に見やる。

「お前ら、何故それで通じるんだ……」


「え? 寧々さんの説明、ばっちりでしたよ。むしろなんでわかんないんですか? カイルさん?」



 今度はカイルが頭を抱えて苦悩した。


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