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Ⅵ-Ⅱ 所長の威厳と寧々の威勢

 もてなし下手を自覚している一海だが、BWエージェンシー所長のカイルもまた、自主的に場を盛り上げようとするタイプではないらしい。


 一海をソファに案内したあと音楽を掛け香を焚き、それで充分だろうというように、自分の仕事に戻ってしまったのだから。



 しかし一海は、自分がいることで仕事の邪魔になっているような気もする。


 間が持たないのがどうにも居心地が悪いので、外の様子でも見て来ようか……と考え始めた頃、ようやく階段を勢いよく駈け上がる音が響き、続いて音を立ててドアが開かれた。




「ごめーんカイル! 遅くなった!」



 快活に謝りながら寧々が飛び込んで来たのと同時に風が室内に吹き込み、一海の髪をふわりとそよがせる。



 カイルと二人きりで――正確には他に猫が数匹いたが――過ごしていた時間は十分もなかっただろうが、一海には非常に長く感じ、また寧々の能天気なまでの明るさにほっと安堵した。



「随分時間が掛かっていたようだね? さっきからきみの秘蔵っ子がお待ちかねだよ」


 カイルが書類の山の隙間から寧々にこたえる。



「いやーお待たせお待たせ一海くん。荷物も持たせちゃっ――あぁっ! カイルぅ、なんで一海くんの荷物冷蔵庫に入れてあげなかったのさぁ? アイス溶けちゃうよアイスぅ」



 突然非難されたカイルは驚き、椅子から腰を浮かせる。



「え? 俺は何も言われてないんだが――」

「言われてなくてもさぁ、お客さんがコンビニ袋持ってたら、中身が何かって気にならないの? 袋ガサガサいってたでしょ?」


「いや、確かに袋はガサガサしてたが、人様の荷物を――」

「だからぁ、あたしが持たせたんだなーとか考えなかったの? ちらっとも?」


 寧々はコンビニ袋をカイルの目の前に突きつけた。



 カイルは片手に書類の束を持ったまま、もう片方の手で袋を受け取る。



「それは……少しだけ思ったが……」


「あの、ごめんなさい。俺がちゃんと伝えなかったから」



 いたたまれなくなって一海も立ち上がる。


 つむじ風が暴れ回るような寧々の勢いに押され、探偵コスプレのそこそこイケメンがコンビニ袋を持たされている姿というのは、どこかもの悲しい。



 だが寧々は、一海に座るよう手で示す。



「いーのいーの一海くんは。お客さんなんだもん。ってゆーか、急に目の前にこんなでかくておっかないオジサンが出て来たら、普通は何も言えなくなるって」


「お、おじさん……俺と寧々同い年で――」


 憤慨した寧々に圧倒され、カイルはしどろもどろだった。




「あ、た、し、は、お、ね、え、さ、ん! だから!」




 所長だから立場は寧々よりずっと上なのだろう、と考えていたが、それはどうやら一海の思い込みだったらしい。


 見た目の印象でいえばカイルの方が年上に見えるが、寧々と同じ年齢なら二人とも二十代ということだろうか。呼ばれ方を気にする年齢に差し掛かっていることを考えると二十代後半。



 もしそうなら、一海の母親と寧々は結構年の差のある姉妹だったということになる。


 と、そこまで考えてみたものの、一海には寧々の年齢を確認する勇気はなかった。



 寧々はぷりぷり怒りながら、カイルはその後ろに従い、袋を持ったまま奥のキッチンに消える。



「んもぉーほんと気が利かないなぁ。お茶を出せとまでは言わないけど、荷物くらいはさぁ――」



 寧々は文句を言いつつ、コンビニ袋の中身を冷蔵庫にしまっているようだ。

 キッチンは、一海の位置からは飾り戸棚の向こうになるので見えない。だが冷蔵庫のドアを開けたてする音が何度も聞こえて来る。



 役目を終えたらしいカイルは、首を振り、肩をすくめながら出て来て自席へ戻った。


 * * *


 寧々は買って来たものを所定の位置に収めたのち、三人分のお茶を運んで来た。



 一海の向かい席に座って改めて問う。



「そういやさ、今日はなんの用事だったの? キタジマの様子見?」


「あ、俺、寧々さんに訊きたいことがあったんです。でも……」



 一海はアイスティーを受け取りながら切り出したがすぐ言いよどみ、カイルの方に視線を向ける。



「ん? 俺がいたら話しにくい内容かな?」

「いえ、そういうわけではないんですけど。あの、家族のこと、っていうか……寧々さん、昨日言ってたでしょう?」



 近親婚のような発言をこの場でするのはさすがに憚られると思い、一海は言葉を濁した。寧々は「あぁ」と一海の言いたいことに思い当たったらしく、大きくうなずく。



「うちらの血筋の話ね。それならカイルも――所長も、うちの系統じゃないけど、そういう話がわかる人だから大丈夫だよ」

「いや、大丈夫っていうか、そういうの、あまり世間一般的には……っていうかその話じゃなく、何故血筋が重要なのかってのを訊きたいんですけど」


「ん~……なんて言ったらいいのかなぁ。どうしよう?」


 寧々は一海ではなくカイルに問い掛けた。



「ふぅむ……」と、カイルは少し考えているようにうなり、書類の山の隙間から顔を出した。



「そうだなぁ――少年は『巫師(シャーマン)』という存在を知っているかな?」


「シャーマン、ですか? 漫画とかゲームの?」


 少年漫画やRPGのシャーマンなら、それなりに一海にも馴染みがある。



 しかしカイルはふぅ、とため息をついた。



「いや、実在する方だ。天より啓示を受けたり、死んだ者の霊を下ろしたり……そういう能力のある者たちのこと。日本でも卑弥呼やイタコなどがいるだろう?」


 書類を手にしたままカイルは自席を立ち、一海の向かい側にある一人掛けソファの肘掛けに軽く腰掛けた。



「それを全部『実在する方』っていうのは色々問題があるような気がしますが……」


 一海が遠慮がちに否定すると、カイルは一瞬目を丸くする。



「え、そうなのか? ――まぁ今はそこの真偽はいい。とりあえず概念として知っているということだな。つまり、俺や寧々の家系はそういう類いの血筋ということなのだ」


「霊を下ろしたりするんですか?」



 途端に胡散臭くなって来た、と一海は思う。だが、寧々が口を挟んだ。



「そこまでアレなことはしないよぉ。なんていうか、占い師? みたいなもんだと思ってくれればいいよ。今は」

 そう言いながら寧々が一海の隣に移って来た。



 だが寧々の口調はどこか言い訳めいていて、一海はそれが少し不満だった。占い程度で血の濃さが重要視されるわけがない。



「少年は半信半疑といった様子だな。無理もないが」


「ごめんなさい……話が突飛過ぎるのもあるけど、俺、周りにそういう人がいるなんて知らないし、見たこともないし……」



 一海の今までの人生の中で耳にした『血の濃さ』だの『血筋』だのを問題にするような話は、一国の王族レベルの話題でしかありえなかった。

 第一、一海自身についてこの話を聞いたのがつい昨日のことだ。



「あー、うん、ちょっとあたしが暴走しちゃったせいでもあるんだよねぇ。お姉ちゃんの血を分けた仔がいるんだって実感が出て来たら、なんかもう色々高まっちゃって我慢できなくてさぁ」

「どうせまた本能全開で迫ったりしたんだろう、寧々は……」



 カイルの言葉を聞き、一海はヒヤリとした。万が一でも間違いがなくてよかった、と心底思う。いくらなんでもまだ父親になるには早過ぎる。



「本能全開肉食系の、どこが悪いのよぅ。一海くんだって、彼女がいなかったらさぁ……ねえ?」


 寧々はそう言いながら一海の腕に触れる。暴走しないんじゃなかったのだろうか。



「寧々が昔から本能全開なのはともかく、俺たちは今、真面目な話をしているんだが……」と、カイルが苦笑しながら寧々をたしなめる。



「あ、あのっ」



 一海はとりあえず話を軌道修正しようとして、寧々の手を振りほどきカイルに向き直った。



「本当に、その占い師みたいな能力が強いんだったら、探偵事務所とかじゃなくて、時々テレビで観る予知とか透視とかできる人たちみたいに、もっとアピールすればいいんじゃないですか?」



 だが一海の言葉でカイルから笑みが消えた。


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