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Ⅴ-Ⅲ 傷心のデキゴトと衝撃のヒトコト

 * * *


 放課後、一海は寧々の探偵事務所やチェシャーなどがある郊外のエリアを散策していた。


 「……っかしいなぁ。住所では確かこの辺って話なんだけど。西(にしの)(もり)エリアって書いてあるし」



 正式な住所は違うのだが、この一帯は一般的に『西(にしの)(もり)』と呼ばれていた。昔この辺りの土地を仕切っていた人物の名前に由来するという話らしい。



 携帯電話(スマートフォン)の地図を表示して、付近の信号などの住所と見比べているが、一海はまたしても目的地を見つけられずにいた。


「俺、ひょっとして方向音痴なんだろうか」


 軽く落ち込み、諦めて帰宅しようかと自転車の方向を変えている時に、ふと思い付いて動きを止める。



「あー……貸しを作るようでアレだけど、一応訊いてみるかな……」




「もしもーし。一海くんから電話なんて珍しいじゃなぁい? どうしたのぉ?」


 電話が繋がり、名乗ろうと思った瞬間、先に電話の向こうからハイテンションで話し掛けられた。



「あ、あの、今電話する時間って」


 一海は律儀に問う。だがそれも笑い飛ばされた。



「だいじょーぶだいじょーぶ。なに? なんか困ってる? おばちゃんが助けてあげるよぉん」

「えっと、今寧々さんの事務所の割と近くにいるんですけど、店を探してて……電子部品とかの専門店の――」

「ん? 専門店っていうと『キタジマ電機』かなぁ」


「あ、そうです、その店――」



 やはり寧々は知っていたようだ。あとは詳しい場所を教えてもらえば……と一海は希望の光を見出したが、寧々は同情を含んだ声で言葉を続けた。



「あそこねぇ。先月、お店たたんじゃったんだよねぇ」

「え……そう、なんですか? そっか……わかりました。ありがとうございます」


 一海がまた気落ちしつつ電話を切ろうとするが、寧々に引き留められた。



「え、っていうか近所にいるんだよね? ちょっとウチ寄ってかない?」

「うちって」

「事務所だよぅ。お茶ぐらいなら出すよ。今、所長がいなくてさぁ、暇なんだよね」

「え、でも……」


「だいじょーぶだいじょーぶ。所長が帰って来たら、あたしの甥っ子って紹介するからさぁ。ね、ちょっとだけ、いいでしょ?」


「はぁ……じゃあ、お邪魔させてもらいます」



 なかば押し切られる形で了承する。


 まぁ、今日の予定は消えてしまったのだし、折角こっちまで遠征したのだから、と、一海は気を取り直してBWエージェンシーに向けて自転車を走らせた。


 * * *


「一海くぅん。いらっしゃぁい。入って入って」



 階段を上る音に気付いたのか、一海がドアを開けるより先に、寧々の方が飛び出して来た。


 部屋に入ってすぐには、内部が直接見えないようにすりガラスの衝立があり、その奥に応接セットがしつらえてある。

 寧々は、三人掛けのソファに座るよう一海に勧めた。



 前回ここに訪れたのは荷物を運ばされている時だった。


 その時の一海は、一度限りだと思っていたため室内の様子をそれほどまじまじと見回さなかったのだが、今改めて見てみると、なるほど、まさにテレビドラマで出て来るような探偵事務所、という雰囲気が漂っている。



 室内は結構な広さがあった。一海の感覚では、学校の体育館の長辺側で三分の一に切り分けたくらいの広さだろうと思った。

 ドアは部屋の端ではなく中央近くについているため、入口からは左右に空間が広がっている形状だ。


 しかし書庫や飾り戸棚で左右が仕切られているので、見える範囲はせいぜい十二帖かそこらの広さまでだ。


 スチール製の書庫には様々な厚さのカラフルなファイルが並び、また、書庫の上にも段ボール箱などが積まれている。中には紙の束がそのまま棚に積んであるものも――



「あまりじろじろ見られると恥ずかしいかな。あたし、整理整頓が苦手でさぁ。前に、もうひとりいた時はその人がきれいに整頓してくれてたんだけどね」


 物珍しげにきょろきょろと見回している一海に向かって、寧々は苦笑する。



「ってか、こないだ一度来たじゃん? 今更そんな、珍しい物は増えてないよ?」

「でもこないだは、荷物運ぶのでバタバタと往復しただけで……」


「ああ、そういやそうだったねぇ」


 寧々はケラケラと笑う。


 * * *


「えー? 宿題ってそんなにいっぱい出てたの?」


 眠そうな顔をしている、と指摘されたのでその理由を説明したところ、寧々は目を丸くして驚いた。



「そんなにっていうか……まぁ、とばっちりなんですけど」


「ふぅん? とばっちりで徹夜レベルに宿題が増えるの? よくわかんないけど大変だねぇ……あ、これゲコちゃんとこに新しく入ったハーブティ。アイスにしてみた。あとこのクッキーはお客さんの差し入れパクって来た。美味しいんだぁ、ここの」


 寧々に勧められるままに一海はグラスを手にする。


 甘い香りのするハーブティは、口に含むと清涼感がある。一海は一気に半分くらい飲み干した。喉が渇いていたのもあったが、さっぱりとしていて甘過ぎず、とても飲みやすかった。



「どう?」


 新製品の感想を聞きたいらしいと判断し、一海は答えた。


「香りは甘いのに、味は思ったほど甘みがないんですね。むしろミントとかレモンとか、そういう爽やかさが――」


 寧々が慌てて口を挟んだ。


「あー、一海くん誤解してるね? ただ、美味しいとか、好きか嫌いかだけでよかったんだけど」

「え、そうだったんですか? 味は、そうですね、俺は好きですこれ。ミルク入れても合いそうだと思います」

「そっかー。うん、お代わりもあるから、欲しかったら言ってね」


 寧々はうなずきながら、メモに何か書き付けている。



 結局リサーチだったんじゃないかと一海は苦笑したが、美味しかったのは事実なので黙っておく。



「そういえば、キタジマ電機になんの用事だったの?」


 メモをテーブルに置いた寧々は、一海の隣に腰を下ろした。



 ふわっとした甘い香りが鼻孔をくすぐる。ハーブティーとも違う、花のような香りだった。



「あ、今ちょっと、ちっちゃいコンピューターを作るキットっていうので遊んでて……」

 少しどぎまぎしながら一海は答える。



 寧々は今日も露出度が高い服装だ。黄緑色の袖の短いカットソーはまたしてもVネックだった。下はまたジーンズのホットパンツ。


 相変わらず、一海にとっては目のやり場に少し困る状況だ。



「あぁ、聞いたことあるけど、あーゆーのって通販できるんじゃないの?」


 当の寧々は――普段からそういうファッションだからなのか――まったく気にする様子もなく、自分のグラスを引き寄せ、一口飲む。



「そうなんですけど、したいことができそうなパーツはちょっと見つからなくて、自分で探してみようかなって……」

「ふぅん、あたしそーゆーの苦手だからよくわかんないけど、やっぱ好きな人には面白いんだろうねぇ?」


 首を傾げ、一海の方を向きながら寧々は問う。



 一海はクッキーを手に取るついでに少し腰を浮かせた。今まで密着していた腿の辺りにすうっと風が通る。

 さり気なく座る位置をずらして、ほんの少しだけ寧々から離れる。



「ええはい。だから、パーツ屋さんが閉店してたのは残念です――あ、このクッキーも美味しいですね」


「あぁ、それね――まぁ、店は閉めちゃったけど、個人的に譲り受けることはまだ可能かもよ? 在庫があればだけど」

「そうなんですか? でもどうやって問い合わせたらいいんだろう……電話とか?」



「あぁ、なんならあたしが口利いてあげてもいいけど?」


 得意気にニヤリとして寧々が言う。それを聞いて一海の表情が明るくなった。



「ほんとですか? わぁ、ぜひお願いします」


「うん、いいんだけどさぁ、その代わり……ひとつだけ、お願いしてもいいかなぁ?」



 寧々は何か企んでいるような笑みを浮かべ、一海ににじり寄った。



 ――あぁこれ、また何か手伝わされるフラグか……清水の舞台か東京タワーからバンジージャンプさせられるような。まぁでも、荷物運びぐらいなら鼻先ニンジンでいける、ってか、寧々さん近い……



 あからさまに拒絶の態度を取るわけにもいかず、一海は引きつった笑顔を作った。何をやらされるのかわからないまま覚悟できるかどうか自信がなかったが、とりあえず答える。



「えっと、俺にできることなら」



「できるできるぅ。全然問題ないよ。好きなようにしてくれていいしぃ、何かあっても一海くんの責任は問わないしぃ。あと、誰にも絶対内緒にするからぁ」



 ぱぁっと笑顔全開でやたら嬉しそうな寧々の口から出た言葉は、更に一海を不安にさせた。



「えっと……なにその不穏な前置きは……?」


「あのねぇ……」



 耳元に口を寄せる寧々。やはり大きな声では言えない話なのかと思い、一海も緊張しつつ寧々に耳を寄せる。




「あたし……一海くんの――赤ちゃんが、欲しいなぁ……っ」



 予想外過ぎる内容と直後に柔らかく吹き込まれた熱い吐息が、一海の思考を停止させた。


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