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Ⅴ-Ⅱ 弥生の苦悩とデートの約束

このシリーズとは関係ないですが、『温泉と(じん)(めん)(そう)』という短篇を書いてみました。

もしよろしければ、こちらも読んでやってください。よろしくお願いします。

「へ? 誰が何を?」


 話が突然飛んだ。

 聴き間違えたのかと思い、一海は目をぱちぱちとしばたかせる。



「あー、確かにそういう話ばっかり載せてる掲示板(とこ)もあるけど――」


 掲示板の一覧を開こうとしたところを、弥生は制した。



「いや、見たいわけじゃない。わかりにくければ逆でもいい――きみが幽霊を見たとしたら、ひとりで黙っていられる?」


「え、その例え話は極端過ぎ……ってか、掲示板じゃなくて?」




「実は先日、(くだん)のバイク事故の人に会ったんだけど――」


 話が更に飛んだ。一海は口をぽっかりと開ける。

「あのなぁ、横峰――」


「その日は塾の帰りに用事があって、ついでに現場近くまで行ってみようと思い立って。あぁ、あの事故の人は私のマンションの管理人の甥で、面識もあったので気になってたし。もっとも、本人とは数年前に会ったっきりだったのだけど」



「――何を言ってるんだ? それなんの話?」


「事故当日、たまたま管理人さんは留守で、留守を頼まれていた鵲木(かささぎ)さんって人がうちに来ている時に警察から連絡が――え、なんの話って、だからバイク事故の」



「いや、それ別の事故と勘違いしてないか? だって相当な重傷で、一時は重体だったって話だぞ?」


 一海は慌てて口を挟む。

 作り話や冗談にしても突飛過ぎるし、冗談で言う種類の(もの)ではない気がする。


 しかし弥生は首を強く横に振って否定した。



「勘違いしてない。だから、ひとりで抱え込んでいるのは苦痛と」



 一海はようやく弥生が何を話したいのかを理解したが、半信半疑で腕を組んだ。


「……で?」


「信じてないでしょ? まぁいいよ。どこまで話したっけ。管理人さんと鵲木さんが、父のマージャン仲間だってのは説明した?」



 一海の見る限りでは弥生は真剣な表情だが、今までの経緯のせいでその表情も今ひとつ信用しきれない。そう考えながら小さく首を振る。


「いや……まだだけど、なんでその人が横峰の家にいたのかは理解した」


「そう。で、管理人さんの甥っ子さんが事故に遭ったようだからと、身元の確認やら入院の手続きのために呼び出されたらしい。私はそろそろ寝ようかと思ってた時だったので、鵲木さんを見送ってからすぐ寝たけど」


「すぐ寝たの? 顔見知りって……」

「そうだけど、実際数年会ってないから、既に当時とは別人だと思ってたのでしょうね。心のどこかで。あと、テスト準備期間中だったし」



 まるで他人事のように淡々と、しかし饒舌に弥生は話し続ける。



「で、先日の話に戻ると。現場周辺には興味本位で見に来る人がいるらしくてね。まぁ、私もその中のひとりだけど、現場を見て気が済んだので帰ろうとした時に、歩道の先に……」



 弥生は一瞬、苦い物を口にしたような表情を見せ、慌ててうつむく。


 そしてため息をつきながら顔を上げた。



「ごめん。やっぱりこんな例え話するなんておかしいよね。もう昼休みが終わるから行こうか」



「え? ちょ、そこまで引っ張っといてやめるのかよ?」


 肩透かしを食らった一海が引き止めようとする。だがその手をふわりとかわし、弥生は階段へ向かった。秒刻みの体内時計でも持っているのか、弥生がドアに手を掛けたと同時に予鈴が鳴る。



「なぁ横峰、なぁ、これじゃヘビの生殺しで、なんかむずむずするじゃねぇかよ」


 ドアを開け掛けていた弥生の動きが止まる。

 追い付いた一海がもう一度声を掛けようとした瞬間、弥生は振り返った。



「時に一海くん、ご両親はご健在?」


 そう言って弥生はじっと見つめる。一海は一瞬固まった。



「……憎たらしいほどにご健在ですけど――それが何か?」

「そう。それならいいのよ」



「今の話とは関係ねえだろ?」


「まぁないよね。でも私、一海くんが嫌そうに顔を歪めるのを見るのが好きなの。それだけ」



 嫌味でも皮肉でもなく、まったく感情の篭っていないトーンで弥生は答えた。

 一海はうんざりしたが、それさえも弥生を喜ばせる元なのかと思い至り、慌てて顔を引き締める。



 案の定、弥生は一部始終を観察するようにまた見つめ、くすりと笑った。

 一海は誤魔化すように咳払いをする。弥生はそこまで見届けると改めてドアを開け、階段を下り始めた。



「なぁ、あのさ。その……例え話でいいから、後で続き、教えてくれないか?」



 背中に向かって掛けた言葉に弥生が振り返る。

「あなた……本気? 冷やかしや同情ならいらない」


「いや、冷やかしってか、途中まで聞いたら気になるだろ普通。っつか、同情で聞くような内容じゃないし。身の上話ならまだしも」


「そうか、それもそうだね……身の上話ではないね」



 ひとりで納得しながらまた下り始めた弥生を、一海は慌てて追い駆ける。



「ちょ、だからさっさと行くなってば」



 弥生は踊り場で急に振り向き、一海を見上げた。


「じゃあ、今日の放課後。デートの場所は適当に決めておいて」



「は? でっ? でぇとっ? ――い、いや、今日は用事があって」



 一海は言い慣れない言葉に目を白黒させる。



「え? でも話を聞いてくれるんでしょ? じゃあ明日……は私が用事あるし、日曜とか。っていうか、その程度で動揺してるんじゃ、私以外の彼女は到底できないよ?」


「よっ余計なお世話だ」



 自覚していても、他人に指摘されるとやはりショックを受けるものらしい。

 動揺している一海の様子を満足げに眺めながら、弥生は腕を組み首を傾げた。



「つまり、私以外の彼女を作ろうと思っているわけね?」

「誰もそんなこと言ってねえだろ?」


「そして痴話喧嘩の果てに『もう浮気はしないでね』とすがりついて懇願した私に『大丈夫だよ。お前が浮気だから』と冷酷な笑いを浮かべながら言い捨てるつもりね? 私にそんな態度を取っていいと思ってるの? 早く謝った方がいいわよ」


「どこをどう発展させたらそうなるんだよ。ってかこういうとこではやめろ……ってか、浮気も何も、私以外の彼女とか言い出したのは横峰だろ?」


「そう。そっちがその気なら、私にも考えがある。今日の下校途中に突如現れたガチムチなガチホモ半裸集団が一海くんを暑苦しく取り囲んでおネエ言葉で、しかもドスの効いた声で泣きついて来る呪いをかけるわ」




 脳内にガチムチで半裸のおネエ軍団が浮かんだ。一海は身震いする。


「どっちがどの気なのかよくわかんねーけどごめんなさい」



 弥生は満足げにうなずいた。「それでいいのよ」



「つーかいや待て、突如現れてねーだろそれ。どう考えてもお前が呼び出したんじゃねーか」



 突っ込みをあっさりと無視して、弥生は明るい笑顔を向ける。


「じゃあそういうわけで、デートの場所は決めておいてね。私、ケーキセットの美味しいお店がいいなぁ」


 弥生は手をひらひらと振りながら下りて行った。


 * * *


 (とび)()と坂上、それから久保が鳶田の席の周りでまたダベっていた。


 一海が自席に座ると、三人は目配せをする。



「なぁ木ノ下ってマジな話、最近さ――」


 鳶田が一海に言い掛けたタイミングで、乃木山が話に割り込んで来た。



「ねーえ、坂上くんのおじいちゃんってお坊さんだったよねぇ?」


「そうだけど、何?」


 坂上が眉をひそめつつ答えると、乃木山は携帯電話(スマートフォン)をぐいと突き出す。



「これさぁ、あかねちゃんのスマホの心霊写真、お祓いしてもらえないかなぁ、って」


「お祓いって神社でやるんじゃないの?」



 鳶田の素朴な疑問の横槍に、乃木山と一緒に近寄って来た荒井が首を傾げる。


「えー? お寺でもやってるよねえ?」

「ねえ? 紐で四角く囲って焚き火の中に何か入れるの、やってなかったっけ?」


 女子の認識に、鳶田もなんとなく納得した表情になる。

「え? あー、そんなん見たことあるなぁ。あれお寺だったっけ」

「寺でもやってるところはあるみたいだけど……俺のじーちゃんはやってないんじゃないかな」



 坂上は興味なさそうな様子で携帯電話を返す。荒井はあからさまにがっかりしたが、乃木山が食い下がる。



「じゃあ知り合いでそういうお寺とか知らない?」

「俺が知るわけねーだろ」

「削除するだけじゃ駄目なのか?」



 鳶田がうっかり訊くと女子は一斉攻撃に入る。


「駄目に決まってんじゃんねー」

「呪われるよねー」


 男子対女子の言い合いなんて、同人数なら女子に分配が上がるに決まってる。侃々諤々のやりとりを一海は傍観しつつ、ふと湧いた疑問を口にした。



「呪いって言うけどさ、もう何かあったとか?」

「それは、まだだけど……でも」


 荒井が乃木山の方を気にしながら答える。どうにも歯切れが悪い。

 一方、男子組は一海の一言が加勢となったのか、ここぞとばかりに畳みかける。



「っつーか、まず心霊写真かどうかもわかんないんだろ? はっきりしてから声掛けてくんねーかな」

「そうだよなー」


 坂上が突っ込んだところに鳶田が乗るが、乃木山がびしりと指を突き付け、断定するように言い放つ。



「そうやって信じてない人が呪われたりするんだよっ!」

「被害が出なきゃ対応してくれないなんて、公務員の風上にも置けないわね!」



「あーもうわかった。一応訊いておくから、それでいいだろ?」


 根負けした坂上がお手上げのポーズを取ると、女子たちはようやくにっこりした。



「ありがとう坂上くん。祈祷師でも陰陽師でもいいから、とにかく誰か見つけてくれると恩に着るわ」



「……祈祷師や陰陽師が仮にいたとしても、坊さんなんざやってねえと思うけどな」


 去って行く女子に聞こえないように、坂上がぼそりと吐き捨てた。


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