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Ⅳ-Ⅳ 中辛のカレーと極辛の課題

 * * *


 夕食のカレーライスとサラダをがつがつとかき込むと、一海は「ごちそうさまっ」と言うが早いか、食器を下げに席を立った。



「どうしたの? テストは終わったのよね?」



 目を丸くしている()()の疑問ももっともだ。




 考査明けは、普段以上にゆっくりと夕食を食べ、夕食後もテレビを観たりゲームをて、好きなだけだらだら過ごすのがお決まりだった。


 李湖もそのつもりで、一海の大好物であるカレーをたくさん作っていたのだ。



 そもそも、一海がカレーをお代わりしないなどというのは、体調によほどの不調でもないとありえない。



「んん……ごめんなさい。担任が課題を山ほど出して来て、明日と月曜でそれぞれ提出しろって言うんだけどさ」


 食器を下げたついでに水を飲み、一海は説明する。



「でも明日の放課後はちょっと買い物に行きたいから、今日できるだけ頑張っちゃおうかと思ってて」



 それを聞いて、李湖はやっと安堵の表情を浮かべた。


「そうだったの。大変そうだけど、あまり無理をしないようにね」


「うん。ひょっとしたら、夜食でカレーまたもらうかも。じゃ」



 李湖の笑顔に見送られながら、一海は二階へ向かう。




 しかしこの課題は(とび)()のせいなので、一海は単にとばっちりを食った形だ。後ろ手でドアを閉め、窓を開けながらぶつぶつと文句を言う。



「――ったく、俺と鳶田だけ余計に課題出しやがってさ。矢坂の奴、彼女と別れてからなぁんか陰険だよなぁ……」




 担任の矢坂が、夏休み直前に振られたらしい、とは女子が噂していたものだ。


 例によってその真偽のほどはわからないが、矢坂の夏期講習を受けたクラスメイトによると、八月半ばまで幽霊のような辛気臭い顔で教壇に立っていたということだ。




 机にテキストとノートを広げ、シャープペンシルを手にしてみたが、手が動かない。ノートを眺めてため息をつく。



「鳶田もさー、彼女に教えてもらえばもうちょいやる気出すんじゃないのかねぇ」



 課題のレベル自体はそれほど高くないのだが、普段からとにかく量が多い。『言語習得は日頃からの反復が重要』という矢坂の教育方針によるものだ。

 まあそのお陰か、確かに英文の読解力が上がった気がする。


 だが、普通に出された課題ならすんなり始められるのだが、今日の分はなかなかやる気が出て来ない。しょうがないので、音楽を聴きながら取り組むことにした。



 ヘッドフォンを耳に掛けて音楽プレイヤーのスイッチを入れた瞬間、脇に置いてあった携帯電話(スマートフォン)が振動した。


「誰だよこんな時間に……へ? 寧々さん?」



 ヘッドフォンを外し、電話を耳に当てる。



「もっ、もしもし?」


 ややうわずった声で電話を受けると、寧々の声が勢いよく耳に飛び込んで来た。



「もっしもーし。寧々さんだよー。今何してたぁ?」



「これから宿題やろうとしてたところですけど」

 一海はちらりとテキストを見やる。


「やだなぁもう宿題だなんて。まるで現役男子高校生みたいじゃん」

 ケラケラと笑う声が電話の向こうで聞こえる。


「まるでじゃなくて普通に現役高校生ですけど。ひょっとして間違い電話してます?」


「んーん、一海くんに掛けてるよー」

「じゃあ今日も飲んでるんですか?」

「『も』ってなんだよぅ『も』って。ちなみに、まだ事務所にいるけど?」




 酔っているわけではなさそうだが、素面(しらふ)でもこの調子なのか、と一海は呆れた。


「今日はなんの用事なんですか?」


「えー? 用事がなきゃ、掛けちゃいけないの? なんてね。実はさぁ、ちょっと手伝いして欲しくてさ」

「はぁ、俺にできることなら――あっ、こないだみたいな重労働じゃなければ」

 慌てて釘を刺すと寧々はまた電話の向こうで笑う。


「あー、この電話でだから、全然大丈夫。ちょっとリサーチをね。なんなら、腕立て伏せしながら答えてくれてもいいよ」

「そんな無駄な労力使いたくないですよ」



 ――どうも寧々と話していると本題になかなか入れない気がする……いや、そういえばもうひとり、こんな風にのらりくらりと本題をかわす奴がいるんだった。



「――なんだけどさ、一海くんとこではどう?」


「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと聞き取れなかったんでもう一度」

「んー? 彼女のことでも考えてたんじゃないのぉ?」


「いやっ、彼女なんて、そんっ、なっ」



 慌てて否定した一海は、ついむせてしまう。すかさず寧々が食いついた。



「ん? 彼女できたんだ? いつの間にぃ?」


「えっと……彼女がいるとかいないとか俺話しましたっけ?」

「あれ? 引っ掛からないなぁ」

 寧々はまたケラケラと笑う。



「……話戻しましょうよ」



 どうやら一海は、うっかりブラフに乗せられるところだったらしい。


 無駄に心臓がばくばくしている。送話口に呼吸音が入らないように気をつけながら、ゆっくり深呼吸を繰り返して動悸を落ち着かせる。



「そうそう。それね。こないださぁ、うちの事務所の近所で事故が起きたんだけどさ。一海くんとこでは事故について何か噂とか出てる?」

「あー、丁度今日、女子が心霊写真撮れたとか騒いでましたけど」



 ――なるほど、その件か……と一海はひとりでうなずいた。


「心霊写真かぁ……他には?」

「他って。そうだなぁ。あの辺は事故が多いとか、痴漢が出るとか」

「――んー、他には?」

「他は……どうだったかな。俺も、友だちと喋ったりしてたんで、聞きもらしてるかもですけど。逆に、何か訊きたいことがあるんですか?」


「おお? 鋭いねぇ一海くん」

 寧々がわざとらしく驚くので、からかわれているのだと一海は感じた。


「そんだけしつこく訊いてたら鋭いも何も」

「ん、まぁなんていうか、幽霊そのものを見た、って言う子がいたりしないかなー、ってね」



「えぇえっ?」



 一海はうっかり、莫迦にしたような声を上げてしまう。



 クラスメイトの女子ならともかく、寧々はオカルトを信じるタイプには見えなかった。



「いや、あたしじゃないよ? なんつーの? いわゆるゴシップ系の雑誌でさ、そういう話を載せたいって依頼がね。んで、あの辺ったら一海くんとこの生徒が結構うろうろしてるからさぁ、何かそーゆーインパクトある話が聞けるかなーって」


「ん~、さすがに――」そういう話は聞かなかったなぁ……と、言い掛けて、一海はふと気がついた。



「ひょっとして、本当は寧々さんが足で稼がなきゃいけないやつなんじゃ……」


「えー、まぁそうなんだけどさぁ。あたしも色々忙しくてね?」

「でもそれって、仕事ですよね? 手伝わされ――」

「いや、ほら、あと、かわいい甥っ子の声も聞きたいじゃなぁい?」


「……言い訳だ」



 ――まぁ、荷物運びさせられるよりはましだけど。


 それにしても寧々が仕事をサボっていることには変わりない。



「んーもう、かわいくないなぁ」

「どっちなんですか、ってか、今のが本音ですよね。絶対」


「もうしょーがないなぁ、わかったよぅ。今度おごるからさぁ。ね? か、の、じょ、の分も一緒に」



 一海はまたも咳き込んだ。


「だっ、俺、彼女なんて」

 声が裏返りそうになる。


「んふふ、その様子では最近できたっぽいね? いいねぇ青春。ひゅーひゅーだよぅ」



「な、何言ってんですかっ」


「初々しいなぁ。羨ましい。まぁとりあえずまた電話するかも知れないから、一海くんは校内で噂を聞いたら覚えておいて。じゃぁねぇ。彼女にもよろしく」


「寧々さんっ」



 最後に寧々の笑い声を残して、一方的に通話は切られた。



 今の会話を誰かに聞かれていたような居心地悪さを感じ、一海はひとりきりの部屋できょろきょろと周囲を見回す。


「あぁもう……こんなんで課題に集中しろって、どんな無理ゲーだよ……はぁ」




 その後、一海は気分が乗らないまま、ほぼ徹夜で課題を九割方終わらせた。


 明け方頃にどうしても眠気に耐えられなくなり、そのまま机に突っ伏して仮眠を取ったのだった。


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