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Ⅳ-Ⅲ 加速する噂と脱線する話題

 * * *


「なぁ木ノ下さぁ、横峰を追っ掛けてったはずなのに、なんで矢坂(ようちゃん)と一緒に戻って来たんだ?」



 (とび)()が心底不思議そうに問うが、説明するのも情けないので一海は「まぁ、色々な……」と言うに留めておいた。



 当然、弥生の方が先に教室に戻って来ていた。


 だが相変わらず我関せずという様子で、矢坂や一海が教室に入って来た時には教科書を眺めていた。






 屋上に取り残された一海は、最後の手段として担任の矢坂の携帯電話(スマートフォン)を呼び出したのだった。


 連絡網に載ってた担任の番号を電話帳に登録しておいてよかったと思いつつ、親戚以外は連絡網くらいしか登録されていない電話帳はまたなんとも物悲しいものである。



 教師といえども、本来ならば職務中に私用の電話は禁止だ。


 屋上の非常口を開けに来てくれた矢坂は「教頭に睨まれて、言い訳するのが大変だったんだぞ」とこぼしたが、生徒を救助するという名目ならば、一応私用にはあたらないはずだった。




 五時限目が矢坂の授業だったのも不幸中の幸いだったが、さっきから時々、矢坂の同情的な視線や、他のクラスメイトたちの興味津々という様子の視線が飛んで来ているのを鳶田も、一海自身も感じていた。



 一海は何度目かのため息をつく。



 ちなみに今日の授業内容は、「折角テストが終わったばっかりだし、お前らもゆっくりしたいだろう」という矢坂の粋な計らいで、英語の小冊子を読んでその感想を書くという簡単な自習だった。




「こんなの時間内に読みきれるかよ矢坂のどえすめ……」と隣で鳶田がぶつぶつ言っている。


 しかし、内容的には中学一年レベルなので、鳶田の英語力に問題があるのだろう。実際、一海を始めクラスメイトの半分はもう既に読みきっており、感想を話し合ったり黙々とノートに書いたりしている。




「そういえばさ、先生」


 教卓でせっせと答案の採点をしていた矢坂に、教卓の目の前の席にいる()()(やま)が話し掛けた。


 矢坂は顔を上げ「ん? わからないところがあるのか?」と乃木山のノートを覗き込む。しかし乃木山は首を横に振った。



「ううん、全然関係ないんだけど」



 ポニーテールが首の動きに合わせ、一歩遅れてさらさらと揺れる。一瞬むっとした矢坂の表情を気にすることもなく、乃木山は話を続けた。




「先生って、心霊写真とか信じる方?」

「――は?」


 どうやら今朝の話の続きらしい。



 ただの質問か世間話だろう、と、今まで乃木山の言葉に無反応だったクラスメイトたちの視線が、一斉に教卓の方へ集まる。



「心霊写真、信じる?」と、乃木山は繰り返す。



 今や、返事を待ち構えているのは乃木山だけではない状況になりつつある。




 矢坂は採点の手を止め、少し戸惑いの表情を浮かべながら答える。


「うーん……オカルトブームとか都市伝説とか、そういうやつだろう? 先生も子どもの頃は夏休みの特番を観たりしてたけど、本物を見たことがあるわけじゃないしなぁ」



「じゃあ本物見たら信じるんですかっ?」


 乃木山の斜め後ろから勢いよく割り込んで来たのは荒井だ。


 途端に教室内がざわざわし始める。



「まぁ本物を見ればな。でもよくあるのはトリックや合成写真で――」



 矢坂が子どもをなだめるかのように話し始めたのを遮り、荒井は勢い込んだ。



「合成とかじゃないんです。偶然撮れちゃったんだけど、これ本物だってマヤちゃんが言うから」

 言いながらすかさず携帯電話(スマートフォン)を矢坂に差し出す。


「ん~? どれどれ……確かになんかもやっとした物が写っているが、車の排気ガスや指が写り込んだってこともあるからなぁ」


「でもこれ、こないだのバイク事故があったとこなんです。一昨日(おととい)の夜、マヤちゃんとチハルちゃんとかと撮って、それで昨日気付いて――」




 それを聞いて矢坂の顔色が変わった。


「一昨日? 考査期間中にそんなとこ行ってたのかお前ら」



 完全に薮蛇だ。安易に近寄らないようにと言われていたのに、おまけに考査期間中だったというのまでバレたのだから。

 名前を出された(ます)()や千葉が首をすくめているが、当の荒井は失言に気付いていない。




「やっぱ事故の人なの?」

「あの後、ゲーセンの近くで変な声を聞いたって話があるよ」

「あの辺よく事故るよね」

「そうそう。ニュースにならない事故も結構あるって、タカさんが言っててさ――」



 課題などそっちのけで、瞬く間に教室内は雑談が広がる。


 こぼれ聞こえる話の断片によると、考査期間中にあの辺りをうろついたのはどうやら荒井たちだけではなさそうだ。



 矢坂は生徒たちを見回した。



「お前ら……テストとオカルトとどっちが大事なんだ? 学校の指導に従わなかった場合、下手すりゃ親まで呼び出されるのを忘れてるんじゃないだろうな? ――特に荒井、益田、千葉」


 矢坂は渋い顔で付け足す。

「点数が悪くても、呪いだとかいう言い訳は聞かないからな」




 行動範囲が狭い一海にとっては、どれもこれも初めて聞く噂だった。だが、「あるある」とうなずいている者も少なくない。


 矢坂も騒ぎを収めるのを諦めたようで、ため息をついてまた採点作業に戻った。




「写ってるのって、幽霊なのかなぁ」

「トリックでしょ。トリック」


「黒魔術って線は?」


「ゴスロリショップの店長、魔女みたいだしねぇ」

「でも店長って実は男だって聞いたけど?」


「そういやさ、痴漢とかも多くない?」




 ――話が脱線して来たなぁ……


 と、一海が頬杖をつきながら苦笑していると、矢坂が急に何かを思い出したように顔を上げた。



「まてまて。あの事故で亡くなった人はいないぞ?」



「えーでもさ、病院に運ばれてから死んだらニュースには出ないんでしょ?」

 乃木山が不服そうに反論する。


「え? 『病院に運ばれましたが――』とか言うじゃん? だからニュースでも言ってるんじゃないの?」

 本間がシャープペンシルをくるくると回しながら乃木山に問う。


「それはそういう意味じゃなくてさぁ」




「――お前らなぁ、いい加減不謹慎なことばっかり喋るのやめろ。それより課題はできたのか? あと十分しかないんだぞ?」



 やっと矢坂が教師らしく注意をして、ようやく教室内のざわめきは小さくなった。しかしまだ隣同士でこそこそと話を続けている者もいて、みんななかなか課題に戻らない。



「やっぱ女子ってオカルト好きなのなー」


 鳶田が片肘をついてつぶやく。訊くまでもなく、鳶田の彼女も例に洩れずということなのだろう。

 一海はそう考えながら、ふと弥生の様子を窺った。



 ――カミサマがどうこう言っている弥生も、さぞかし――



「あれ……?」


 一海は首をひねる。弥生の横顔がこわばって見えたのは気のせいだろうか。



「……まさかこの期に及んで、実はオカルト怖いですとか言い出したり……するわけないよな。あいつがカミサマだかアノカタだかって呼んでるのは、確実にそっち系の何かだろうし。いや、妄想が行き過ぎてるだけなのかも知れないけど――って、おい鳶田。お前何やってんだよ」



 一海が我に返ると、鳶田がへらへらと笑いながら一海のノートをそっと一海の机に戻した。



「いや、ちょっと参考までに。あ、木ノ下は思う存分ひとりの世界に旅立ってていいからさ」

「参考までに、じゃねーよお前、そこ七行俺の丸写しじゃねーか。ってかひとりの世界ってなんだよ」



 すぐ妄想に走ってしまうのは自覚していても、他人に指摘されるとやはり恥ずかしい。

 だから余計に腹が立つ。



「だって俺、このテキスト何書いてあるか全然わかんねえんだもんよー。ちょっとぐらい助けてくれよー」

「助けるも何も、丸写ししたら俺まで叱られんじゃねーかよ。お前ひとりで叱られろよ」



 一海は悪態をつきながら急いでノートをしまう。しかし鳶田はお願いポーズをしながら食い下がった。



「えー、そこをなんとか。レイちゃんの超絶萌えカット三枚で手を打ってくれよー」

「いらねーよ。つーかなんで俺がお前の彼女の萌えカットもらって喜ばなきゃなんねーんだよっ」


「なにぃっ」



「鳶田! 木ノ下! 何をくだらん言い争いしてる。丸聞こえだぞ。課題はどうした? もう五分もないぞ」



 矢坂に突っ込まれ、一海は心の中で舌打ちをする。



 一方、鳶田はへらへらしながら手を挙げた。


「せんせー、木ノ下くんが教えてくれませーん」


「だからこんぐらい自力でやれって」

「あーもーいいよ。木ノ下のあほー。桜庭さーん、課題教えてー」



「えぇ? なんであたしなの?」


 急に名指しされて驚いた桜庭が、飛び上がるように振り返った。



「俺の前の席だから」




「鳶田! 木ノ下! お前らいい加減にしろー!」



 矢坂が珍しく声を荒げると同時に終業のチャイムが鳴った。




「濡れ衣だ……」


 一海は今日二度目の絶望に陥った。


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